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本当に大切なものは見えない

古いフィルム・カメラで、ありふれた身の回りを撮っています。日常の中の一瞬を捉え、読み解く写真になっていれば・・・

温帯雨林 (赤外線フィルムを使う)

赤外線フィルムを使っている。
その赤外線、人間の眼には見えない。
見えない光を相手に、結果をパッと想像して 撮れるものではない。
「いいと思ったら、バッと撮れ」と言われても、
「理屈は抜き、直感で撮れ」と言われても、
途方にくれてしまう。

見えない光を見るために、
理論/理屈を知り、知性で判断し、経験を積んで補正する。
それが、赤外線フィルムを使った撮影法。

可視光を使ったフィルムカメラも、原理的には同じこと。
条件が整っていたら、まぐれでも感動的な写真は撮れる。
しかし、『十万分の一の偶然』は続くものではない。
だからこそ、理屈を考え、工夫し撮ってみる。
いっぱい失敗する。
それでもTry&Errorし、写真を撮り続けるのは どうしてだろう?
それをすっかり忘れている。

カメラは新しい理論、最新の技術をどんどん取り入れ発展してきた。
シャッターを押せば、なんらかの画像を記録できるようになった。
理論を知らなくても、また撮る技術が稚拙でも、大部分はカメラ任せでOK、
「写真は、理屈はぬき。直感でいいとおもったら、シャッターを押さないと・・・・」
と言いたい気持ちは理解できるけど、その底に思い至る知性・感性は必要だろう。
都会の密林996-4
なにか大事なこと忘れていやしないか?という危惧を感じている。
基本に立ち返り、写真の底を見極めたい。
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午後5時ごろ、御茶ノ水橋の上にいた。
道路を挟んで順天堂医科大学と医科歯科大学があり、人通りは多い。
神田川の堀を見下ろすと、斜光が木々の間に射し込んでいた。
梅雨空の一瞬の晴れ間。
橋の欄干に肘を当て、シャッターを切っていた。

今、見えない光を相手に、フィルムで写真を撮ることに面白さを感じている。
初めてカメラ(スタート・カメラ)を持ち、
撮った小学生の頃の「撮れるのだぁ」という驚き、
撮れたときの嬉しさを思い出している。

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  1. 2017/06/29(木) 12:17:49|
  2. 都会の景観 Tokyo
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子供の情景 (赤外線フィルムを使う)

約束の時間には まだ10分ほどあった。

ほんの一瞬の出来事だった。
子供の情景995-11
霧の中から、ボーと二人の少年の姿が現れる。
遠くを伺いながら、忍び足している。
すぐに、霧は晴れていく。
慌ててファインダーを覗く。
子供の情景995-12 Ⅱ
ここは遊園地だ。
待っていたら、再び霧が濃くなる。
それまで待って撮る??
いや待ったところで、同じことが繰り返されるわけでもないだろう。

在るのは、既にあることと、これから来ることだけ。
その瞬間を、捕まえるのがカメラだろう。

ランチの約束をしていた。
3カットほど撮影し、
集合場所を目指し、足早に離れた。


  1. 2017/06/28(水) 11:34:59|
  2. Street Photograph
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武蔵小山近辺  (赤外フィルムを使う)

林試の森公園の最寄の駅は武蔵小山駅。
駅は品川区側にあるが、少し歩くと目黒区に入る。
武蔵小山近辺993-7
このあたりは目黒本町。
逆光の空を撮る。
建設中のビルのディテールが残る。
R72フィルターと赤外線フィルムの効果だろう。
武蔵小山近辺993-6
順光で空と植物を画面に入れないと、パンクロフィルムで撮ったのと同じようになる。
トーンは微妙に違うのだろうが、まだよくわからない。(経験不足)
露光倍率が大きいので、スローシャッターになり勝ち。それが弱点。
自転車に乗る人が、大きくぶれて写っていた。
武蔵小山近辺993-8
順光、空は暗く落ち、雲は白く写る。
パンクロフィルム+赤フィルター(R2)で撮影したものより コントラストはあがる。
でも、これは程度の差。現像液を選びコントラストを高めれば、パンクロフィルムでも撮影は可能だろう。
違うのは、植物の葉の緑が白く写るか否かの違いかも知れない。
武蔵小山近辺993-13
武蔵小山駅に戻ると、駅前ロータリーで、演説会があった。
その姿を撮ろうと場所を探す。
顔の見える場所は、完全な逆光状態だった。
レンズフードを付けていなかったので、慎重にフレーミングしたつもりだが、
都知事を囲むようハロがでていた。
しかし、顔は黒く潰れていない。
R72フィルター+赤外フィルムの効果だと思う。

