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本当に大切なものは見えない

古いフィルム・カメラで、ありふれた身の回りを撮っています。日常の中の一瞬を捉え、読み解く写真になっていれば・・・

ポートレートとは?

誰がポートレート写真を欲しがるのか?

新聞社、雑誌社、広告代理店などが企画し、撮影する場合
依頼主は、モデルと撮影者の両者にあらかじめ了解をとり、契約の上で、ポートレートを撮影している。
モデルになる人は、映画俳優、小説家、政治家、芸を極め成功している人、あるいは専門のファッションモデルなど、
撮られるのことに ある程度 慣れている。
どうしたら自分らしい写真になるか、キャッチーに撮れるかは わかっている。
それを、プロのカメラマンが撮影する。人の眼を引く写真ができて 当たり前。
しかし、そうやって撮られた、おおくの作品は、被写体の発信力が強く 
相対的に撮った写真家は印象に残らない。
酒場「ルパン」で撮影された太宰治のポートレート、撮影者は林忠彦。
太宰治を写したポートレートでは秀逸の作品だろう。
しかし、カメラマンの名前(名声)でページをめくり、
雑誌に掲載されたその写真を見るわけではない。
ポートレートに写っている人が興味の中心、写真家ではない。
「あの太宰を撮影した写真家でしたか」としか評価されなかったと林忠雄氏 くさっていたという。
そんなものだろう。
誰が、ポートレート写真を求めたか?
雑誌社、スポンサーは、売り上げを期待して企画し、
被写体は、「特別な人間」として扱われ、写真が掲載されることで、自尊心をくすぐられる。
モデルなら金銭的なリターンもある。
写真家は・・・・金銭的なリターンと、クライアントとの良好な人間関係の構築を手に入れる。
誰がポートレート写真を欲しがるのか?
読者(購買層)の眼を意識したポートレート写真を、三者が共同して作っているということだろう。

木村伊兵衛は、雑誌社などの依頼でポートレートを撮っている。
映画女優や小説家、歌舞伎役者、芸事を極めた人、名人と呼ばれる職人など、それだけで充分にキャッチーな人。
木村伊兵衛が撮らなくとも、キャラクターに引かれ、見てしまう。
勿論 木村伊兵衛、文句のつけようがないくらいうまいが・・・
しかし、絶賛はできない。
プロの写真家なら、誰でも この程度にキャッチーに写せるだろう。
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しかし、その中で 「N夫人」のポートレートだけは違っていると思った。
確かに、光をコントロールした場所で撮影されたようにも思えるが・・・・

モデルになる被写体が、撮って貰いたい、撮ってもいいと許諾し、
カメラを持つ人も、撮りたい、あるいは記録しておきたいと 希望した瞬間、 
記憶に残るポートレート写真は成り立つのではないかと、思っている。
N夫人
雑誌社などの依頼で撮影したものかもしれないが、間に第三者たる「マスコミ」が介在しているようには思えない。
木村伊兵衛が、撮りたいと思い、「N夫人」もそれを望んでいるように感じた。
写真家を見る眼差しと、左手のしぐさ、それを瞬時に判断し、シャッターを切る、阿吽の呼吸。
こうは撮れない、これは、傑作だろうと思う。
当時のカメラは、機関銃のように連写することはできない。
もし、連射できる現在のデジタルカメラなら、
もっと容易に、決定的瞬間捉えることできるだろうか? 
そうはあるまい、デジタルカメラを構えた瞬間、N夫人の表情はかたまり、このようには撮れなかったと思う。
連写するの? あなたと私の関係でも? そんな信頼関係があるように思えた。
「N夫人」誰だか 浅学でわからない。
鋭い眼光を見ると、舞台女優かもしれない。 
あの伝説の写真家(小生にとって)中山岩太氏の夫人かもしれない。
としたら、木村伊兵衛の先輩写真家だ。
戦前活躍され、戦後間もなく1949年に亡くなっている。
とすると、その翌年撮影したことになる。
中山岩太の作風は「作る写真」で、木村伊兵衛とは真逆な感じがする。
「N夫人」・・・ポートレート写真の傑作だろう。
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写真家が撮りたいと思い、断りもなく撮影したら・・・・盗撮になってしまうが、
そのStreet Photography は魅力的。
木村伊兵衛の写真の本質は、Street Photography だろうと思う。
街を歩き、たくさんのStreet Phtographyを撮っている。
その盗撮まがいのポートレート 全ていい。
特に気に入っているのが この写真。
母と子
1948年に撮影されたとなれば、女性は、小生の母と同年代、
手を引かれた子供の年齢は小生に近い。
戦後間なく、米国の文化がドッと 街にあふれだす。
しかし、戦争に負け 焼け跡時代、女性の服装はみすぼらしく、履物も下駄だろう。
表情も なぜか虚ろ。
しかし、幼いわが子には精一杯のオシャレをさせる。
撮影地は 銀座か有楽町当たりだろう。
幼い時の記憶と重なり、写真の四方から、その時の記憶が この中に飛び込んでくる。
小生にとってこれは 傑作作品。
この女性は どこを見ているのか?
木村伊兵衛は、この瞬間を逃さず 間髪を入れず撮っている。
女性は 撮られたこと気づいていない。
背にしたタイルの柱、上が大きく、下が小さい。
望遠系レンズではこうはならない。
50mmかもしれないが、恐らく広角レンズを使って撮影している。
とすると かなり近づいて撮影しないと、切り取れない。
35mmの広角レンズで2m~3mで撮影、28mmレンズなら もっと近づかないと撮れないだろう。
的確なフレーミング、露光は ISO:50のフィルムなら・・・・f:4/60秒くらいか。
それでも手振れはしていない。しかも、気づかれず 撮影できている。
卓越した技能で・・・・時代を捉えている。
氏の使用した純機械式カメラ(ライカ)で撮るとしたら よほどの技能の習熟が必要だろう。
撮影に気づかれないよう撮影したい場合、かなりうまい人でも、目測で被写体までの距離を読み、ピントをセットし、
ノーファインダーで、腰の位置にカメラを下げシャッターを押す。将に盗撮行為になる。
しかし、木村伊兵衛の撮影アングル(視線)は、立ったままの眼の位置になっている。
カメラを構え、構図を決めて、的確にシャッターを切っている。
秒撮、ほんの1秒か、2秒の出来事。
さっとカメラは腰の位置にもどり、何ごともなかったように平然と歩いていく。
すごいものだと思う。
このポートレートを欲しいと思たのは、木村伊兵衛。
損得抜きなんだろう。
木村伊兵衛の腕を掴み、その場所へいざない、
シャッターを押させていたのは 手にしていた「ライカのカメラ」だった。


