FC2ブログ

本当に大切なものは見えない

古いフィルム・カメラで、ありふれた身の回りを撮っています。日常の中の一瞬を捉え、読み解く写真になっていれば・・・

梅と桜 (戸越公園にて)

時代はデジタルだが、未だ白黒のフィルムで撮り続けている。
白黒フィルムに特化したコメントを備忘録として書いているので、
大部分の人にとっては、チンプンカンプン、なんの参考にもならないだろう。
ごく少数のもの好きが、時たま このブログを読みに来るのだろうと、思う。
コシナのBessaRシリーズ 売れなくなったので製造中止となった。
新品のフィルムカメラを未だ製造販売しているのは、ニコン、キャノン、それにライカに限られてきた。
しかも機種は少ない。昔からの顧客向け、ごく少数の物好き相手だろう。いつ製造中止がアナウンスされてもおかしくない。
------------------------------------------
デジタルで撮らないわけではないが、撮ってみて、心の底から、面白いなぁと思えることはない。
それでも、写真倶楽部「彩游」に所属していたときは、デジタルカメラを使う機会があった。
退会してからは、めっきり減っている。簡単な撮影テストに持ち出す程度になってしまった。
八つ手の撮影テストに戸越公園へ行ったとき、梅が咲いているのに気づき撮影したもの。
梅DSC07721
八つ手を接写しようと、ミラーレス・デジタル Sony NEX-3に L-マウントアダプターを介し引き伸ばし機用EL-Nikkor 50mm F:4をつけて撮影していた。
梅DSC07731
引き伸ばし機のレンズだから、並のマクロレンズより解像度は高い。倍率も等倍以上。しかし、ピントの合っている範囲は極端に小さくなるので、奥行きのある接写では、マクロで撮ろうが、普通のレンズで接写しようが、あまり差は感じないだろう。
手持ちの撮影なので、液晶画面のピント合わせが難しい。三脚に固定すべきだろう。
しかし、そこがデジタルカメラの良いところ、内蔵のストロボを発光させ、手振れをなくし、何枚も撮影し、その中から後でピントの合ったものを選んでしまえばいい。結果オーライならいいというのがデジタルカメラなのだろうと思う。
------------------------------------------
昨日、今年の桜は どうかなぁと思い、戸越公園へ調査に行く。
カメラは例によってSony NEX-3(これしか持っていない)。
レンズは、Lマウントアダプターを介し、PAM-Britar 105mm F:4.5を付けている。
トリオータータイプで、枚数が3枚と少ないので、実に切れがいい。
ただし収差は取りきれないので、2線ぼけを発生させやすい。
(トリオーターだ、二線ボケだ・・・など、今 デジタルで撮影している人には死語だろう。)
桜DSC07843
ようやく 老木の桜が咲き始めていた。残りの桜はまだ蕾の段階。
桜は撮り尽くされている。
撮りようがない・・・撮ってみると、誰かが撮ったであろう構図になっている。
桜DSC07876
背景の明るい部分をトーンカーブを調整し暗く落とすと、蕾の付けた枝が目障り(二線ボケ)に浮き出てくる。むしろ明るくし、消してしまったほうが、桜の花が浮き出す。
桜DSC07853
満開になれば、枝は花びらで隠れるだろうが、いまはまだ、咲きはじめたばかり。こんな構図になる。
桜DSC07900
広角レンズで撮る。望遠レンズで撮る。接写する。仰角でフレーミングする。俯瞰してフレーミングする。
背景(青空、水面、その場所の雰囲気、人、前ボケ、後ろボケ)に注意してフレーミングする。光の当たる方向を意識してフレーミングする。桜の名所に行って撮影する。
数限りない場面で、幾多の桜が撮影されてきた。
同じことの繰り返しにならないだろうか?
-----------------------------------------
今までになかった要素の見出し、新しい視点を写真にもたらしたら、創造的と称賛され、その写真はアートとなる。
シュールリアリズムの写真には(モホイ=ナジ、マンレイなど) 確かにその創造性があった。
ピクトリアリズム写真を完成させ、それを否定し、近代のスナップショットの道を示したスティーグリッツの写真も、芸術作品と認めていい。F:64グループの写真も一つの芸術運動だろう。サセックスの海岸で撮られた一連のヌード写真群、ビルブラントのパーステクティブの発見も、芸術(アート)と呼んでいいと思う。
しかし、写真は、レンズとカメラとフィルムで作られる。
目の前に対象物がなければ、写真は撮れない。
この制約があるので、1960年代には、ほぼ、新しい視点は撮りつくされてしまう。
しかし、過去の人の真似をしたのでは、模倣品。
いくら精緻に綺麗に撮れても真似は真似。芸術作品にはなりえない。
職人芸の工芸品の世界にとどまる。
そこで起きた最後の反乱?が、コンポラ写真運動だろう。
今思えば、いい写真が沢山撮られた時代。
アレ、ボケ、ブレの発見。
駄目な(時流乗るだけの)写真家もたくさんいたが、時代を見据えた写真家も沢山いた。
1970年代が日本写真の黄金時代だろう。
そのラストランナーになったのが、森山大道だとおもう。
いまでも、森山大道を真似た写真を撮る若い人が出てくるという。
しかし模倣は、模倣、評価されない。
----------------------------------------------
カレンダーの富士山の写真には、カメラマンの名前は記載されない。
新しい要素が何もないから。
写真が芸術というなら、新しい何か/今まで気づかなかった何かの発見が その写真になければならない。
それがなかったら、工芸品の世界にとどまることになる。
それは、職人の世界であって、芸術とは呼べない。
現在のプロのカメラマンは職人の域を越えられなくなっている。
特に、デジタルカメラになって その傾向が強くなったと感じる。
(話術の巧みな)レッスンプロは多くなったが、写真で勝負のトーナメントプロは少なくなったと感じる。
更に、そこから飛び出し、模倣を脱皮させた写真を撮る人は更に少なくなっている。
(いないわけではない、まだ、評価されないだけ。芸術家は亡くなってから評価されることが多い。)

