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本当に大切なものは見えない

古いフィルム・カメラで、ありふれた身の回りを撮っています。日常の中の一瞬を捉え、読み解く写真になっていれば・・・

東京駅から水道橋まで(2)      皇居東御苑

皇居の東御苑の開放日だったので、通り抜けした。
東御苑1136-15
東御苑1136-17
御苑内を散策する人の過半数は外国の方達。
日本人は2,3割だろう。
日本人かと思うと、中国語を話していたり、韓国の方。
東南アジア、南米と思しき人、西洋人も混じる。
英語を話す人が意外と少なかった。
東御苑1136-18
東御苑1136-23
らぶらぶな二人。
ドイツ語でもフランス語でもない。
スペイン語とも思えなかった。
ハンガリーかなぁ?
(20年以上前、仕事の関係でブタペストへ行ったことがある。
カルチャーショック、公園で堂々と抱擁するカップルを見た。
それが 当たり前のことと 現地で会った商社の人から聞く。)
東御苑1136-26
コシナが製造したBessaR ライカ・スクリューマウント(L)のカメラを使った。

レンズメーカーなのに、時々、カメラを作ってみようという気になるらしい。
2000年ごろ 時代は既にデジタルカメラの時代に入っている。
コシナは古いレンズを使う人の需要はまだあると 
そのニッチな市場向けにBessaシリーズのカメラを製造した。
BessaRはその中の一品種、小生が使うフィルムカメラの中では 一番最近のもの。
製造後まだ15年くらいのカメラです。
Nikkor50mmレンズDSC01612
使いやすいカメラですが、距離計の精度が高くないので、
明るいレンズを使い、近距離の撮影では問題がでてくるでしょう。
当倍ファインダーだったら・・・・よかったのですが。
MマウントのBessR2A?かは当倍ファインダーだったかも。

レンズは日本光学のLマウント用 50mm F:2を使用した。
戦前、海軍御用達の光学機器メーカー、戦後は軍隊の仕事がなくなったので、
民生用に仕事を転換、
昭和22年(1947年)最初に売り出した 50mm F:2レンズ、2000本のうちの1本。
沈胴タイプ(Crash-able)のレンズです。
ドイツのツアイスは 日本光学にとっては先生。
師を真似て 戦前既にキャノン向けに、ゾナータイプのレンズ(Lマウント)を作っていたという。
写真右は、その真似られたソナー 50mm F:2レンズ。
コンタックスマウント用。1937年製。大戦をはさんで10年の隔たりがある。
ツアイスのTコートは1936年から実用化されたというが、このレンズはノンコートです。
一方、ニコンのレンズは1947年製、敗戦国ドイツの技術は、PBレポートとなり自由に使えるようになり、
このニコンのレンズ、既にコーティング処理が施されています。

しかし、この二つのレンズ、描写力をテストしたことがあるが、判別できないほどよく似ていた。
ゾナー独特のボケ方、収差まで 一致していました。
日本光学は終戦(敗戦)の時点で すでにツアイスと同等のレンズ設計技術と生産技術に達していたということでしょう。
その後ニコンはツアイス先生の作ったコンタックスマウントのS型ニコンを作るようになる。

右のカメラはキエフです。
ソ連時代、東独側にあったコンタックスの工場を、工場ごとソ連邦の一国、ウクライナのキエフに移築し作ったカメラ。
ネームプレート以外はコンタックスⅡと同じもの。いわばコンタックスⅡのクーロンカメラと呼べる物です。(パクリではない)
キエフでは この工場をあと2つ作り、生産量を3倍にする計画だったという。
計画経済なので、そうしたかも。
そうなると年間18000台のコンタックスⅡが生産でき、これを全世界に売り捌いたら・・・・
日本のカメラ産業、戦後のスタートアップ 難しかったろうと思う。

そんなこと、こんなこと考えると・・・.また楽しい。


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  1. 2018/09/29(土) 12:25:22|
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東京駅から水道橋まで(1)       皇居のお堀まで     

山の手線を東京駅で降り、水道橋まで散歩した。
東京駅から水道橋まで1136-4
まだ 少し蒸し暑さは残っていた。
丸の内・中通りにはミスト冷却装置が稼動していた。
フォトジェニックな、その光景を捉えようしたのだが・・・・思ったほどの効果的は出せない。
どう撮ったらいいのだろう?
東京駅から水道橋まで1136-7皇居前、和田倉の噴水公園で撮影。
白く輝く噴水を(撮ろうと)イメージしたが、そのようには撮れなかった。
白黒の対比の美しさを出すため、もっと硬調な現像液を使えばよかったかも。
デジタルカメラなら、このときだけHCB&Wモードに変えて撮影すれば済む話かもしれません。
その不自由さがフィルムカメラにあります。(致し方ない)
東京駅から水道橋まで1136-9
皇居のお堀、大手濠の水位がさがり、水草が芝生のようになっていた。
亀がその上で休息中。なんとも「絵」にならない。
東京駅から水道橋まで1136-10
明るい白から黒まで(白とびもせず、黒潰れもない)、豊かな諧調のすっきりした写真が好き・・・・というより、
50年以上前、写真を撮りだしたとき、そんな写真が多かった。
その頃の擦り込みでしょう、豊かな諧調の写真を見ると、ほっとする。
それが撮れたりすると、なぜかうれしくなる。

