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本当に大切なものは見えない

古いフィルム・カメラで、ありふれた身の回りを撮っています。日常の中の一瞬を捉え、読み解く写真になっていれば・・・

遥かなる寧夏  寧夏で会った人

寧夏に来たという情報が 友の口から洩れたのか、何人かの訪問を受けた。
意外だったのは・・・・
平羅の人DSC02317
工場幹部と会食するというので、平羅のレストランへ行ったとき、
「この人 覚えていますか?」と尋ねられた女性。
昔(といっても10年ほど前のこと)の記憶を手繰る。
「平羅賓館にいましたよ」と言う。ぼんやりだが、記憶が 少しずつ戻ってくる。
帰国して 当時の写真(デジタル写真)を 調べる。 この女性らしい。
平羅の人IMG_3102
小生の席は、主賓ということで、一番奥の空席になっているところ。
左の赤ら顔の人は、日本の某有名商社で部長まで務めた元商社マン。
若い時、ニューヨークの中華レストランで、中国人と間違えられ厚遇を受けた経験を持っている。でも、純粋の日本人。
世界各地を渡り歩き、貿易の知識が豊富なので、何か助言できるのではと、同行してもらった。その左が友人。
右は(チョキを出している)は平羅政府の要人、トップの人だと思う。
当時、彼女は 学校を出たばかり。回族の人間だったと思う。数年勤め、僅かばかりの金を貯めると、結婚する(多くは農家)のが普通だったようだ。給料は 月給に直すと600元~800元、近くに寄宿舎があり、朝と夕の2回は、そこで食事をとることができるという。
彼女は 小生を覚えていた。何回か、平羅賓館で 宴会を行っている。こちらが招待したり、されたりの関係だった。
外国の人間が、珍しかったのだろう。
それから12年、平羅jは大きく変わっていた。
平羅の人DSC02321
給与水準は、驚くほど上がっていた。数年前、平羅は バブル経済に踊っていた。
浙江省の温州のデベロッパーが入ってきて、大掛かりな宅地造成を行っていた。
勿論、平羅政府と二人三脚の関係で進めたのだろう。
そのため、極端な人不足になり、工賃が急激に上がったという。バブルがはじけたが、一度上がった給与は下げられない。
ワーカーの賃金、月額で3000元にまで上がっているという。日本円で6万円弱の水準。1960年代後半の日本の新卒大学出の給与水準に匹敵するのではないだろうか?
沿岸部の杭州と変わらないか、むしろいいかもしれないと友は言う。
年は30歳を超えただろう。今は結婚し共働きしている。
経済的に豊かになったのか、皆スマホを持っていた。そのスマホで、小生の姿をパチリと撮られてしまった。
右が友人。だいぶ経営者の顔になってきた。気の優しい男なので、会社の経営ができるか、少々心配したが、どうやら乗り越えてきたようだ。
後ろに立っている男が、環境関係の責任者、前に座るのが工場管理者(工場長) 左は分析・工程管理の責任者。貿易業務の責任者は、喉が痛いと欠席していた。
工場長は西安の出身。分析の責任者は、石家庄の出身。5年ほど前のバブル経済のころ、平羅にやってきた。
文化大革命のとき、知識人(都会のエリート)は農民に学べのスローガンのもと、漢人の入植がはじまったのではないだろうか??
2000年頃、寧夏回教自治区の人口構成は回族と漢族5:5と言われていた。
経済の発展とともに、漢人の流入は増え、現在は4:6で 漢民族のほうが多いという。
徐々に漢民族に呑み込まれていくのだろう。 
当時、付き合った(知り合いになった)董事長(社長)2名とは会い、会食したが、大武口の董事長には会えなかった。年のころは、小生とほぼ同じ、一時、潰れるかと思ったが、現在も続いているという。健康を害していたが・・・そんな弱音を見せるわけにいかないのが・・・中国。喰えない奴だが、嫌いな人間でもない。握手できたら、いい会社になったと思う。
この頃は、すこし、彼に尊敬の念を抱きだしている。すごい奴だと。
文化大革命のとき、湖南省の仲間数人と 寧夏に移住、その後、紆余曲折あるが 会社を作る。先見性より行動力。米国へ視察。何を求めているのか理解でき、それから会社の躍進が始まる。有頂天になり、大きく見せたいと、風呂敷を広げ過ぎ・・・・良くあるパターンにはまっていく。小生が 会ったのは このころから。必至だったのだろう、食えない奴との判断をしていた。
記念に、2人の董事長とは、それぞれ写真を撮っているが・・・隣に小生が写っているので・・・割愛します。
平羅の人DSC02592
ホテルの手違いで、最上階の貴賓室に部屋が変わった。
応接室に自動の麻雀卓が 置かれていた。 
中国人スタッフが目ざとく見つけ、それからは毎晩、麻雀の卓を囲むことになる。
麻雀牌は 大きい。ルールは、トランプに近い。簡単なルール。
日本のインフレ麻雀でない。「ドラ」はない。役縛りもない。捨て牌の川も作らない。「カン」すると、上がらなくても、点数(実際には現金)が入る。毎回清算する。だから、いつでも抜け、替わることができる。
黄色の縞のシャツの男が、貿易担当の責任者。英語ができるので、10年ほど前、寧夏に来た時、通訳をしてもらった。
今は、友人の会社の幹部の一人。女性は、7年前、事務員をしていて、会ったことがあるというのだが・・・残念ながら記憶に残っていない。
小さい女の子は、貿易担当者の娘。ソファーで寝転んでいるのは、友人の息子です。
平羅の人DSC02463
遊びに行ったわけではありません。彼の作った工場を見学し、助言はしっかりとしてきました。
米国に製品を出荷するというので、記念に一枚撮影しました。



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  1. 2015/07/28(火) 12:29:57|
  2. 遥かなる寧夏
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Author:Alchemyst Sasaki
Phone-Cameraの時代、フィルムで撮ることの意味合い、意義はあるだろうか?と懐疑的になっている。写真の置かれている場所・期待・求められているものが根底から変わってしまったのかもしれないと思っている。
それでも、もう一年白黒フィルムで遊んでみるつもりでいる。

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