一周間ほど前、向日葵は直立し、手の届く所にはなかった。
青空をバックに撮ったところで、ありきたり写真になる。
何の面白みもないと、通り過ぎていた。
一週間後、同じ道を歩いていたら、向日葵はうなだれ、手で触れるほどになっていた。
花の色は移りにけりな・・・でもあるまいが、ちょっと心引かれた。

ゴッホの「ひまわり」の絵のような、
その人独特の向日葵を撮ることできるだろうか?
向日葵の撮影スポットはインターネットで探し出せる。
マクロでアップ、広角レンズでパンフォーカスを狙う、
仰角にして青い空をバックに撮影する・・・等々
撮影方法も調べれば、いろいろなアドバイスを、簡単に受けることができる。
作例に従い撮れば、確かに綺麗な写真になる。
だけど、それは誰かが既に撮った写真、真似して何が面白いのだろう?
このカメラマンは、向日葵に何を見ているのか?
何を訴えたいのか?
なにか新しい視点の発見があるのだろうか?
そんな気持ちで写真を見つめてしまう。
狙いの不明な(真似て)綺麗なだけの写真は、面白くもないし、
撮ったカメラマンの品格を疑ってしまう。
できれば、映画ひまわりを暗喩するような
綺麗すぎて物悲しい向日葵を、いつかは撮ってみたいとは思う。
そのためには、(直感ではない、)
試行錯誤し、新しい視点の発見を模索しながら撮影すること。
それがなかったら撮られる向日葵にも失礼なことだと思う。
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- 2017/08/23(水) 12:30:26|
- ひまわり
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