白黒の対比の美しい写真も好きだけど、
それをやりすぎるとうそ臭くなる、あざといなぁと思ってしまうこともある。
豊かな諧調は、豊かであればあるほど すごいなぁと感動。
でも、デジタルのHDR合成には・・・・時として違和感を感じてしまう写真もある。
それは 単に小生の性分、個人的な好み、見解。
まぁ写真だから、何をやってもかまわないのですが、
小生が、フィルムにこだわる理由かも知れません。。
  1. 2018/09/28(金) 10:55:44|
  2. 都会の景観 Tokyo
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魚河岸から見た勝鬨、 勝鬨からみた魚河岸

記憶は定かではないが、昭和20年代の終わりごろ、
道路の拡幅工事があり、遠浅の砂浜が埋めたてられていた。
行き場を失った小さな蟹は、残った砂場にひしめいていた。
小学生だった小生は 友達とその蟹を捕まえに行っていた。
場所は大井町を抜け、青物横丁近くの海岸だったかもしれない。
遥か海上に、「お台場(複数個あった。3つか4つ?)」が見えていた気がする。
当時、海はそれほど汚れていなかったのだろう。
秋になると乗り合いの船が出て、
お台場で「はぜつり」をすることができた。

魚河岸の埠頭に立つ。
隅田川1137-55
高層ビル群で隠されているが、その先にはあの「お台場」が在るはず。
その「お台場」群も埋め立てられ、今は橋がかけられ、トンネルが開通し、地続きとなっている。
すさまじい変化だと思う。

目の前に水路が走っているが、
左には勝鬨橋が架かり、渡れば月島になる。
関東大震災後、魚河岸が日本橋から移ってきたというから、
月島・勝鬨地区の埋め立ては完了していて、
最初から、お台場は見えなかったのかも知れない。
隅田川1139-81
勝鬨橋を渡り、対岸から、魚河岸にカメラの眼を向ける。
眼前の水路は、埋め立てによってできた東京湾の運河だと思っていたが、
埋め立てにより延びた隅田川の河口ということになる。
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カメラは同じ KievⅡ。
魚河岸で使用したレンズはコシナ製 SC-Skopar 21mm F:4 (10年ほど前、新品で購入)
フィルムはRetro400S ISO:400で使用。
曇天の空、雨がぱらつき始めていた。
コントラストが低いので、硬調現像液(Ⅳa)を使って現像した。

勝鬨から撮ったカメラは同じ、フィルムも同じ。
違うのは、レンズと現像液。
レンズは 戦前のツアイス ゾナー50mm F:1.5を使用した。(1939年製 10年ほど前購入 :当然中古品)
戦前の珍しいTコートレンズです。
晴天で、コントラストは高いので、中庸な現像液(Ⅰ)で現像した。

コシナのSC-Skoparも、オールド・ツアイスのゾナーも 
小生の腕では必要にして充分、映りには満足しています。
これ以上のレンズを欲しがることないと思う。
(薀蓄を語るだけのレンズの眼を持たないだけですが・・・)
 

  1. 2018/09/26(水) 19:07:14|
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築地・魚河岸  Retro400Sフィルム (Ⅳa)現像

魚河岸市場内を Retro400Sフィルムを使って撮影。
硬調現像液(Ⅳa)で現像してみた。
魚河岸1134-12
魚河岸1134-17
魚河岸1134-31
魚河岸1134-33
銀粒子が出やすくなっている。
白黒のトーンは かなり縮減してしまった。
豊かな諧調性が、小生の好み。
市場内の暗い場所の撮影に、Retro400Sと(Ⅳa)現像液の組み合わせは、あまりよくないと思う。
白黒の対比の美しい写真なら・・・・デジタルカメラで撮ったほうが簡単、フィルムで真似することもない。
次回の撮影では、もう少し弱めの硬調現像液を試してみるつもり。
  1. 2018/09/24(月) 21:24:58|
  2. 都会の景観 Tokyo
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散歩  Zorki-4で撮影

使えるカメラは 古くなっても捨てることないので 段々と増えていく。
使わなくなっても、一年に一回くらいフィルムを入れて撮って、壊れていないかチェックする。
古いソ連邦時代のZorki-4を使ってみた。
Zorki4 DSC01600
1967年製 ソ連邦成立50周年記念に作られたカメラ。
その共産主義国家もそれから30年も経ず1991年に崩壊し、ロシア連邦となる。

Zorki-4は ソ連邦時代の高級カメラだろう。
頑丈にできている。
レンズは ツアイスのレンズを真似、カメラはライカを参考にしている。
シャッター速度は1秒、1./2、1/4, 1/8, 1/15, 1/30, 1/60, 1/125, 1/250. 1/500, 1/1000秒 
レンズは ライカのスクリューマウントで テッサータイプのInduster-22, Induster-50など
ゾナータイプの Jupiter-8 (F:2ゾナー)Jupiter-3(F:1.5 ゾナー)もある。
ツアイスのコピー 80mm F:2 135mm F:4 35mm F:2.8など 各種用意されている。

ファインダーは当倍なので見やすく、また視度調節もあるので、使い易い。
無骨で重い、シャッター音が大きいという欠点はあるが、1960年代では、トップクラスのいいカメラだと思う。

世界大戦の後、ソ連邦と西側諸国の間に溝ができ、ソ連邦製のカメラが西側諸国に輸出されることなかったが、
もし、政治的に対立せず、共産国家と貿易が進んだら・・・・
KievⅡやZorki, フェッドのカメラが世界市場に溢れ、日本の写真工業、スタートアップ難しかった・・・と思ってしまう。
1950年代 KievⅡが西側諸国に輸出されたら、S型ニコンは売れなかったと思う。

Zorki-4は、いいカメラだけど・・・無骨、重い、ライカのスクリューマウントカメラなのであまり使わない。
ソ連邦 ウクライナのキエフKievⅡ(コンタックスマウント)は、ニコンSPと同格の扱いで、かなりの頻度で使っている。

9月6日の日曜、Zorki-4を持って散歩。
祭り1135-38
氷川神社のお祭りの列に会う。
氷川神社は桐ヶ谷通りに面し、不動前駅に近い。
場所は 第二京浜国道と中原街道の分岐点(追分)TOC(東京卸売りセンター)ビル前の通り。
国道が境界になっているのだろう。
祭り1135-42
歩道橋の上から撮影した。
星薬の横道を抜け、林試の森を横断し、細い遊歩道を抜けて、写真用品を求めて三宝カメラ店へ。
距離はちょっとあるが、散歩、散歩、足が衰えたら駄目と 自分を奮い立たせる。
祭り1135-44
広い道に出たら、ここでも祭りの隊列に会う。
祭り1135-46
地番は目黒本町だけど、地区的には、碑文谷。 碑文谷八幡の祭礼?だろうか。
祭り1135-49
氷川神社の祭列には格式を感じたが、こちらは、地域に根ざした当たり前のお祭り。
これもいいなぁと見送った。


  1. 2018/09/22(土) 22:58:00|
  2. 散歩
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魚河岸 午後4時7分

築地・魚河岸の場内に入るのは 
いつも3時を過ぎている。
多くの店舗は既に営業を終了、閑散となった市場をほっつき歩く。
魚河岸午後4時7分1131-77
時刻は午後4時7分を指していた。
魚河岸午後4時7分1131-81
まだ灯をともした店もあるが、人影を見ない。
魚河岸午後4時7分1131-78
ねずみが 走っていった。
すばやい。
カメラを向けたが、フレームには収まらなかった。
魚河岸午後4時7分1131-73
その気になれば、まだ あと数回は、場内を歩き回ることはできるだろう。
ISO感度、オートフォーカス、オートAE、手振れ防止、連射撮影、
全ての点で、デジタルカメラのほうが 古い機械式フィルムカメラより優れている。
シャッターチャンスに強い。
デジタルカメラで、一度撮ってみようか・・・とも考えている。
  1. 2018/09/21(金) 14:16:44|
  2. 都会の景観 Tokyo
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魚河岸   Retro400Sフィルム (Ⅳa)現像

ここからの撮影は、何回か行なっている。

カメラを換え、レンズを換え、フィルムを換え、フィルターを換え、現像液を換え、現像法を換えると、
また違ったトーンの写真になる。
上記の項目は、撮影者の選択に任されるが、
風景の天候、光の具合は、撮影者のコントロール外。
撮影者は、その場の光を感じ、ベストなポジションを探し、切り取り、写真に撮るだけ。 
作品の良し悪しを決定するところだろう。
本来 ここが写真を撮る肝なのだが、小生、技術偏重になっている。
感性はあまり豊かではない。すごい写真が撮れたためしなし。
感性は鍛えられるもの?だろうかとも思う。
好きこそ物の上手なれ、とはいうけど・・・・
魚河岸1134-7
8月は暑かった。
9月になると雨の日が多い。
曇天の午後の築地・魚河岸。
Retro400Sフィルムを使い、硬調現像液(Ⅳa)で現像してみた。
レタッチ・ソフトでフィルター画像処理(エッジ・ポスタリゼーション)を施したような写真になったが、
そのような処理はしていません。あくまでもストレートフォト。
Retro400Sフィルムと(Ⅳa)現像液の組み合わせで可能となったトーンです。
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同じ位置からの写真は
8月31日の記事でも載せています。
BessaR2S SC-Skopar 35mmレンズ Retro80Sフィルム (Ⅰ)+(Ⅱ)の二段現像
8月25日の記事では
Canon Autoboy Lunaを使用 
Retro80Sフィルム (Ⅰ)+(Ⅱ)の二段現像