「写真は 芸術です」と のたまう人の、芸術の定義、どんなものなのだろう。
小生の定義は 「今までになかった新しい視点の発見と創造(作って見せる)。そして、それを 見る人が感じ、評価し、確かに新しい何かが表現されていると認める 双方向の了解」と考えている。 
-------------------------------------------
今年も桜を撮ることになるのだろう。
フィルム・カメラを抱え、桜の木の下を右往左往し、決まり切った写真を撮っている・・・そんな自分を想像しています。
もう数日で桜の季節になる。



スポンサーサイト



  1. 2016/03/25(金) 11:22:16|
  2. 桜 
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<3月20日 春のお彼岸の日に (白山にて) | ホーム | 旧東海道 品川宿を歩く>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://alchemystsasaki.blog.fc2.com/tb.php/698-01b043a3
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

Alchemyst Sasaki

Author:Alchemyst Sasaki
Phone-Cameraの時代、フィルムで撮ることの意味合い、意義はあるだろうか?と懐疑的になっている。写真の置かれている場所・期待・求められているものが根底から変わってしまったのかもしれないと思っている。
それでも、もう一年白黒フィルムで遊んでみるつもりでいる。

最新記事

月別アーカイブ

カテゴリ

読み解く写真、心に残る写真を・・・ (126)
思い出の写真 (25)
遥かなる寧夏 (35)
新幹線の見える街 品川 (6)
フィルムの眼 (108)
レンズの眼、カメラの眼 (38)
デジタルカメラは記録機器 (13)
映し出された世界 (29)
水辺の光景 (19)
勝島運河 (18)
写真の技法 (147)
旅行・観光 (7)
ある場所、ある瞬間 (102)
デジタルで遊ぶ (29)
Silent City (8)
??? (22)
Street Photograph (26)
都会の景観 Tokyo (204)
Night walk in Tokyo (33)
散歩 (276)
猫、犬、鳥 (9)
白木蓮 (19)
黒い花 怪しい花 (59)
樹、草、花  (73)
桜  (139)
ひまわり (38)
竹林 (11)
八つ手 (9)
百日紅(さるすべり) (29)
オールドレンズの密かな楽しみ (33)
人物 ポートレート 踊り (35)
Photo彩遊 (27)
品川宿 (9)
その他  (32)

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR