昔の写真雑誌を読んでいたら、木村伊兵衛の対談記事が出ていた。
「絞りは6.3も絞っておけば、大概ピントは合うものなのです。」と氏は述べている。
この頃、デジカメで撮影している人は、絞りをあまり気にしないし、f:6.3と聞いても「ああそうか」当然という気がするでしょう。少し前、フィルムカメラを使っていた人なら、f:6.3 なんだ?変だなぁと思うでしょう。
f:6.3の値は、ライカの初期のレンズの絞りの系列で、大陸絞りと呼ばれるものです。ライカ初期に販売された、Summar 50mm F:2レンズ あるいは Elmar 50mm F:3.5レンズには、その絞りが刻まれてます。f:2.2、f;4.5、f:6.3、f:9、f:12.5、f:18。
すぐに、ツアイスの使っていた系列、f:1.5、f:2、f:2.8、f:4、f:5.6、f:8、f:11、f:16に統一されていきます。
木村伊兵衛氏は、古いライカのレンズを使用している!とそのとき気づきました。
それから、努めて、町でスナップし、人物を撮影するときは、f;5.6あるいはf:8に絞って使っています。

当時のフィルムの感度はISO50程度、増感してISO100で使ったとしても、f:6.3なら、シャッター速度は1/30秒程度で撮影したことになります。居合抜きのごとき撮影だったという話が伝わる。撮られたほうも、気づかなかったようだ。それでも手振れはしていない。それだけ習練を積んでいたのでしょう。
しかし、いまとなっては立派な盗み撮りである。現在はご法度だろう。
とはいえ、小生も時たま、真似をし、秒撮と称しスナップするが、氏の域には到底達しない。
何枚かに1枚は、撮られた人の視線が、レンズを捉えている。そのネガは、印画紙に焼くことも、PCに取り込むことなく、そのまま、没にする。
氏の撮影した写真を、何度となく見返す。眼差しの自然さが重要だと気づく。それに付随する所作を見極めないと、撮れるものではない。時に重要なのは眼差しの先。写っていることもあれば、ない場合もある。ない場合は、それが何かを予見させる切り取り方になっていて、イメージが膨らむ。うまいなぁと思う。
当時その場にいたら、ごく自然の光景で、誰も気にもとめず、見えていなかっただろう。しかし、氏は見抜いていた。見えない大事なものを見ていると思う。カメラのレンズを通し、氏は時代を切り取っていたと思う。
顔が写り、人物の特定がはっきりするカットは、絶対非公開だが・・・後姿ならOKだろうと、ブログに載せました。
横顔が少し覗きますが・・・それが、ポイント。話しかける瞬間を狙って秒撮しました。フォトジェニックなカップルです、許してください。両手に買い物をぶら下げて足早に歩く男性が写っています、数歩先を歩いてくれれば、もっと二人の姿は浮き上がったでしょう。
絶対非演出のスナップ写真です。これも致し方なし。
何十年後・・・・この時代を切り取った写真になっていればいいなぁと・・・思っています。
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- 2014/08/18(月) 11:34:11|
- オールドレンズの密かな楽しみ
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