  1. 2018/09/20(木) 08:31:42|
  2. フィルムの眼
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築地・魚河岸の午後 アクロス100フィルム (Ⅰ)+(Ⅱ)現像

Acros100フィルムで撮影し 二段現像してみた。
魚河岸1131-48
魚河岸1131-63
魚河岸1131-58
魚河岸1131-67
撮影時刻は3時過ぎ、どんよりとした雲が空に広がっていた。
D76より少し軟調な現像液(Ⅰ)で現像し、途中で硬調な現像液(Ⅱ)に交換して現像を完成させる。
切り替えるタイミングでトーンの調子は変わる(はず)。
曇天だったので、少しコントラストが立つよう、(Ⅰ)の現像時間を少し減らし、(Ⅱ)の時間を多くとった。
Retro系フィルムだと、劇的にトーンの調子が変化するところ、
Acros100フィルム それほどトーンの調子変わったようには思えない。

面白いフィルム。
現像液の選択に悩むことはない。
どんな現像液でも、似たようなトーンのネガに現像できるということか。
これも技術の進歩の賜物、フジの技術者のスゴ技
奇をてらったトーンを狙うのでなければ、使いやすいフィルムだろう。

Mamiya-Press用に ブローニー(120〕フィルム 5本入り12箱を調達した。
今 冷蔵庫の中に保管している。
このフィルムは主にポートレートに使う予定。
外で使うとなったら、やはりRetro80SかRetro400SなどRetro系フィルムを選ぶのではないかと思う。
  1. 2018/09/19(水) 08:14:23|
  2. 都会の景観 Tokyo
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ある場所、ある瞬間、あるカメラ・・・・

古いカメラを何台か持っている。
電子素子・部品がカメラに入っていないので、
電子素子の劣化で、修理不能になるということは少ない。
しかし、純機械式カメラ、使わないで置いておくだけだと、
錆びたり、オイルが硬くなりシャッターが機能しなくなったりする。
定期的に使っていれば、そのような故障を防ぐことができる。
一年に一回は、古いカメラを持ち出し、フィルムを入れ撮影してみることにしている。
昨日の敬老の日、
妻に 銀座三越の買い物を頼まれた。
いい機会だからと、防湿棚から古いソ連邦時代のZorki-4カメラを取り出し、Retro400Sフィルムをいれて、向かった。
銀座4丁目の交差点に近づくと人だかりができていた。
TVなどで聞く声が響いていた。
銀座通りは休日の歩行者天国、
晴海通りと銀座通りの交差点に自民党総裁選の候補者、石破 茂氏の宣伝カーが止まっていた。
総裁選1135-58
警官がでて交通整理をしていた。
私服だが眼光の鋭い人も混じっている。
おそらくSPだろう。
総裁選1135-63
三越の入り口には、三越の警備員がでて通路の道を確保している。

もり・かけ問題を持たない石破氏、奥さんも宣伝カーに乗り手を振っていた。
安倍総裁にはできない演出だろう。
誠意をもって丁寧にご説明しますといいながら、
「もりかけ問題」では、納得できる説明を避けてきた安倍総裁に比べ、
石破氏の演説は、単純明快、論点をずらすことはない。
問題点を指摘すると、そのつど盛んに拍手、喝采が上がっていた。(さくらもいるのだろうけど)
話は上手い、掴みどころも心得ている。演説にしびれる人もいると思う。
共産党並みに演説はうまいと思いながら、ソ連邦時代に作られたZorki-4のシャッターを切っていた。

ただし、指摘した問題点をどう解決するかの対案は・・・・少々曖昧模糊、触れようとはしない。
同じ自民党、曖昧模糊にせざるをえないのだろう。
内輪の選挙、コップの中の嵐のようなもの、総裁選の結果も既に予想されている。

任期を巧妙に変えた、あるいは利用した指導者(権力者)が 3人いる。
中国の習 近平氏、ロシアのプーチン氏 それに日本の安倍氏。

民主主義は、独裁を嫌う、独裁につながりやすい任期の延長は原則禁止する。
今回の総裁選の結果は、来年の参議院選挙で、回答となってでてくるのだろう。
自民党にいい結果が出てくるかどうかは・・・・わからない。
(日本の民主主義のリトマス試験紙になるだろう)