都議選公示前だが、
既に、都議選モードになっていた。
  1. 2017/06/27(火) 10:01:59|
  2. 散歩
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目黒不動を抜け、林試の森公園へ  (赤外フィルムを使う)

長慶寺脇を抜け、桐ヶ谷道に出る。左に道を進め、目黒不動を目指す。
林試の森991-27
目黒不動の門前商店街の鰻屋。
この店の存在に気づいたのは高校生になってから。

同名の鰻屋が、巣鴨の刺抜き地蔵のそばにあった。
昭和30年の頃だったと思う。
小学生だった小生は、祖母に連れられ、お参りに行った。
その帰り、店先で、くしからはずされた八目鰻一切れを食べさせられた記憶がある。
おいしいものではなかった。
「眼にいいから」と諭された記憶が残る。


同じ屋号の「にしむら」それに「八っ目や」の看板、
両店は上でつながっているらしい。(親戚ですか?ときたら頷いていた・・・)
今は、看板のヤツメウナギの蒲焼、店頭から消えている。
林試の森991-30
紫の花咲かせたアジサイ、R72フィルターで、可視光をカットすると、白いだけの花になってしまう。
林試の森991-33
目黒不動から林試の森公園へ。木陰に入って撮影。
新緑の季節に戻ったように、葉が白く輝く。
林試の森991-35 Ⅱ
空からの木漏れ日が入らないところでも、暗い部分にディテールが残る。
Retroフィルムのようなトーンになった。
パンクロフィルムでは出せないトーンだと思う。
  1. 2017/06/26(月) 08:45:18|
  2. 散歩
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星薬科大学近辺 (赤外線フィルムを使う)

戦前の記憶を持っている人なら、星製薬という大きな製薬会社が、西五反田にあったことを知っているだろう。
三共製薬は、目黒川沿いの大崎の地にあり、両社は距離的にそれほど離れていない。
しかし、三共製薬は政府の肝いりで作られたようなもの。
一方、星製薬は、企業家精神に富んだ星一の作った会社。
東北の出身で、仙台出身の後藤 新平とは気が合ったらしい。
しかし、明治政府の高官は、薩長出身者が多く、
後藤新平の派閥は、頭を抑えられていたのだろう。
星一も、政府役人(内務省)との確執から、苦境に立たされていく。
戦前は東洋一の製薬会社と言われ、三共製薬より大きかったが、
次第に経営は傾いていく。(内務官僚に潰されたようなものだろう。)
今その工場跡は、TOC(東京卸売りセンター)の大きなビルになっている。
当時の面影はほとんど残していないが、
社内教育用に作られた星薬業講習会は、今、星薬科大学となり、往時の記憶を今にとどめている。
創業者の息子は、SF作家として著名な星新一。
星薬大の近くに住んでいたのだろう。
戸越銀座の通りを歩いている姿や、戸越銀座の本屋で、何度か見かけたことがあると、妻は言っていた。
「大きな人だった。」 妻は小柄なので・・・・どのくらい大きかったのか、定かではない。
もう20年以上も前の話である。(星新一の晩年の姿を目撃したことになる。)
星薬近く991-18
星薬科大学の時計台。やや逆光気味の光線を捉えた。暗い部分、黒く潰れない。それがよかったか、悪かったか、意見の分かれるところだろう。
星薬近く991-24
紫の紫陽花が咲いていた。
紫陽花の後ろには、黄色の小さな花を咲かせた熱帯植物(サボテン、種類は不明)があったが、
全て白く写り、ちょっと異様な感じになる。
星薬近く991-25
星薬科大の敷地を離れ道路を渡り、長慶寺の参道に入る(裏道か)、桐ヶ谷の斎場は、近い。
星薬近く991-19
星薬近く991-20
太陽を背にして撮影したので、空はもっと暗く落ち、雲は白く輝くと期待したが、それほどもない。
太陽が天頂に近い昼ごろの空では、まだ赤外線が残っているのかも。
--------------------------------------
官邸(政権)と実効部隊(内務省)が結びつくと、
自由な産業活動も、自由であるべき人権も歪められてしまう。
それを防止する仕組みが三権分立の精神。
精神は移ろいやすい。
常に、再確認して、そうならないよう監視しない限り、
民主主義の精神は弱まっていく、気づかないうちに。、
やがて三権分立は機能不全となるだろう。

星薬科大学だけでも残ってくれたことは、重要だろう。
政権と官憲が癒着するとどうなるのか、考えるきっかけとなると思う。




  1. 2017/06/25(日) 12:15:58|
  2. 散歩
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戸越銀座を歩く (赤外フィルムを使う)

真昼間の戸越銀座通りを歩いた。
戸越銀座991-8
やや逆光気味の光では、露光を絞り気味にしてY2フィルターで撮影しても同様な効果は期待できるだろう。
戸越銀座991-9
意外と暗いところも粘り、ディテールが潰れない。 R72フィルターの効果だろう。
昔の銀含量の多いレトロなフィルムのような写真になった。
HCB&Wモードで撮影したデジタルモノトーンとは反対のトーンだろう。
いまの人の好み(流行)は、黒くつぶしハイコントラスト写真になっている。
せっかくフィルムで撮影しても、暗い部分を黒くつぶし、コントラストの高い写真を作っている人が多い。
ハイコントラストな写真もいいけど、諧調性の豊かな写真もいいと思う。
やや眠い調子にあがるので、今の時代の雰囲気に合わないのは知っているけど。
戸越銀座991-14
小学生の一段が通り過ぎる。
戸越銀座991-16
夏至近くの真昼間の白昼夢、一団は、あっという間に消えていた。
  1. 2017/06/24(土) 20:55:08|
  2. 散歩
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Retro赤外400S フィルムを使う

冷蔵庫のなかを探したら、Retro赤外400Sの長巻(100フィート)フィルムがあった。
期限は、今年の8月まで。2年ほど前に購入したものだった。
ローダーにこのフィルムを詰めた。
これからしばらくは、このフィルムで撮影することになるだろう。
赤外フィルムだと、使う場面は風景が多い。
山と青空と雲と森(林)と水辺の入った風景。
青空は暗く落ち、雲は白く、山の稜線はくっきりと立つ。
木々の緑は白く輝く。

普通の街のスナップに使ったらどうだろう?
使ったことはない。そう思うと、すぐテストしたくなる。
フィルムを詰めて、散歩に出て撮影。フィルターはR72(720nmカット)フィルターをつけた・・・(つもり)
すぐに現像。結果はおかしい??
しばらく、首をかしげ・・・こんなものかと思っていた。ふとカメラのレンズを見ると・・・・
R72と思っていたフィルターが、ND64フィルターだった。
どちらもダークグレー、ちょっと見では区別つかない。
注意力散漫、歳ですね。

結局、R'72フィルターをつけて、もう一度撮影。
フィルター効果の比較を行っていた。
R72visND 990-16
R72visND 993-24
R72visND 990-26
R72visND 993-34
Retro赤外400Sをパンクロフィルムとして使うか、720nmより長波長の赤外線フィルムとして使うかの比較になった。
パンクロでは暗部がストンと落ちてしまうが、
赤外部の光で撮影すると、暗部の諧調が意外と残っている。

街のスナップに使用したら、今までと違ったトーンの写真が撮れるかも。
しばらく、散歩にはこのフィルムをカメラに詰めて出かけようと思う。
  1. 2017/06/23(金) 09:40:24|
  2. フィルムの眼
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偶然と偶然が重なると必然に・・・なる?

注意力が散漫となる。
知力、体力、記憶力の低下は、避けようもない。
中国に行くまえに撮影していたことを忘れていた。

記憶とメモを照合すると、中国に行く前、築地の魚河岸で撮影している。
そのフィルムを未使用と勘違い、カメラに取り付けて、再露光してしまった。
撮影場所は、戸越と青山を散歩したときのもの。

それぞれは、自分の意思でフレーミングし、シャッターを押しているので、
どうしても撮りたいと思い撮影したもの。必然を期待していた。
この二重露光は いわば、必然と必然が重なって偶然撮影できたもの。
ネガを調べ、面白そうなフレーミングがないか、チェックしたが、やはりたいしたものはなかった。
二重露光988-3 ⅢⅡ
二重露光988-28
二重露光988-35
二重露光988-34 Ⅱ
二重露光988-18
偶然 すごい写真が撮れるなど、あったとしても期待するのがおかしい。
多重露光するなら、あらかじめ画面構成を充分検討し、注意深く撮影したほうがいいだろう。

「偶然と偶然が重なって必然となる。」
写真家と思われる人が述べていた。
言葉は綺麗だけど、本当だろうか?
偶然カメラを持っていた人が、偶発の出来事に出会い撮影する。
それが 決定的瞬間を捉えた写真ということらしい。

カルチェ・ブレッソンは「決定的瞬間」なる言葉を使っていない。
しかし、彼の写真に、「Decisive moment」と名づけた新聞社はあった。
キャッチコピーの一人歩きかもしれません。
カルチェ・ブレッソンの写真は、日常の移ろいゆくある一瞬を、
彼の感性が見破り、計算し、待って、そして狙って撮ったもの(と小生、感じている)。
必然にしたのは、彼のカメラ・アイでしょう。

偶然撮れた凄い写真は、偶然の産物、ただそれだけ。
何度も偶然の決定的瞬間の写真が撮れたら、
松本清張の小説、『十万分の一の偶然』の世界になってしまう。



  1. 2017/06/22(木) 11:59:59|
  2. その他 
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巧言令色鮮し仁

詩人、小説家、作詞家,噺家、歌手・・・・言葉を大事にする人は多い。
政治家にも 期待したいのだが・・・・
「清濁併せ呑むの」が政治家の重要な資質らしい。
捕らえどころない言葉が交差し、印象操作する政治家が、印象操作だと相手を非難する。
でも、言葉は大事にしてほしい。
駅前993-12
この人は、どうなのだろう?
世論調査の結果は、今のところ、都民・ファースト、まだましという評価を取っている。
------------------------------------
ちょうど一年前、参議院選挙があった。
そのとき、戸越銀座に時の首相が遊説に現れた。
人垣ができ、握手したもらったご婦人は有頂天になっていた。
結果は圧勝、参議院でも政権与党側が過半数を得る。

先日、国会が終了し、首相会見があった。
「信なくば立たず」冒頭 論語の言葉を引用していた。

自分には信念がある、「その信念に従い行動する」と「信」を解釈しているのかも・・・・
しかし、その信念がどういうものか、他人にはわからない。
そんな一個人の「信」に、誰が信用し、従えるだろうか?
どうぞそうしてください、私たちはそれに従いますとはいえないだろう。
だからこそ、われわれは、言葉を大事にしたいのだ。

あの会見を聞いていて、思い浮かべたのは、
「言巧令色鮮し仁」というフレーズ。

巧言(アベノミクス)で民衆の心をつかみ、議会の過半数を占めたら、
彼の「信」に全権委任の信任を受けたと思っているらしい。
再三「丁寧な説明をする。」という言葉はあったが、
未だ、その説明はなされていない。
言巧令色だろう。

「アベノミクス」はどこへ行った?
期待したのは、経済政策だった。
うまくいかない原因は岩盤規制にあるとでも、いいたいようだ。
その岩盤規制に、安倍のドリルで 穴をあける強い信念があると嘯いていたが、
そこを、くぐれるのはお友達では・・・・すくなし仁だろう。
-----------------------------
アメリカン・ファースト、
アベ・ファースト、
都民・ファースト、
民主主義の曲がり道に来ているのかもしれません。
  1. 2017/06/21(水) 15:03:10|
  2. Street Photograph
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出発まで

東京へ戻る日、朝早く目覚める。
フィルムは昨日、全て使いきった。
でも、まだ(撮り)足りない。
この街をもっと記録しておこうといういう気になる。
デジタルカメラを取り出していた。
ホテルの朝DSC02186
独り寝です。
ホテル近辺DSC02188
夜半の雨は上がっていた、雨雲が空を覆っていた。
コントラストをあげようとHCB&Wモードにして撮影してみた。
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11時に迎えの車が来る。
それまで まだ時間はある。
朝食をとると、すぐに街をさまよっていた。
ホテル近辺DSC02195
ホテル近辺DSC02197
夾竹桃の花でしょう。種類が少しちがう? こちらのほうが花の形は綺麗に思える。(小生の感想にすぎませんが)
ホテル近辺DSC02199
ホテル近辺DSC02262
ホテル脇の公園で、散髪の会。毎月16日 8時から11時と書いてある(らしい)。
「公益活動」の文字もある。おそらく無料なのだろう。
ホテル近辺DSC02207
東野圭吾の小説は中国でも人気があるようだ。
ホテル近辺DSC02213
こういう掃除の仕方もある。合理的というべきか、気にしないというべきか。
朝なので公設市場は開いているだろうと、市場の方向へ足を進める。
市場DSC02216
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市場に足を踏み入れる。
市場DSC02233
こういう光景を見るとなぜかほっとする。
市場DSC02240
市場DSC02242
市場DSC02253
市場DSC02248
運河沿いにぶらぶらと散歩。
紅江寺DSC02267
公園の一角にお茶を飲む部屋が設けられている。
紅江寺DSC02294
紅江寺DSC02296
もともとは 大きなお寺があったようだが、今は公園になっている。
ここで朝の散歩は終了、ホテルに戻る。
空港DSC02330
蕭山国際空港にて。
あの飛行機に乗って帰国した。
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10日間の旅。長いようで短かった。
持ってきたフィルムは7本、急かされるようにシャッターを切っていた。
今、反省している。

「グッときたら、バシャとシャッターを切る。」
「いいなと思ったら、直感で撮らなけりゃ。」
などと言われてしまうが、才能がないので、そのような撮影はできない。
急かされたら駄目。
冷静に対象を見つめ、動き回り、最良の光を読み、フレーミングし、シャッターを押す。
それが、小生の撮影スタイルらしい。
もうすこし、冷静にならなければ・・・と思う。
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寧夏回教自治区では、昔会ったことのある人に 何人も会うことができた。
1994年北京空港で会って以来 付き合いのある董事長の会社を訪問でき、
親交を暖めることができたのは、一番の喜びだった。
2001年に工場調査で訪れた江蘇省の農薬会社の技術者と、
会議で同席でき、宴会の席で強い茅台酒を酌み交わした。
2002年頃だったか、娘子関の工場を訪問したとき 会った工場長にも、寧夏のさる工場で再会する機会をえた。
小生にとっては、同窓会のようなもの。

この地域の根幹は地下資源。
今の産業の形態では、問題は山積みだろう。
今後、この地域の産業がどのように発展していくのか、もう少し見つめていきたい。
Alchemistとして。





  1. 2017/06/18(日) 13:11:51|
  2. 遥かなる寧夏
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蕭山旧市街地にて

カメラの中にはまだフィルムが残っていた。
明日には東京に戻る。
見るだけは見て、撮っておこうと、蕭山の旧市街地を散歩した。
蕭山寸景987-136
地下鉄の改札口を抜け、地上へのエスカレーターに乗る。
蕭山寸景987-137
そして、人民路の道を行く。
手にはスマホ、乗り物は電動バイクが増えている。
ごく普通の蕭山の住人。
電動の乗り物は自転車扱いか、ナンバープレートはない。
以前見かけた、エンジン式のオートバイは見かけなくなった。(ナンバープレートはついていた)
蕭山寸景987-143
蕭山寸景986-84
インパクトのある対象を撮ったからといって、その写真がインパクトあるものとは限らない。
対象におんぶに抱っこ、只それだけか?と馬鹿にされる。
撮影者の見識はどうだ?と写真は常に見る人に試されている。
「せっかくいい対象にでくわしたのに・・・」
蕭山寸景987-150 Ⅱ
まあ、せいぜい旅の記録。
蕭山寸景987-155
蕭山旧市街地の、このときの雰囲気が すこしでも記録できていれば御の字だろう。
  1. 2017/06/17(土) 10:00:29|
  2. 遥かなる寧夏
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蕭山新市街地   国際展示場にて

