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本当に大切なものは見えない

古いフィルム・カメラで、ありふれた身の回りを撮っています。日常の中の一瞬を捉え、読み解く写真になっていれば・・・

池袋へ 森山大道写真展を見にいく。

池袋の東京芸術劇場で
「森山大道写真展」があるというので出掛けた。
池袋821-17
手にしたのは、Minolta Hi-Matic F バカチョンカメラ。
絞りもシャッター速度もカメラにお任せ。
絞リングも、シャッター速度を変えるダイアルもついていない。
あなたは距離を合わせ(広角レンズなので5mくらいにしておけば、大体ピントは合っている。)シャッターを押すだけ。
小さく軽量なのがいい。フィルムは Rollei Retro400Sを詰めた。
写真展は5階のギャラリーで開催されている。
池袋821-15
期待外れだった。
ただし新しい流れなのだろう。
技術の進歩、写真を絵画並みの大きさに拡大できるようになっている。
写真も、絵画などと同じ芸術品扱いされることを 求めているのかもしれない。
それが、撮影者・森山大道の望む方向なのだろうか?
三つの部門に分けている。
「光と影」 過去の作品 
一昨年吉祥寺で開催された展覧館より、明らかに質が低い。もっといい作品を期待していた。(観覧料ずっと高額)
黒い外車、キャベツ・・・これは、東京写真美術館に展示されたもののほうがいい。
「網点の世界」
過去に雑誌等に発表された作品から、大きなシルクスクリーン原版をつくり、100cm×150cmくらいのキャンバス(布)に黒の油性インクで印刷されたものが飾られていた。
4つ切り、半切程度までなら 家の壁に飾ることもできるが、1m×1.5mの大きさはでは、大きな邸宅、美術館でしか飾れないだろう。 この作品、美術(芸術)作品を志向しているのだろうと考えざるをえない。
数メートル離れて見ると、確かに森山大道の作品である。
でも、違和感を感じた。これが森山大道の求める写真だろうか?
「通過者の視点」
カラー作品。大道風なのだろうが、面白くもない。
写真を学ぶ学生に、森山大道に似せてカラーで撮ったらどうなるか
街を歩かせて 試させたら、似たものができるだろう。
通過者としての森山大道の視点は、写真を専攻する学生の視点の中に埋没してしまうのではないだろうか?
氏の視点も、ぎりぎりの限界まで進んだということか?
そういえば、アンセルアダムスのカラー写真も、あまり上手とは言えなかった。
モノトーンでは、他の追従を許さない美しさがあったのだが。

少々落胆して、会場を後にした。
池袋821-20
折角 池袋まで来たのだから、ぶらぶら歩き 街をスナップして帰ることにした。
池袋821-13
鳩が頭上をかすめた。咄嗟にシャッターを切る。
普段使う Nikon SPやContaxⅡaでは対応できないだろう。
距離も5mにしておけば、ほぼパンフォーカス、合わせる必要もない。
ただし、露光計 空の明るさに作動したのか、露光不足のネガになっていた。
銀粒子のでた「荒れた」写真、森山大道風と・・・言えなくもない。
大塚駅の方角を目指し 歩いていた。


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  1. 2016/02/09(火) 14:34:18|
  2. 散歩
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
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コメント

はじめまして(おそらく^^)
 今の時代、ネットによってたくさんの人が写真を紹介してますから、「大道風」もたくさんあっても不思議にはおもいません。
 私たちの目が麻痺しているのだと思います。「UEDA調」の写真だって、いやほど目にしますから。
 植田氏はもうおられませんが、大道氏は現役なら、昔から変わらぬ作風という事ではないでしょうか。
 悲しいのは、その先人たちの真似しかできない我々のほうかもしれませんね。
  1. 2016/02/10(水) 08:29:42 |
  2. URL |
  3. harada #irFTj9vI
  4. [ 編集 ]

コメントありがとうございます。
小生のスタンスは以下の通り、
-----------------
写真は、譬えそれが、先人の模倣であってもいいとおもいます。
ただし、更にそこから良い技法、視点を創造することが重要でしょう。
それが今までの写真の歴史だったろうと考えています。
日本は今カメラ大国ですが、そのカメラを使った写真表現のを考えたとき、貢献できた写真家はいただろうか?と思うと、お寒い限り。
借り物が多い。1950年代(戦後まもなく)朝日カメラが復活したとき、真っ先に掲載されたのは、欧米の写真家の作品群。それをむさぶるように吸収していた。

写真の世界に新たな視点を発見し、世界に一石を投じることができたと胸を張れるのは、唯一、東松照明-中平卓馬-森山大道の流れだろうと感じています。
木村伊兵衛、植田正治、土門拳、日本では一流の写真家ですが、欧米ではすでにそれ以前に、同じような視点、技法で写真を撮る写真家はいました。オリジナリティは向こうにある。
欧米から見たら、ある意味では亜流という捉えかでしょう。東洋にも、上手な写真家がいるんだ、という程度の認識だろう。
------------------------------------
小生 植田調と大道風(調)は、意識の上で異質のものと捉えています。
植田調は明らかに昭和初期に日本にも押し寄せたシュールレアリスム運動の上澄みのつまみ食い。それが植田氏の感性にぴったりと合った。戦後まもなく、ノイエザッハリヒカイトが叫ばれたときは、不遇だった思います。
でも、ユーロッパは、シュールレアリスム運動の発祥の地、理解され、受け入れられた。東洋の亜流として。
----------------------------------
大道調は、東松照明-中平卓馬-森山大道の流れ、既成の秩序や常識等に対する反抗心・・・既存をぶっ潰せ・・・一連の写真は、今までの欧米の写真の範疇に収まらない、独自の写真表現だろう。これをクリエィテブ(創造的)と言わずして、何と表現すべきだろう。
初めて日本発の写真表現。
世界の写真史に残るべきジャンルの発見/創造だろうと思います。
-------------------------------------
森山大道の初期の作品、1980年代後半の作品、2010年代の作品、森山大道の作品、丹念に見れば変化しています。大道調とくくり、変化しないものと、捉えていません。
しかし、近年の作品をみると、行きつくとこまで来てしまったのかなぁと感じています。大画面の作品には驚きますが・・・大道氏の視点が変わったのかなぁ
少々 期待外れ。
  1. 2016/02/10(水) 22:12:34 |
  2. URL |
  3. Alchemyst Sasaki #-
  4. [ 編集 ]

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Alchemyst Sasaki

Author:Alchemyst Sasaki
Phone-Cameraの時代、フィルムで撮ることの意味合い、意義はあるだろうか?と懐疑的になっている。写真の置かれている場所・期待・求められているものが根底から変わってしまったのかもしれないと思っている。
それでも、もう一年白黒フィルムで遊んでみるつもりでいる。

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