  1. 2018/09/18(火) 13:03:39|
  2. ある場所、ある瞬間
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築地・魚河岸の午後 アクロス100フィルム (Ⅰ)現像

フジのAcros100フィルムを使うのは初めて。
現像条件を掴むため、35mmフィルム3本入り一箱を買った。
現像液(Ⅰ)を使った現像の条件そのものは、一本のフィルムにテストチャートを露光し、
そこからテストピースを切り取り、条件を変え現像することで、掴むことできた。
残りの2本を使い、実際にテスト撮影し、現像がうまくいくかチェックした。

築地の魚河岸で撮影したもの。
午後3時過ぎ、場内市場は営業を終わっていた。
築地魚河岸1130-31
築地魚河岸1130-34
築地魚河岸1130-36
築地魚河岸1130-38
築地魚河岸1130-42
NeopanSSより、銀塩粒子が目立たない。
解像度も高そう。いいフィルムだと思う。

50年以上前の話だが、小生も、NeopanSSを使っていた。
これが当時安価に手に入る唯一の選択肢だったから。
しかし四つ切に伸ばすと、砂粒を撒いたようなザッラとした銀粒子がでやすく あまり好きになれなかった。
解像度はNeopanSSがよかっが、コダックのPlus-Xの方が綺麗に伸びた。
100フィートの長巻を買えば、一本あたりの値段、少し高いが似た価格になることに気づく。
そこで、フィルムマガジンを買い、コダックの長巻フィルムを使うようになった。
長い間 使い続けたので、そこに安住していたのでしょう。
だめですね、知ったときが終わりのとき。
ACROSフィルムの最期に立ち会うことになってしまいました。

(Ⅰ)液で現像した結果です。
中庸で 破堤のないトーンに仕上がっている。
粒子も細かく、SSのような砂を撒いたようなざらつきも感じない。
整いすぎて・・・・ちょっと面白みに欠けているかなぁとも感じています。

Prest400 いいフィルムだという噂は聞いていたのですが、残念ながら一度も使ったことがない。
ISO:100のフィルムより、ISO:400のフィルムのほうが需要は多いと思うのだけど・・・
どうしてPrest400のほうを先に生産ストップにしてしまったのか?
やはり利益優先なのかなぁ? 

世界のカメラの大半を製造するカメラ大国でありながら、
白黒フィルムは無くなるアイロニー・・・・一抹の寂しさを感じています。

  1. 2018/09/17(月) 10:45:47|
  2. 都会の景観 Tokyo
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勝島運河にてテスト撮影

ブローニー(120)フィルムは、家にMamiya-6があったので、
時たま思い出したように使うことがあった。
この10年はT-MAX100を使っていた。
5本入り一箱を買って冷蔵庫に入れ保管し使っているが、
期限切れになって、まだ1本残っている。そのくらいの頻度でしか使っていない。

6×6より大きなフォーマットの写真が撮りたくなり、
中古カメラ店(新宿)の棚にあったマミヤプレスセットを衝動買いしていた。
今市販されている120フィルムで、フジのアクロス100フィルムが一番安い。
ところが フジはこのフィルムの生産を既に中止しているという。
在庫がなくなり、おそらく10月には販売は終了するだろうとのことだった。
慌てて、その足でヨドバシカメラにいき、120フィルム5本入りを一箱購入した。

そのフィルムを使い、家の中でテスト撮影、不具合も見つからず、撮影できたので、
いよいよだと、機材を勝島運河へ持ち込み、テスト撮影を行なった。
セットで購入したマミヤプレスについていたフィルムホルダーは光線漏れもなく、問題なく撮れていたが、
アメ横カメラで購入したフィルムフォルダーのフイルムには光線漏れがでてしまった。
フィルムホルダー光線漏れDSC01572

家でのテスト撮影では何の問題もなかった。
光漏れしたネガを、フィルムホルダーに当て、光線漏れのあった場所を特定したら、
蓋のあわせ部分から入った痕跡が見つかる。
遮光モルトが硬くなり一部がはがれていた。
何回か開け閉めしているうち,剥がれてしまったらしい。

120フィルムでは 6×9フォーマットの写真8コマしか撮影できない。
8コマ中助かったのは一コマだけ。
勝島運河1133-1 Aホルダー 二段現像
アオリを使った風景写真。
足元から 遠方までピントは来ている。
ネガ画像を、フィルムスキャナーでPCに取り込む。
約7000万画素のモノトーン画像を得た。
銀塩粒子の径は細かい。
小さく白く写っている部分を、
拡大してみると いろいろなものが写っていた。
一部切り出し-3
背を見せた蟹と、仰向けに死んだ蟹。
一部切り出し-1
ピントは少し前ピンだったか?
直視ビューファインダでピントを合わせたが、
やはり黒の布を被り、ピントグラス上の画像を10倍のルーペでピントあわせしたほうがよかったか・・・・
(家でのテスト撮影では、10倍ルーペでピント合わせした。)