蕭山国際展示場から見た風景。
一帯は蕭山の新市街地になっていた。
蕭山新市街986-101
2022年 アジア大会は杭州市で行われる。会場の建設が始まっていた。
しかし、ほとんど人影はない。
機械怪獣が自分の巣を作っているような奇妙な感覚を覚えた。
蕭山新市街986-89
既に完成した体育館。
今、バスケットの試合が行われている。
蕭山新市街986-98
更に右を見ると、広い公園と、その先に新市街地のビル群が広がっていた。
セントラルパークから眺めたニューヨークのスカイラインに似る。
展示場986-85
展示場987-125
大きな国際展示場を作ったものだと思う。
国際展示場・・・あまり行ったことはない。大きいのか、普通なのか 判断もつかない。
横浜のCP+会場に使われている会場より大きいだろう。
イタリア ミラノの国際展示場も大きかったが、周りに広々とした緑の空間はなかった。
いま、地下鉄の建設が始まっていたので、(もうすぐ完成か)周りにレストランや宿泊設備が整ったら、
国際展示場として一級のものになるだろう。
展示場986-104
去年(2016年)ここでG20の国際会議が開かれた。
展示場986-116
屋上には庭園があった。
展示場987-122
展示場987-126
貧富の差、格差は広がっている。これが平等社会を目指した革命だったのだろうか?
革命のコンセプトは変質し、今は、チャイナ・ドリームの時代になっていた。
激烈なビジネス競争を中国で見た。
学習意欲は高い。
友人の息子はまだ小学校3年生、学習塾に毎日通っているという。
勉強し、高い学歴を得る。そしてあわよくば起業する。
鶏口牛後の精神は強い。

この子も、その戦いに入っていくのだろうか?
  1. 2017/06/16(金) 10:39:56|
  2. 遥かなる寧夏
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蕭山国際展示場にて

中国滞在最終日、杭州市蕭山区にある国際展示場見学をした。
前年 ここでG20の国際会議が開かれた。
展示会や国際会議がないとき、入場料を払えば、なかを見学できるようになっていた。
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シャッターを切ったとき、アウグスト・ザンダーの人物写真を思い浮かべていた。
杭州987-128
なにかが・・・・撮れたと思った。

中国では普通のどこにでもいる夫婦かもしれない。
このシチュエーションで、この笑顔。
着ているもの、スマホを構える人を見るまなざし・・・・興味が尽きない。
どこから来たのだろう?
スマホでとろうとしている人との関係は?
いろいろな連想が、駆け巡る。
今の中国の現実が、ここにぎゅっとここに詰まっている・・・・
もし、中国語ができ、声をかけ、写真のモデルになってくれるよう頼めたら、
もっと確実に その一枚を撮れたかもしれない。

人物写真を撮る・・・・こころざしがないとできるものではないだろう。
腹に一物なければ、スナップ写真だって、甘ちょろいものになる。
アウグスト・ザンダーの撮った人物写真は、時の権力機構 ナチ党に睨まれてしまう。
国策にそぐわないと思われたのだろう。
ごく普通のドイツの人を、全体を網羅するよう選び、撮影。
綺麗な女性が写っているわけでも、誰もが知る有名な人物が写っているわけでもない。
一見なんでもない農民のポートレートにも、人間の尊厳/存在感を感じる。
一枚一枚の写真、見ていても見飽きない。
これが、今のドイツの人たちだ。それを正確に記録するのだというこころざし/覚悟がある。
「世界に冠たるゲルマン人」を宣伝したいナチスにとっては、排除すべき人だろう。
彼の出した写真集は発禁となってしまう。

人物写真(ポートレート)を撮るなら、
彼のようなポートレートを撮ってみたいと思えど、
覚悟も気弱な小生にはハードルは高い。
  1. 2017/06/14(水) 13:47:30|
  2. 遥かなる寧夏
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この差は何だろう?

写真家の名前は知っていた。
プラハの春を踏みにじったソ連の戦車の写真を、カメラ雑誌で見た記憶がある。
その程度の知識しか持ち合わせていなかった。

3年ほど前、その写真家の展覧会が 東京であった。
すごい衝撃を覚えた。
それから、クーデルカの写真を見るようにしている。

機械としてのカメラは進歩し、誰もが綺麗な破堤のない写真を撮れるようになる。
技術的には、彼より上手な(うまい)写真をとる人は 多いだろう。
でも、彼独特の視点は、真似できない。
余人をもって代えがたい、いい写真を撮る。
クーデルカ
THAMESA&Hudson社発行のPHOTOFILEシリーズの一冊、クーデルカに載っていた写真。
25番目の写真、1974年スペインで撮影したとしか記載されていない。

クーデルカは 「プラハの春」を阻止するため進入してきたソ連の軍隊(1968年8月)を撮影し、
匿名で西側のメディアに送る。
その後、ジプシーの撮影許可を得て西側へ出国、(周りの助言を受け)、
帰って牢獄に入る危険を避け、亡命する。
イギリスを希望するが 果たせず、フランスに亡命。
カルチェブレッソンとの親交が始まる。

