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本当に大切なものは見えない

古いフィルム・カメラで、ありふれた身の回りを撮っています。日常の中の一瞬を捉え、読み解く写真になっていれば・・・

Stieglitz アメリカ現代写真の原点

武蔵小山の雲1589-28
ステーグリッツが、米国写真の原点か?となると、そうでもない。
 
写真が発明されると、直ちに米国に伝わり、ダゲレオタイプの写真館が林立し、好況を納めたという。
カルフォルニアで金が発見されるとゴールドラッシュが起きる。(1850年代)
その頃になると、より簡便な、湿式写真法になる。
金を掘り当てた人は、その金を換金し、故郷へ帰るとき、
お土産に、風景を撮った絵はがき(写真)を求めたという。

19世紀の後半になると(明治後半)、乾板写真の時代になり、更に写真を撮るのが簡単になる。
家の壁を飾るため、ヨーロッパの絵画を感じさせる「ピクトリアフォット」が求められるようになる。
米国(とくにニューヨーク)では、
絵画の目利きにかなった写真が、
ギャラリーに展示、販売されていた。
絵画の目利きの眼鏡にかなわないと、ギャラリーに展示されることはない。
武蔵小山の雲1589-26
それが ステーグリッツには、腹立たしいことだった。
写真には写真の表現がある。
絵画の奴隷ではない・・・・そんな思いだったのだろう。
絵画の目利き(ギャラリーのオーナー)に写真の選定を委ねるのではなく、
写真ギャラリーをつくり、写真家が独自に、写真を展示販売するフォットセッション(”291”)を立ち上げる。
この辺りが、日本と米国の写真にたいする向かい方の違いだろう。

ステーグリッツの周りには、賛同する人が集まって、一つのグループになっていく。
ステーグリッツDSC00083
「ステーグリッツ」の名前を知ったのは、15年ほど前、散歩にカメラを持ち出した頃、
世界でどんな写真が撮られてきたのか知りたくて、
古本屋を彷徨い、Paul Getty MuseumのHandBook of the Photographs Collectionを購入したことから始まる。
写真の歴史、各写真の説明は簡潔にして要領を得たものだった。
かの国の写真に対するCuratorの質の高さを感じさせるものだった。

ステーグリッツは 裕福な家の長男として生まれる。
受け継いだ遺産のおかげで、お金に不自由することはなく、写真に没頭。
欠陥のない構図の確かな美しさを追求した。(初期のピクトリアフォット時代) 
オリジナルプリントを「作品」として見て欲しいという気持ちが強く、
写真集をだすことには 後ろ向きだった。

彼の写真集が出版されたのは、没後のこと。
おそらくオキーフの監修のもと(1976年)、出版されたのだと推察する。(違うかも)
その後、1989年 もう一度 Dorothy Norman名で 出版された。
彼の作品の全てを網羅したものではないが、
この本のおかげで、どうにか、彼の創作の歴史をたどることができる。

彼の影響を受けた人は多い。
一緒にPhotosessionを立ち上げたSteichenの写真集の前書きには、
スティーグリッツとの出会いの場面が、生き生きと書き記されていた。
後にアメリカの有名な写真家なった、アンセル・アダムス、Paul Strandとの交友関係もあった。

1893年 結婚するが、離婚している。おそらく離婚は、1910年頃ではないだろうか、(情報が掴めない。)
1924年 Stieglitz 60歳、O'Keeffe 37歳の時 結婚しているが、
O'Keeffe、Stieglitzの本には、彼との出会いが語られている。
生活を共にしたのは 僅かに数年、
O'Keeffeは絵を描くため、ニューメキシコへ移動している。

Dorothyにしても、O'Keeffeにしても、
Stieglitzには1910年代に知り合っている。
二人とも、才能溢れる人のようだ。
オキーフは女流アブストラクト絵画の先駆者となり有名になったし、
Dorothyは、評論家として有名だった。
写真を撮っても(もともと写真家志望)上手だが、作品を公開することはなかったようだ。
O'Keeffeがニューメキシコへ去った後は、
Dorothyと生活を共にしていたようだ。

その横の繋がりと、米国の歴史の縦軸が絡み、Stieglitzの写真生活は続いていく。

20世紀は 発明の世紀。
時代は機械文明へと変化していく。
1893年、裕福な資産家の娘と結婚するが、彼女は「写真を」理解できない。
娘をもうけるが、やがて離婚する。
20世紀初頭は、好景気の時代。
1914年 第一次世界大戦が勃発すると、輸出は拡大、アメリカに莫大な富をもたらす。
株は高騰していく。
第一次世界大戦終了後も、まだヨーロッパの生産は少なかったので、
アメリカの景気は過熱し、遂に1929年(ステーグリッツ 65歳の時)大恐慌となる。

世界の歴史と重ねると、そこでもがき、創作していく写真家の姿も見えてくる気がする。
ステーグリッツのEquivalentsは、この世のChaosを表現したものだという。
数十年間、写真に人生をかけたステーグリッツの”いらだち”がEquivalentsとなって雲の写真になる。
Equivalentsは自分の心象を被写体に託して表現した心象写真と ひとくくりにしていいのだろうか?
それこそ、浅薄な幼稚ではないだろうか。
写真は 知れば知るほど 面白い。
絵画などのアート作品とは異なるけど、アート作品になり得ると思う。

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  1. 2023/05/29(月) 19:10:30|
  2. 写真にとり憑かれた人達
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
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もう一年白黒フィルムで遊んでみるつもりでいる。

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