エッジが立つよう二段現像でフィルムを現像したが、それほど効果はでていない。
Retro80S、400Sとは 異質なフィルム。
どんな現像液で現像しても、一定のトーンになり・・・・使いやすいフィルムと言えそうだ。

現像は楽なフィルム、失敗は少ないだろう。
きれいに撮れさえすればそれでいいのなら、問題なく良いフィルムだが、面白さに欠ける。
表現できる幅は狭いように感じた。

Retro80SやRetro400Sは、現像液を換えると、ネガのトーンは大きく変化、
それをコントロールし使う楽しみはある。

フィルムホルダーに遮光モルトプレーンを貼り修理した。
古いカメラを使うのだから、少々不具合があっても、「駄目」と決めつかない。
使う使わないは、撮影者に任されている。
いままでだって 沢山失敗してきた。
これなど、取るに足りない失敗の一つ。
原因が解れば、あとは忍耐と工夫。
ボケ防止には最適だと思いたい。

もう一度 そのホルダーを使ってテスト撮影をする予定でいる。
たしかに 使いこなすのは 大変と思わせるカメラ。
さて、何時になるか・・・・



  1. 2018/09/15(土) 10:05:35|
  2. フィルムの眼
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発達障害だった向日葵は・・・

マミヤプレスを購入、それだけでは充分でないので、いくつか買い足した。
Mamiya-SetDSC01570.jpg
新宿の中古市場で購入したのは、本体のプレスセット。
ピントグラスもついていたので、
これだけあれば、バックフォーカス(後部の蛇腹)を使った近接撮影、アオリ撮影も行なえる。
しかし、明るい戸外でルーペを覗いてピントを合わせるとしたら、
昔、写真屋さんがやっていたように、黒い布を被りピントあわせすることになる。
それはないなぁ・・・とビューホルダーを探した。
直視ビューホルダーは、ネット(ヤオフク)で落札、
アングルビューホルダーは有楽町のダイヤモンドカメラで、購入した。
カラーも撮りたいので、交換用6×9のフィルムホルダーを探したところ、
御徒町のアメ横カメラに有るのを見つけ購入した。
ようやく使える形になったので、外に持ち出してみた。
狙いは、勝島運河の磯、
それに、護岸には、あの気になる「発達障害」の向日葵もいる。
勝島運河の向日葵1132-2 f8_ストロボ
しかし残念ながら、向日葵は咲くことなく立ち枯れていた。
そばには 秋の花が咲き始めている。
舞台はめぐり、次のスターが立つ。

「ひまわり」は、
一度も脚光も浴びることなく、ひっそりと舞台を去っていった。
せめてと思い、最期の撮影を行なった。

レンズは、SEKOR 150mm F:5.6のレンズ。
最短は2m。その2m近辺から「ひまわり」の姿を収める。
晩秋、午後2時頃の「ひまわり」をイメージし、太陽の位置を考え、
左手から ASA100でGN(ガイドナンバー)16の小さなストロボを焚いて撮影した。
スポットライトを浴びた姿です・・・・これも「ひまわり」
美しいから女優(花)なのではない、
その存在が、演技が、立ち居振る舞いが・・・心に響くから女優(華)なのだ。

  1. 2018/09/13(木) 13:13:32|
  2. ひまわり
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高層ビル

高層ビルが立ち並ぶダイナミックで機能美に溢れたポジティブな都会の景観を撮ってみたいもの。
高層ビルを見ると その都度撮影しているが・・・・駄目ですね。
ダイナミックで機能的な都市空間を表現できないでいる。
高層ビル1103-27 水洗
高層ビル1103-28
50mmの画角ではダイナミックな感じにはならない。
落ち着いた画像になってしまう。
眼をひく面白さはない。
広角レンズかなぁ。
高層ビル1113-8
35mmの広角レンズに替えてみるが、これも ありきたり。
仙台坂1117-45 Ⅱ
「ダイナミックなスカイライン」「機能美に溢れる高層ビル」というポジティブなイメージより、
「都会の孤独」を象徴したネガティブ(陰鬱)なイメージになってしまう。
高層ビル1128-13
どうもいけませんねぇ、高層ビルが、まるで墓場の卒塔婆のようだ。

ポジティブで機能美に溢れる都市空間を切り取りたいものだ・・・・
そうならないのは、撮る人間の問題だろうか?
  1. 2018/09/11(火) 08:43:34|
  2. 都会の景観 Tokyo
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築地・魚河岸の午後

