11月27日 グループの写真展最終日、会場に集合し、皆で打ち上げの会(飲み会)を行うという。
アルコールのふくよかな香りに弱い小生、4時半集合だが、少し前には現地に到着していた。
早すぎたので周辺を散歩し、カメラに収めていた。
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有楽町は、小さいころから、幾度も通っている。
写真展の会場フレームマンギンザは西銀座デパートの並びにあり、上を高速道路が走っています。有楽町駅前の「そごう」(現在はビックカメラ)が先だったか、東京タワーのほうだったか・・・どうも記憶は曖昧になっている。昭和30年代の初めの頃の話になります。
高速道路とは言え、出来たときはほんの数百メートル、抜け道のようなもの、無料だった?と思います。新しもの好きの父は、買って間もない愛車を運転し、この上を走っています。東京オリンピックより6,7年前には完成していた・・・記憶はあやふやです。
現在は首都高の中に組み込まれていますから・・・首都高建設のテストだったのでしょう。

有楽町駅前のマリオン。
建て替えられる前の名前も・・・思い出せなくなっている。日劇ミュージック(上品なストリップ?)が開催された場所・・・子供が近づくことできない場所。それでも、映画やショーも行われていました。総天然色(古い言い方)の映画「砂漠は生きている」、ウエスタンカーニバル(ロカビリー/若者が熱気した)など、どういうわけか、その中に混ざり、楽しんだ記憶が残っています。(これはあやふやではありません。)

ガードをくぐり、山手線の内側へ、お堀端まで歩く。日比谷濠に銀杏が映え美しい。

普通撮らない。デジタルでもレンズを向けないでしょう、ありきたりの光景だから。
しかし、すごい発色。フィルムの無駄だという、心の忠告を聞かずシャッターを押したもう一人の自分を褒めてあげよう。
ロモ400のフィルム、近くのプリントショップで380円(税別)、100のフィルムより50円も高い。高いだけのことはあるか。感度だけでなく、発色性も小生好み(派手好みです)。レンズはミノルタのRokkor おそらくテッサータイプ。ガラスの枚数が4枚と少なく、コーテングもかかっているので、色の抜けはいいのだろう。解像度もテッサー(鷹の眼)です。

かがめていた体を起こし、ふと見ると、二人の姿が・・・こちらに向かってくる。
逆光だと思いながら、思わずシャッターを切る。
また、秒撮してしまった。ごめんなさい。
レンズのピントは3m位になっていたのでは・・・フレーミング、直ちにシャッターを切る。愛用するNikon SPやKievⅡ、ContaxⅡaより、シャッターチャンスに強い。露光をどうするかの選択肢がないだけ簡単である。
通り過ぎたお二人の姿に感謝し「ありがとう」と頭を下げました。微笑ましくいい写真だと・・・思います。

日比谷公園の樹に夕日が当たっているのに気付き、足早に公園に向かう。石垣の上に登ると、ベンチには読書する姿を散見。陽の光をレンズにあてると、カメラは明るいと判断し露光をアンダーしてしまうだろう。ここは、カメラを騙すしかない。フレーミングできる場所を探す。ここしかない。

木漏れ日でも画面の中央に置けば、ゴーストも出ないだろう。風景を撮影するなら、水平線や垂直線は、正しく水平、垂直にないと「おかしい」と指摘されてしまうが・・・スナップはありだと思う。最初から斜めになるようフレーミングしていた。
なぜ?・・・・完璧な構図というものが嫌いなだけです。
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写真を撮るに理屈や理論は必要ない。心の感じたものを直感で撮るべきだ・・・と言われたら、小生の撮影は、真逆だろう。この光なら、この構図なら・・・と始終気にし、露光の理論、レンズ画角、焦点深度、フィルムの特性、現像はどうするか・・・その諸々が、頭の中を駆け巡っている。対象物を見つけフレーミングしている瞬間も、確かに考え続けている。シャッターを切り、その瞬間を記録する。直感なる神秘な力を感じ、シャッターを切っていたことあるか?と自問してみるが、一度も思い当たらない。
「うまく撮れたか?」「どう撮れただろう?」「やったー、撮れたぞ」そのいずれかが、心に去来するだけ。
フィルムを現像するまで・・・その結果の確かめようもないが・・・・
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夕日は落ち、集合時間が近づいてきた。
会場に向かう。

数寄屋橋交差点の交番の屋根に新月が掛かっていました。
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- 2014/12/11(木) 12:41:46|
- 都会の景観 Tokyo
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