しかし、こんな撮影技法でもハードルは下がっている、
多くの困難も、デジタルカメラが サポートする。
デジタルカメラに引っ張られ、シャッターを押してしまう写真家 現れることを期待している。
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去年 踊りの練習するから その姿(様子)を撮ってもいいと言われた。
撮ってもいいとは、「撮ってくれ」と依頼されたと受け止めている。
見栄えする写真を撮るのが、腕の見せ所とばかり、意気込んでみたが・・・・
相手は練習、動き回り、ピントを合わせるのも一苦労。
あぁいい瞬間・・・・撮ろうとするが、すぐにポーズは消える。
光の具合の良いところを設定し、ポーズを指定して 撮影することはできない。
ほとんど Street Photographyと変わらない。 
勝手に踊るから、勝手に撮影するというのが、二人の暗黙の了解になった。
ポートレート751-35 Ⅱ
踊りの練習の間の休憩タイム。小生の存在を気にしていない。
なにか遠くを じっと見つめている眼をしていた。
その目は、自分の心の奥に向けられていたのかも・・・
ストロボ一発焚いて撮影。
閃光に気づき、我に返り、笑顔を浮かべる。
ポートレート751-37 ⅡPrint用
眼は一瞬にして内から外へ向いている。
さぁ、撮って、上手にね・・・・
写真に撮られることを意識した所作になっていた。
心は閉じたな・・・と感じた。
これでは、普通のモデル撮影と同じだろう。(面白くもない)

現像が上がり、二つの写真を、次に会ったとき渡した。
やはり、2枚目のにっこりとほほ笑んだ写真が良いという。
欲しがっていたポートレート写真は、こういう写真なんだ・・・
しかし、小生は最初の写真のほうが、まだましだと思っている。

そこには、N夫人の存在感はない。
やや虚ろな表情を浮かべる女性に吹く時代の風もない。
あるのは「かわいい」女性のポートレート写真だけ。
この写真、この人の本質を捉えていると言えるか?
(かなりサバをよんだ写真になっている。だからモデルは喜んだ。
見かけ年齢に+20歳すると、ほぼ当たりです。)

ポートレート写真、難しいと思う。

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  1. 2016/06/20(月) 22:29:15|
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Author:Alchemyst Sasaki
Phone-Cameraの時代、フィルムで撮ることの意味合い、意義はあるだろうか?と懐疑的になっている。写真の置かれている場所・期待・求められているものが根底から変わってしまったのかもしれないと思っている。
それでも、もう一年白黒フィルムで遊んでみるつもりでいる。

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