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本当に大切なものは見えない

古いフィルム・カメラで、ありふれた身の回りを撮っています。日常の中の一瞬を捉え、読み解く写真になっていれば・・・

秋分の日 (3/4)    大江戸線 終点 光が丘にて

都庁前より光が丘行きに乗る。
終点の光が丘に着いたのは、15時12分だった。
高島平は高層の団地が並ぶ地域だが、
それでも荒川に近いので、昔からの家も散見した。
しかし、ここ、光が丘は新しくできた完全な団地、高層の建物が並んでいた。
年寄りの姿は少なく、若い人の姿が目立った。
駅北側に広がる公園にでた。
光が丘1312-8
ボール遊びをしている若者を見たとき、ベン・シャーンの写真を思い出していた。
国は違う、時代は違う、時代背景も違う。
しかし、光は似ている・・・若者の姿もある・・・・
コンクリートの壁に向かって、ボール遊びをする若者に そのときの光景を重ね合わせていた。
撮って、現像し、画像(写真)にしてみたが、比べるでもなく、甘ちょろい写真になっていた。
写真を撮る人の「覚悟」、「志」がないと、
その時代背景/匂いまで写真に写し取ることはできない・・・と思う。
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昭和30年代の写真雑誌を読むと、
「あれは画家の写真だから・・・」と半ば軽蔑したような口調で、
画家出身の写真家を批評する批評家、写真家達がいた。

しかし、カメラは 画家の道具。
構図を決めるときに使った装置・カメラオブスキュラが出発点だった。
欧米では、「あれは画家の写真だから・・・」などと批判・批評はしないと思う。
寧ろアッジェ(Eugene Atget)はパリの街を撮影し、写真を画家の画材として販売していたし、
米国のステーグリッツ(Alfred Stieglit)は、写真を絵画作品と同等の扱いする活動をしていた。

むしろ画家の写真は 構図の取り方が上手いと感じている。
ベンシャーンは画家として有名だが、写真家でもある。
Ben Shahn-1
1929年10月24日、大恐慌が起きている。
1932年はまだその影響が残り、景気換気の政策(ニューデール政策)が実施されていた。
ベンシャーンは、1932年から5年にかけて、
ニューヨーク市の東ヒューストン街の拡張工事と、
そこにできた運動場を撮影している。
一枚の写真に過ぎないが、見ているといろいろな想像が湧いてくる。
ネクタイを締めた青年が、訝し気な眼で、ベンシャーンを見ている。一輪車の男もカメラに気づき見ている。
遠くにはスーツを着た人たちが道路を渡るのが見え、中には笑顔の人もいる。
壁の近くには、ニッカーボッカーを着た人がハンドボールを投げている。
しかし、楽しんでいるかどうかは定かではない。
シャーンは、壁の上の縁と、背景のビルの窓を水平になるように撮影している。
そのため、画面全体が左に傾斜しているような錯覚を覚える。
人の動きを適切なタイミングでシャッターを切り、
その一瞬に「社会の抱える格差(問題)」を凝縮して見せた(記録した)と思う。
Ben Shahn-2
1939年 このシリーズの写真を基に 絵を描いている。
現在、この絵はニューヨークのMuseum of Modern Artに収蔵されているという。


写真は、被写体がなければ成立しない。
そして、写真は 一瞬を捉える。
と同時に 撮影者の被写体に向けた見識・こころざし・覚悟も 写ってしまう。
ベン・シャーンは己が撮影した写真を反芻し、
テーマを深化させ、絵画にしている。
彼の描く絵画もいいが、写真もすごいと思う。

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SuperIkontaで撮影しているので フォーマットは大きい。
一部トリミングしても 35mmフィルム並の画質を得ることはできる。
光が丘 トリミング 
これでも 1300万画素はある。
ブローニーのフォーマット、
スナップで撮るならトリミングはありだろう。
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  1. 2020/09/26(土) 15:07:02|
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Author:Alchemyst Sasaki
Phone-Cameraの時代、フィルムで撮ることの意味合い、意義はあるだろうか?と懐疑的になっている。写真の置かれている場所・期待・求められているものが根底から変わってしまったのかもしれないと思っている。
それでも、もう一年白黒フィルムで遊んでみるつもりでいる。

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