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本当に大切なものは見えない

古いフィルム・カメラで、ありふれた身の回りを撮っています。日常の中の一瞬を捉え、読み解く写真になっていれば・・・

なぜ 1967年の蓼科の写真なのか・・・・

思い出の地、蓼科を再訪し、その変遷を知りたくて、昔の写真、ネガを調べていると、懐かしい顔に逢う。ほろ苦い記憶を思い出す。
蓼科湖で撮った集合写真には、中学時代、学校一の秀才の顔もあった。高校は当時日本一の進学校へ、そして、決まったように東大に進む。
それから10年ほどして、中学時代の恩師に合う。雑談していると、彼の話が出る。「あの時彼は安田講堂に居たんだよ。」そう70年安保・学園紛争の時のはなしになる。「うまい具合に、機動隊が突入する1週間前に、外に出ていたそうだ」恩師の顔が、ニコニコ笑っている。無事卒業し、中央官庁へ(当然のことながら、キャリアー組)入ったようだ。マークはされていなかったか??その後、彼とは音信不通になっている。今となっては、探しようもない。
1967年、あの頃が、転換点だったのかも。 文化大革命が始まったのは1960年半ば、それからの10年は、小生にとって熱い時代だった。その間の5年間、カメラを握っていた。
ネガを調べていくと、学園紛争の写真も出てくる。~~公開できないなぁ。
昨日まで教室で席を並べ学んでいた級友が、バリケードの内と外に分かれ、争っている写真があった。真理を追究すべき学問の府で、「ナンセンス」と他人の発言を封鎖する。単位を授ける権威の上あぐらしていた教授連は、その声に、なすすべもなく、普通のおっさんに戻っていた。人間の根源の醜さがでてくる。嫌な時代であり、面白い時代でもあったと思う。この10年間が日本の写真史を見ても、一番熱い時期ではなかったか?
写真に力があった。日本を代表する写真家も輩出した。
学園紛争の写真は載せたくない。友人の姿が写っていたり、小生の居た大学も分かってしまう。これは、個人のプライバシー、そっと取っておくつもりだ。
その頃撮った写真、これも今となっては懐かしい。
KrishunaPartyA3-01.jpg
町を歩いていて、この踊る集団に出会う。たどたどしい英語で話しかけ、住所を聞き出す。恵比寿の住宅街の小さな一軒家を借りていた。今となっては、その場所、どこだったか皆目見当もつかない。数回通い、写真に収めている。撮っていいかと、面と向かって承諾を得た記憶は・・・・定かにはない。阿吽の呼吸のようなものか。
ルポルタージュ写真家になるという気は、さらさらない。ただ、面白いからと、家に上がり込み、撮影していただけ。時代の熱気がそうさせていたのだろう。
一切の寄付もしていない、却って、夕食(菜食主義)を御馳走になっている。スキムミルクと砂糖をたくさん使った料理だった。
できた写真は、何枚か伸ばし、渡しているので、それが寄付であり、料理へのお礼となったのだろう。

教団の名はKurishuna、町で見た瞬間ピンときていた。
高校時代の成績は、文系科目は全滅に近い。理数系はよかった。それでも、社会の先生とは馬があったのか、よく話をした。その先生が面白いから読めと勧めてくれたのが、宇井白寿氏の、「東洋人の思唯方法」 ドクター論文が、そのまま出版され、その筋の研究者、関心を持つ人のベストセラーになっていたようだ。高校の図書室にも置いてあった。
こいつ、理系だろう。受験勉強に関係ない本でも、こいつなら読むかも・・・と思い勧めてくれたのかもしれません。文系の生徒には勧めなかったでしょう。受験の妨げになります。
その先生も今は冥界を彷徨っている。聞き出す手段はありません。

「インド人の思唯方法」に、興味を覚え、図書館の本をあさり、宇井白寿の著したインド宗教の話を拾い読み。その中に、熱烈派として紹介されていたのがこのkurisyuna教でした。~~ェエ、それが日本にも布教で来ている。

熱い時代のカメラは、全ての設定を人間の手で行わなければならない純機械式カメラであった。露光計付も販売はされていたが、プロは使っていたか??
露光計が内蔵されAE化すると、露光の失敗から解放される。モータードライブ、自動焦点、ズームレンズ・・・便利になるほど、写真を撮ろうとする意欲は希薄になっていく。
純機械式カメラを手にしたプロは、人様に見せられる写真をものにするため、カメラを使いこなす努力を惜しまなかった。操作が難しいからこそ、余計に写真に入れ込み、意欲は頂点に達していたのだろう。アマチュアとの差を見せつけてやるという気概もあっただろう。テーマは眼前にいくらでも転がっていた。それが、あの10年間ではなかったか。
カメラが誰でも簡単に撮れるようになると、すごいなぁと思える写真家は、でなくなっている。皮肉なものだとおもう。

小生の写真への思い、あの時代の熱気が根底にある。
その熱気を感じたくて、古いカメラを手放せない。純機械式のカメラがそれを感じさせてくれる。相変わらず、使いこなすのは難しいが、それが楽しい。いい写真を撮るためには、ハードルは高めに設定したほうがいい。

あれから、44年、インド発生のこの踊る宗教、布教、うまくいっていないようです。
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ネットで検索したら、東京に協会が健在だそうです。
記事によれば、ベトナム戦争のときアメリカで見直されたそうです。
確かに、リーダーと思しき人が、アメリカ、ニューヨークに電話していました。
掛け終わったあと、ニコニコしていました。
「アメリカに電話?」と聞いたら。「そう」、と答えた、「あとでビルがくる。」(月末清算の)と肩をすぼめていました。
当時、国際電話は非常に高かった。 そんなことまで、覚えているものですね。

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  1. 2014/09/27(土) 11:26:39|
  2. 思い出の写真
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Author:Alchemyst Sasaki
Phone-Cameraの時代、フィルムで撮ることの意味合い、意義はあるだろうか?と懐疑的になっている。写真の置かれている場所・期待・求められているものが根底から変わってしまったのかもしれないと思っている。
それでも、もう一年白黒フィルムで遊んでみるつもりでいる。

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