夕方の1時間ほど 平羅の街を歩くことができた。

平羅という街は、秦の始皇帝の時代にも記録が残る古い歴史を持つ。
街の中心には、四方を睨み楼台が設置されている。
平羅の街は、ここから発展したということだろう。
近くを人民路が通じ、そこに平羅県の地方政府が置かれていた。
楼台が設置できる街は限られているらしい。
これが また平羅のプライドだろう。
改築され、以前より高くなっていた。

使い慣れたフィルム・カメラの50mmレンズなら、かなり近づいて撮影した気分。
気づかれないか「ひやひや」ものだが・・・・
Sony NEXの広角レンズだと、全身像を捕らえるのが限界だった。

スナップの上手な人なら、更にあと2、3歩、近づいてシャッターをきるのだろう。
その度胸はない。



人民路。
右に嘗て平羅賓館があり、その隣に平羅政府の庁舎があった。
平羅賓館は3階建て、平羅政府は5階建てだった記憶が残る。
移転に伴い、再開発され、いまは大きな住宅街になっていた。
道の反対側にある幼稚園は、改築され今も幼児が通っている。

時刻は、幼稚園の終わるころだった。両親あるいは祖父が、迎えに来ていた。

回族自治区となっているが、信仰心はあまり高くないように思えた。
イスラム経を信じるなら、酒は飲まないはずだが、宴会に現れた回族の人は、
何の抵抗もなく強い「白酒(ばいちゅう)」を楽しんでいた。

この人も回族の人かも。
寧夏自治区では羊が中心、それに寒さに強い牛の肉が続く、
豚は寒さに弱いので養豚は盛んでないようだ。(養豚場を見たことはない)
中国料理の店にも豚を使った料理は、メニュー(菜単)にもあまり載っていない。
回族の人は豚肉は食べないので、回族の人が一人でも居ると、
会食は清真料理のレストランで行われることになっている。

もともとはモスクだと思うのだが・・・・

店舗が入っていた。
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- 2017/05/24(水) 11:20:26|
- 遥かなる寧夏
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