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本当に大切なものは見えない

古いフィルム・カメラで、ありふれた身の回りを撮っています。日常の中の一瞬を捉え、読み解く写真になっていれば・・・

構図   ・・・目黒川の桜を撮って感じたこと。

今年の桜は、不気味な桜、醜い桜、見向きもされない桜を・・・撮ってみたいものだと思っていた。
しかし、いつしか、普通の切り取り方、普通の構図になっていることに気づく。
たくさん撮っていると、段々、構図が決まってくる。
上手い人の写真を真似ていたり、無意識にも絵画で見た構図に近づいている。
ありきたりの写真は、もう撮りたくない・・・頭ではそう考えても、
気持ちの上では、やはり構図の整った写真のほうに、傾斜していく。
440カットの写真から、そんな いつも撮っている構図の写真を選んでみた。
桜842-10
この構図、小生の好みか、以前にも同じ狙いで撮っている。その時は28mmの広角レンズで切り取っている。
道の右半分に、シートを敷き花見の宴を楽しむ人がいたが、現在は禁止となり、寂しいお花見になってしまった。
通行の邪魔と、禁止になったのだろうが、同時に大事なことも失われていく。
確かに通行は便利、朝の清掃の負担は減り、ごみ処理も容易だ。
しかし、日本人にとってお花見は文化。利便性、効率化、管理のしやすさで 文化を損ねていいものか?
春が来た喜び、桜の下に円陣となり、飲食をともにし、三味線を奏で、踊り狂った。
娘らにとっては、最新のファッションを、見せびらかす絶好の機会でもあったようだ。
その伝統の楽しさが、目黒川では断ち切られてしまった。
歩いていても、お花見の楽しさを感じない。
ただ、黙々と歩き、時たま携帯電話を 空に向けるだけ。
あのざわつき感は たまらなく好かった。
シートを敷きお花見に狂ずる一団は、花見を花見たらしめる要素だったと気づく。
桜843-27
きれいな桜を撮ろうと人間の存在を感じさせないようにフレーミングしていた。
日本画風を意識しフレーミングしたところで、文化からは遮断されている。
やはり、つまらない写真。

腕に覚えのアマチュアカメラマンは、綺麗な桜を求めて、有名な桜の大木の下へ 出かけていく。
誰もがやること、やりたいこと。
しかし、大同小異の写真になる。誰かがすでに撮っている。
すでに、プロが撮っていたら、もうそれでいいではないか?
アマチュアが撮っても超えられない。

綺麗な桜を撮ることに、きゅうきゅうとして、大事なことを忘れてはいまいか?
撮りたいのは、「花見の精神」そのものだろう。
来年は、洗足池辺りを歩こうか?
あそこなら、お花見を楽しめるはず。
桜844-17
仰角で撮影・・・・始めたのは誰だったか? 当時は新たな視点の発見だったと思う。
桜845-19
これも、仰角で撮影。赤外線フィルム、R72フィルターを付けて撮影している。
桜846-54a
日本人好みのフレーミングかも。 対角線、1/3とか・・・・
桜848-23
清掃工場の煙突との対比。桜848-27
人の姿を入れないよう、そして雲の流れを意識してフレーミング。
桜849-36
これも 定番の構図になっている。縦位置にして水路(目黒川)の奥行きを表現してもいい。


写真を撮っていると、結局 構図の良し悪しが 作品のできに直結していることに気づく。
美術を志し、デッサンを重ねてきた人は、カメラを持って撮影しても、素晴らしい作品を作る。
「所詮、画家の写真、写真家の写真でない・・・・(なにも分かっていないなぁ)」
と半分 馬鹿にしたような口調で語る人がいるが、
美術を志し、若い時、デッサンを重ねた人の写真はうまい。
絵画や彫刻を勉強した人に カメラを持たせたら、上手な写真を撮るのは当たり前だと思う。
美に対する感度が、凡人より 鋭い。
もともと、カメラ・オブスキュアは画家の所有物だった。
構図を決めるための補助道具にすぎない。
それが、デジタルカメラにまで進歩し、誰もが失敗なく写真を写せるようになった。
機械音痴の人だって、ちゃんとした写真をとることができる。
美的感覚が、作品の質を決める。
デジタルになり、すごい写真家が出てくるのではないかと、密かに期待している。
「お花見の精神」そのものを捉える写真家が、きっと現れる。
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  1. 2016/04/23(土) 11:52:59|
  2. 桜 
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Alchemyst Sasaki

Author:Alchemyst Sasaki
Phone-Cameraの時代、フィルムで撮ることの意味合い、意義はあるだろうか?と懐疑的になっている。写真の置かれている場所・期待・求められているものが根底から変わってしまったのかもしれないと思っている。
それでも、もう一年白黒フィルムで遊んでみるつもりでいる。

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