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本当に大切なものは見えない

古いフィルム・カメラで、ありふれた身の回りを撮っています。日常の中の一瞬を捉え、読み解く写真になっていれば・・・

1967年の蓼科(その10)   辰野館とその周辺

最初に辰野館を訪れたのは、1966年か1967年の初夏。東京オリンピックが終わって2年ほど経った頃だったと思う。
当時は、電気がなく、ランプの宿。小さな水車を回し発電していた。できる電力はわずか、玄関の帳場に小さなはだか電球1つ、夜、弱い光を放っていた。
逍遥2 1967年辰野館-1
宿の裏手には小川が流れ、水車小屋があった。1967年になると、電気が通じるようになり、この発電機も、役目を終える。
逍遥 2 水車小屋DSC03115
今年、同じ場所に立っていた。その時、白樺の大木がこの場所にあった記憶はない。記憶に残るのはこの水車小屋だけ。47年も経てば、芽吹いたばかりの幼木も大きく育ち、立派な白樺となる、そして、青年は老人へ、自明のことだろう。
旅館の裏庭には、冬の暖房用の薪が綺麗に積まれていた。毎日の食事、風呂を焚く燃料も、当時は近くの山から切り出した木材ではなかったか?積まれた薪をバックに友人と写真を撮っていた。
早朝、部屋の窓を開けると、立ち込める霧に混ざり、木を燃やした時の香りが漂ってくる、あれはいいものだった。
しかし、今は薪を使うことはなくなったようだ。それも、少し寂しい。
辰野館 薪DSC03112
この薪は食材のキノコを作るため利用しているようです。
今の季節はキノコ狩りのシーズン。昔なら、ご主人自ら、或は従業員に命じ、高原のキノコ狩りをしていたのでは。塩漬けにした蕨やキノコをビニール袋に入れ、貰った覚えがある。
ご主人にしてみれば、息子と同年代、かわいがってくれました。数年後、学業を終えたか、他の旅館での修業を終えたのか、辰野館にもどり、跡を継ぎ、新館増設し、「ホテル」にしたと、うわさで聞きましたが・・・・
逍遥3辰野旅館DSC03109
今も辰野旅館は健在でした。もっともその息子(マスター)も、もう70歳に手が届く年齢になっているはず。・・・今、旅館を経営しているのは、次の世代でしょう。
入り口が道路の上に移動し、新館近くなっていました。帳場があった入り口付近の建物は荒れるに任せている。新館の建物も、建って40年近くたつのか、それなりの古色を帯びている。山奥のホテルという雰囲気はある。秘湯の温泉宿、都会の心をくすぐるのかもしれません。
逍遥2 1967年白樺林-29
スロープには、白樺林が広がっていました。ここは、辰野館の敷地の中です。
今年行ってみると、
逍遥2 スロープDSC03257
白樺は少なく、林の中に埋没しています。
スロープを降り切った所に縄が張られて心理的になかに入りづらい。なに、ちょこっと跨げばいいのですが・・・・以前は、そのまま直角に登り、蓼科山を撮影していました。
時代が変われば、営業方針も変わる。当時は、近隣の人の湯治場であり、学生の夏合宿、林間学校などに使われていました。都会の人間が観光で訪れる場所ではありませんでした。
今は、林間学校や、学生の部活の場所でもなくなったようです。近隣農家の湯治場でもなくなっています。客層が変化すれば、それに合わせ、旅館も変化しないと淘汰されていく。
逍遥2辰野旅館DSC03296
上には電話線、下にはロープが張られています。この落葉松もせいぜい10年くらい前に植えられたものでしょう。
逍遥2辰野館660-21 Ⅱ
同じ位置から50mmの標準レンズで撮影。モノトーンがいいか、カラーがいいか・・・好みの問題ですね。
脇道に入り、藪の中を散策する。方向感覚を失う。
逍遥2 迷い道DSC03288
ようやくキノコ狩りをする地元の人に出会い、道を聞く。そしておしゃべり。
話を聞くと、蓼科の観光客は減っているそうだ。八ヶ岳登山の拠点、辰野館よりさらに奥の渋御殿湯は倒産、渓谷沿いの横谷温泉も潰れた、明治温泉はどうなのか・・・よくわからない、厳しいだろうという。渋川温泉と辰野館は、それなりに頑張っている。そんな話を聞く。
1966年明治温泉
これは1966年に撮影した明治温泉。奥に見えるのが渋川温泉だと思う。御射鹿池からすぐのところに明治温泉はあるが、今年行ってみると、金曜日なのに「本日は営業していません」の看板が、バス停近くに掲げられていた。それを見て行くのを思いとどまってしまった。行って写真を撮っておくべきだったと反省している。
当時、茅野から渋の湯へ行くバスは日に10本くらいあったと思う。登山客をさばききれない時は、臨時バスも出ていた。数人が集まればタクシーで、終点の渋の湯まで行く。荷物料を勘案すると、タクシーで行ってもそれほど差はなかった。
今、茅野から渋の湯へ行くバスは日に3本にとどまる。レジャーの質が、変わってしまったのだろう。個人の別荘の数は増えているが、観光で訪れる人は激減している。別荘の住人は、自家用車で、茅野の町で日用品、必需品を揃えればそれで足りる。蓼科のリゾートホテルの需要がおちているのだろう。

帰ってきて、ネットで調べると、横谷温泉も渋御殿湯も明治温泉も、支障なく営業している・・・鼻を爪まれたような気がします。
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  1. 2014/09/22(月) 08:04:21|
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Author:Alchemyst Sasaki
Phone-Cameraの時代、フィルムで撮ることの意味合い、意義はあるだろうか?と懐疑的になっている。写真の置かれている場所・期待・求められているものが根底から変わってしまったのかもしれないと思っている。
それでも、もう一年白黒フィルムで遊んでみるつもりでいる。

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