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本当に大切なものは見えない

古いフィルム・カメラで、ありふれた身の回りを撮っています。日常の中の一瞬を捉え、読み解く写真になっていれば・・・

Equivalents         Stieglitz 雲の写真

物干しから妻の声がする。
登ると、綺麗な雲が朝の空に広がっていた。
慌てて、部屋に行き、カメラを手にする。
雲1585-9
雲1585-10
雲1585-11
スティーグリッツの「雲」の写真を思い浮かべる。
彼はそれを"Eqivalent"と称していた。
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よほどの写真好きでなければ、
アルフレッド・スティーグリッツを知る人は少ないだろう。
アメリカでも、写真家というより、
女性抽象画家の先駆者 Georgia O'Keeffeの夫としての知名度が高い。
美術評論家であり、雑誌の編集者、個展の開催などを通じ、
オキーフをプロモート(売り出)した人という評価だろう。
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何が"Equivalent"(等価体、同等のもの)なのか、極めてわかりにくい。
等価体、同等という言葉を聞いたら、日本なら、
「あれ(雲の映像)は俺の気持ちそのもの」と理解してしまう。
心象風景を撮った写真家であろうと、判断しがち。
日本人にとって、心象写真とは、その人の心象風景を表現したものと思っている。
(なんの裏付けのある証拠/エビデンスも示さずに)
自分の撮った作品を前に、自己表現だと発言したり、
自己実現とニコニコと語る若い写真家もいた。
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生前、彼は写真集を出すことはなかった。
死後、著作権は最後の妻(もしかしたら、結婚はしていない)が持っていたようで、
1976年に彼の写真集が出版されている。(彼は1946年に死亡している)
Apetureシリーズの一冊として1997年復刻(?)された写真集を手に入れ、
その写真集で、雲の写真、数作品を見ていた。
そのタイトルは"Equivalents"。
雲1585-13
雲1585-12
"Equivalent" アメリカの人にしても 捉えがたい概念のようで、
写真集のカバーにも、
He is best known for his winter scenes in New York and Paris ,his luminous landscapes at Lake Georgia, his prostrate of Georgia O'Keeffe(二番目の妻) and Dorothy Norman(三番目の妻?), and his elusive Equivalents.
と紹介されている。
アメリカ現代写真の原点に立つ人物で、
ニューヨーク5番街に作った小さなPhoto-session会場、”291”はその核になる場所となる。
ここに集まる写真家、あるいは、彼の編集するCamera Workを通じ、アメリカの現代写真は開花していく。
そののち 西部カルフォルニアにF64のグループができるが、そのメンバーは”291”の活動に触発された人が多い。
町で撮るスナップショットの”スナップ”という言葉も、スティーグリッツが最初に使ったという。
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晩年のアンセル・アダムスのインタービュー映像がYouTubeにアップされていた。(BBC?)
その中に、スティーグリッツとの思い出話も入っていた。
感じたものを大切に、そのものが語ってくれるものを、(君の言葉ではなく)素直に写真に撮る・・・
それが"Equivalent"。
"Equivalent"について、そんなことを口が酸っぱくなるほど言われたとアンセルアダムスは語っている。
そんな内容だったと思う。(もう一度確認したいけど・・・なかなかみつからない)
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写真集には "Equivalents"について、
彼の説明(概念化)がある。
拙い翻訳だが、内容は以下のようだと推察する。

「私の写真("Equivalents")は、(写真と訳すより光画のほうが適切だと思う)この世界のChaos(カオス)を撮ることにある。
それはとりもなおさず、世界のカオス(不条理と訳すべきか?)と私の関係を撮ることでもある。
私のプリント(作品)は、この世界の絶え間なく続く心の悩み(これがChaosらしい)と、
心の平静(equilibrium)を取り戻そうとする様子を描いている。
それは、心の平穏を取り戻そうとする永遠の戦いでもある。」

哲学的というか・・・わかりづらい。
equilibriumという言葉、
科学を学んだ人なら、equilibriumは学術用語で、
日本語では「平衡」と定義され、化学平衡、あるいは相平衡という概念で理解する。
心の平静さという 概念までは 広げない。
米国人は日常会話でも使うのか?とおもうが・・・・使っているのかも。

またこんなコメントも記載されていた。
「そのイメージが、私にとってどんな意味をもつのかは考慮せず、
私は単に私が見たようにイメージを作りたいのだ。
印画紙の焼き付けて写真になってから、それはEquivalentsとなり、私に迫ってくる。
そして、この(Equivalentsの)素晴らしさを考え始めるのだ。」

日本人がイメージする心象写真とは大分異なる。

日本は嘗てカメラ生産大国になったが、
作品としての写真大国にはなり得なかった。
いまカメラの中心はPhone-Camera(スマホ)に移っている。
その中心は中国か米国になっている。
写真に関しては、いつまでも ユーラシア大陸の東の隅にある辺境の国で有り続けるのだろう。



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  1. 2023/05/26(金) 12:03:28|
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