築地・魚河岸もあと一ヶ月で閉じる。
カメラをぶら下げ 午後の築地市場を歩いていた。
魚河岸1128-33
魚河岸1128-35
魚河岸1128-38
魚河岸1128-25
魚河岸1128-44
魚河岸1128-23
おやっと興味を惹かれたものを発見するとカメラを構えるが、スナップするという感覚は薄い。
立ち止まり、どう撮るか模索する。
自然、縦位置のフレーミングが増えていく。
ここで午前中働いていた人たちのざわめきを、残り香のように映像化できないだろうか・・・・
無理かも知れないが、魚河岸の精神のようなもの捉えられにかなぁと思う。

現像は 標準の(Ⅰ)現像液を使い、ノーマルに現像した。
液の組成はD-76と異なるが、
D-76現像液に似た調子のネガになる。

いままで魚河岸の撮影では、
(Ⅰ)+(Ⅱ)の二段現像法で フィルムを現像し、エッジが立った写真にしてきたが、
それとは、明らかにトーンは異なり、目に優しいトーンになっていると思う。
硬調現像液(Ⅳo)で現像し、デジタル写真のHCB&W(ハイコントラストB&Wモード)風写真も撮ってみるかなぁ・・・
あと、何回、この築地市場を歩き回れるか?
そんなに沢山は無理だろうが、1回か、2回まだ 撮るチャンスはあるだろう。


  1. 2018/09/09(日) 07:25:44|
  2. 都会の景観 Tokyo
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再度 Mamiya Pressを収得

マミヤプレスが発売されたのは1960年というから、ほぼ60年経つ。
その後、何度か改良されたが、基本の構造は変わっていない。
初代機からカメラ後部は蛇腹式になっていて、アオリが使える構造になっていた。
そのご、蛇腹をなくしたタイプと、蛇腹を残したタイプのカメラに分かれていく。
最後のプレス機は1971年発売のマミヤプレス・ユニバーサルで、これは蛇腹なしのタイプ。
1989年までは販売されていたようだ。(マミヤプレスの歴史は約30年間 意外と長い。)
小生の欲しいのは蛇腹のあるタイプ。マミヤプレス・スパー23というカメラ。(1967年発売開始)
レンズやフィルムホルダーには互換性があるので、ほぼどのカメラにもつけて撮影ができる。

最初に手に入れたマミヤプレス・スパー23のセット(フィルムホルダー、100mmレンズ、ピントグラスつき)では、
長期間、棚に飾られ、使用されずにいたのでシャッターのグリース(油)が硬くなり、
シャッターが切れなくなる不具合がでてしまった。
動作確認を店の人と行い、返品をした。代金は全額戻る。
ヤオ・フクやメルカリのようなインターネット取引では、古いジャンク扱いの返品は難しいし、できても手間がかかる。
中古品を選ぶなら、やはり中古のカメラを扱う店で選ぶのが、安全だろう。

一週間後 再び、新宿の中古市場へ。
同じタイプのセットが飾られていた。
前回より少し(三千円ほど)高いが、まだ想定した予算内。
シャッターをチェックしたが、どうやら快調に動いている。
マミヤのカメラは、創った人の「思想」がはっきりしていて、
構造は簡単、壊れるところは少ない。
使い手の利便性を考え、セーフフリー(簡単便利)にすれば、
構造は複雑化し、それだけ故障のリスクは高く、かつ値段も上がる。
道具は原理に従いシンプルなほうがいい。
「道具を使いこなすのは、貴方しだい」、とマミヤ・プレスは言っているようだ。
写真の原点のようなカメラだ。
「貴方はシャッターを押すだけ、あとはコダックが」・・・とは正反対の考え、でしょう。

面白い、
撮影のリスクは 撮影者が取るからOKと、すぐに購入していた。

これは 帰ってきてすぐにテスト撮影した一枚。
MamiyaPress2Test1127-8.jpg
アオリを使用しピントを合わせた。
手前のスリッパはカメラから1mくらい、ペリエのダンボール箱が3m、一番奥の壁で7m、
レンズの焦点距離は100mmだが、パンフォーカスになっている。
ピクセル当倍1127-8
7mの位置にある椅子の部分を切り出してみた。
ピントはちゃんと来ている。

35mmのフィルムカメラで撮影したばあい、35mmの広角レンズを使うと、
1mから7mまでパンフォーカスにするには、
焦点を1.5mに合わせ、f:22まで絞る必要がある。

6×9の大きなフォーマット(実寸サイズは5.5cm×8.5cm)、ネガを3200dpiでデジタル化すると約7000万画素になる。
圧倒的な解像度、ものの存在感を感じる。
アオリの使える大きなフォーマットのカメラが 写真の原点だったのかなぁ・・・・
画像の緻密さ、すごさに 感動している。
全紙に伸ばしてもOKだろう。
-------------------------------
35mmフィルムは、100フィートの長巻を切って使用しているので、1本当たりで考えると、
外国のフィルムのほうが、35mmパトローネ入りAcros100より若干安い。
しかし、ブローニーフィルムだと、長巻フィルムはない(嘗てはあったけど)。
国産のアクロス100が圧倒的に安い。
使うのは初めてだが、年金暮らしの身、ランニング・コストには厳しい。
今回は 安価に容易に手にできる富士のアクロス100を使用した。
富士は白黒フィルムの生産をストップ、今は在庫分を売るだけいう。
今年10月には、販売も終了するという。
なんということだ・・・と思いながら、今、アクロス100の120フィルム どのように確保するか 考えている。

