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本当に大切なものは見えない

古いフィルム・カメラで、ありふれた身の回りを撮っています。日常の中の一瞬を捉え、読み解く写真になっていれば・・・

神楽坂 阿波踊り

7月26日(土)、神楽坂で阿波踊りがあると聞き、「撮る阿呆」になろうと思い、行ってみた。
神楽坂・・・嘗ては、大物政治家が、神楽坂の料亭を舞台に、秘密会合を行った場所。ロッキード事件で、神楽坂に料亭があることを知らされた記憶が残る。皇居の北側、霞が関の官庁街からも近い。
「神楽坂」、響きがいい、おそらく芸者さんの連もあるのでは?と期待していた。
連650-7
6時、子供たちの阿波踊りが始まる。女踊りをするのは、大人の連に参加する父兄の飛び入りだろう。揃いの半被を着た大人達は、学校の先生だろうか?そんな想像をする。
連650-13
7時になると、大人の連が始まる。その少し前、家族の記念写真を撮るお父さん。今のデジカメ、綺麗に撮れます。
連650-14
いろいろ探したが、残念ながら神楽坂芸者衆の連はありませんでした。
連650-21
祭りに参加する「踊る阿呆」の沿道には、デジタルカメラ、スマホ、タブレットを持った人が立ち並び(座っている人も多いが・・)盛んにシャッターを切る。写されることを前提に「踊る阿呆」になっている。「撮る阿呆」は、それを共通認識だと思ってシャッターを切る。
連650-16 Ⅱ SD
85mmのレンズを使ったので、上半身のポートレートを撮影できる。周りの沿道には、デジタルカメラを持つ人が多い。おそらく、気づいていない。 連650-18
戦後まもなく「リアリズム」写真を唱えた土門拳は、絶対非演出の写真を標榜した。
しかし、彼も表現の自由と、個人の尊厳(人権)の問題では苦しんでいる。どちらの概念も、戦後民主主義では重要な守るべき概念・理念である。リアリズムは表現の自由の範疇に入る。また個人の尊厳は、人権として守られるべきものである。
「人を黙って撮っていいのか?」と詰問されたら、うまい弁明の言葉など、持ち合わせていないと告白している。
写真でしかできない表現の特徴は、対象物(モチーフ)をよく見、感じたら、絶対非演出で、その場面を切り取ることができることにある。これが、絵画、映画、劇との根本的な違いである。非演出で撮らないと、大事なものが消え、嘘、虚栄に覆われ、写すべき現実が隠されてしまう。
写真は、非演出(断りもなく)で撮りたいが、盗撮と言われたら、それは、そうだ。平身低頭謝るしかない。
昭和31年の雑誌のコラムにそう記述している。
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難しい問題が横たわっている。3.11の大津波の後、日本のカメラマンが群れをなし、現場に行き状況を写真に収めている。なかには、あまりの悲惨さに、1ヶ月、カメラのシャッターを押せず、ボランテアの救助活動に参加していたとうカメラマンもいる。それも 正しい行為だと、尊敬する。
外国のカメラマンも入った。外国では、彼らが撮影した眼を覆いたくなるような写真が出ていたが、日本のカメラマンは、死体を写すようなことはしていない。 暗示的に示す写真が載るだけ。 本当の悲惨さは、外国のカメラマンのほうがよく伝えている。
死体を写すことが個人の尊厳を傷つけることになるのか? 遺族の感情を傷つけたくないという配慮か。
「撮らない」という演出があるのだろう。
現実を直視し、絶対非演出を唱えた土門拳なら、どうしただろう?
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日常のスナップ写真など、そんな重い命題を背負っていないよ、と嘯くことができるが、本来は見過ごすことできない命題だと思う。
この頃は、撮影時に前もって断り、人を写す(もはやスナップではない)安全な演出写真の時代。
或は、人を写せないなら花鳥風月だと、趣味で写真を撮る人は向かう。
毎日が日曜日の、少々ボケの始まった老人だが、
「本当に大切なものは見えない」 それを撮ろうとする気持ちはある。このグログを始めた最初の写真が、発端。
二人の後姿に、眼には見えていないが、なにか大切なものが写っていると感じている。
絶対非演出という言葉に、魔力を感じる。
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沿道の「見る阿呆」を、スナップしてしまいました。
絶対非演出です。
盗撮と詰問されたら、謝るより致し方ない。
だから絶対非公開です。
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  1. 2014/07/30(水) 11:52:20|
  2. 人物 ポートレート 踊り
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Author:Alchemyst Sasaki
Phone-Cameraの時代、フィルムで撮ることの意味合い、意義はあるだろうか?と懐疑的になっている。写真の置かれている場所・期待・求められているものが根底から変わってしまったのかもしれないと思っている。
それでも、もう一年白黒フィルムで遊んでみるつもりでいる。

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