国産フィルムが手に入らなくなっても、外国製のフィルムなら手に入る。
(ちょっと高いが・・・)どうにかなるさ。
  1. 2018/09/07(金) 11:26:20|
  2. レンズの眼、カメラの眼
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魚河岸  建屋のなかへ

魚河岸1126-10
建屋のなかへ、階段をさがる。
魚河岸1126-12
魚河岸1126-13
魚河岸の朝は早い。せりが始まるには、深夜2時頃からだろう。
一番遅いのが、マグロのせり。
せりの様子は、格好のツアーめぐりになっていて、
外国の方も参加している様子が、ニュースになっているのを見たことがある。
マグロのせりも、7時頃には終わる。
朝早く 起きれれば、カメラを持って・・・・という仮定は成り立つが、実行はできません。
魚河岸1126-16
せり落とされた魚は、場内市場の店舗で購入ができる。
店により、それぞれ専門があるようだ。
6時を過ぎると 場内の仲買店舗は、人でごった返す。
魚河岸1126-15
40年ほど前、お祝い事のため、8時ころ場内市場に入り、魚を購入したことがある。
買出しの人は、なじみの店があるようで、代金は伝票処理、あとで一括精算。
店舗の天井から籠(ざる)が吊り下げられ、
(素人相手の)現金販売の代金は、そこに入れていた。
それは、近所の魚屋さんと同じだったが、
ちゃんと領収書を書いて渡してくれたのを、鮮明に覚えている。
売るほうからすれば、現金のほうがwelcomeだっただろう。

当時も ふぐは店頭のいけすに泳いでいたが、それほど目立つものではなかった。
「さすが魚河岸、ふぐまで売っている。」と驚いたくらいだ。
いまでは、こんな警告が掲げられるほどになっている。
魚河岸1126-18
魚河岸1126-20
魚河岸を撮ろうとしたら、1,2回では無理だろう。
まだまだ、撮る場所は多い。
何回も通い、撮り続けないと・・・・
  1. 2018/09/05(水) 11:14:03|
  2. 都会の景観 Tokyo
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築地・魚河岸

「人の寿命はいつかは果てるもの」と諦観できるが、
でもそれがいつとは 分からない。
それまでは、とりあえず生き、できれば、好きなことをしていたいもの。

いつ無(亡)くなるかまで「分かっている」というのが 少々 不安な気持ちにさせる。
まるで死刑宣告された、囚人のようだ。
都会の景観・・・・魚河岸の午後の様子を、また撮ってみた。
魚河岸1126-3
午後4時ごろ 場内市場に入る。
魚河岸1126-5
見上げると、きれいな雲が、広がっていた。
魚河岸1126-7
高層ビルで囲まれている。
魚河岸1126-8
カーブミラーがあったので、市場を背景にセルフィーと思ったが、背が低いため 手しか写っていない。
魚河岸1126-9
10月には移転する。
移転したら、すぐに場内市場はフェンスで覆われ 工事が始まる。
そうなれば自由に入ることできなくなるだろう。
それまで、あと一ヶ月、撮影の機会はある。
  1. 2018/09/03(月) 09:28:14|
  2. 都会の景観 Tokyo
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魚河岸

今年の10月 築地・魚河岸が豊洲へ移転する。
その最後の姿を記録しておこうと、場内市場に入り込み、ぶらぶらと歩き回る。
魚河岸1125-12
魚河岸1125-13
魚河岸1125-18
魚河岸1125-20
魚河岸1125-21
魚河岸1125-22
魚河岸1125-26
魚河岸1125-31
家で昼ごはんを済ませてからの散歩。
築地市場に入るのは、3時を過ぎている。
飲食店の多い場外市場も 既に人影は少なく、閑散としている。
場内に入ると、ほとんど人はいない。
早朝ここは、魚を求め 沢山の業者でごった返している。

早朝の風景は、
おそらく新聞社や雑誌社の書庫に残されているはず。
小生は、誰も注目しない その後をカメラに収めているということだろう。

「祭りの後」のほうが、「祭りの精神」はくっきりと 現れるもの・・・・
午後散歩の小生、そう自分に言い聞かせている。
  1. 2018/09/01(土) 06:40:39|
  2. 都会の景観 Tokyo
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未だフィルムカメラの沼から抜け出せない。
もう一年白黒フィルムで遊んでみるつもりでいる。

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