この写真は、スペインを放浪し撮った一枚だろう。
1974年は、まだフランコの独裁政治が続いていた時代である。
スペイン内線は、1936年ごろ始まっているので、この老婆の年齢を60歳台と見れば、20歳代の出来事となる。
馬に乗る男たちは10歳くらいの少年だったろう。
スペイン内戦をキャパは、人民戦線(共和国)側に立ち、撮影していた。
ユダヤ系ハンガリー人のキャパにとって、祖国は危険。離れざるをえない状況だった。

クーデルカも祖国を追われた身、どんな思いで撮影していたのか・・・
2014年、それまで撮りためた写真をまとめ、Nationality doubtful という写真展をシカゴで行っている。
また、同名の写真集を出している。
クーデルカの写真にはタイトルがついていない。
撮影場所と撮影年と月しか書いていない。
なんでもない光景も、
Nationality doubtfulの旅人・クーデルカのカメラの眼は、鋭く見抜き、一枚の写真にする。
これどう?とDoubtfulな視線を投げかけてくる。
何に悲しんでいるのか? 彼の視線は常にQuestionに溢れている。
この花束はなに? どこへ行く?
馬に乗る男性二人は どこへ向かう?
この一枚の写真には、フランコ独裁政権の末期のスペインが記録されている。
単なるデーターとしてではなく、時代の精神として。
写真は、撮る人だけでなく、見る人の知性、感性も試されている。
それを感じとる感性は、その人の知性、想像力、他者への思いやり、後天的に培われたものだろう。
何も知らない人に、この写真を見せ、「どう思う?」と聞いても、判断つかない人が多いだろう。
なんだ、こんな写真、下手だなぁと 思う人だって居るだろう。
それが、写真。

小生は凄いと思っている。
そして せめて、すこしでも近づきたいと・・・思うけど。

その場に潜む精神を、意識し、カメラの眼で切り取ること、
甘っちょろく生きてきた老人には無理か。
老醜を晒すようなものかもかも知れません。
平羅新市街983-96
平羅新市街983-103 Ⅱ
平羅新市街983-100 Ⅱ
平羅新市街983-98 Ⅱ
平羅の新市街地で撮ったもの。
この新市街地の雰囲気でも感じて頂けたら、いいのですが。

愧ずべくは 明眼の人を・・・・
もう一人 写真家がいた。
セバスチャン・サルガド 彼もブラジルの軍事政権に否を唱え、フランスに亡命している。
年のころはクーデルカと同じくらい 70歳後半だと思う。
二人とも体制順応型ではない。
商業資本からも離れている。

世界には 明眼の写真家もいるんだ、と思えば、それだけで、こころ強い。
写真を 撮っていこうという気になる。



 



  1. 2017/06/12(月) 12:12:01|
  2. 遥かなる寧夏
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平羅 旧市街地にて

旅の思い出(しるし)に帽子を買おうと、夕刻 旧市街地を歩いた。
平羅983-107
平羅983-4 Ⅱ
平羅983-1
平羅983-115
単なる旅の記録に過ぎないかもしれない。
この程度の写真しか撮れなかった。
小生の限界だろう。自分の至らなさを痛感している。

なんと言うことない日常を、撮りながら、
たった一枚の写真でも、その場の精神を鮮やかに映し止める写真家がいる。

写真を撮ること自体は簡単な作業。
撮るテクニックは似せることできても、似て非なる写真しか撮れない。
撮れた写真は、せいぜい「うまい」写真どまり。
その場の精神まで鮮やかに映し止めた「いい」写真は、はるかかなたのレベル。
小生の現実と向き合う視点が、生っちょろいのだろうと 思う。
愧ずべくは 明眼の人を・・・・
写真は、己の知性の至らなさを、公開するようなものかも。
  1. 2017/06/11(日) 05:55:36|
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水洞濠にて   モノクロームで撮る  

Nikon SP Nikkor 50mm F:2 Retro80S フィルムで撮影。
水洞濠984-1 Ⅱ
水洞濠テーマパーク入り口。入り口の案内人もスマホに熱中。
濠の字を当てたが、中国語表記だと水洞沟(さんずい+勾)
寧夏も 中国表記だと宁夏(ウ冠に丁)
水洞濠984-4
チケット売り場の観光客もスマホ。
あっという間に 世界共通になってしまった。
水洞濠984-17
水洞濠984-22
歴史資料館をバックに撮影。
水洞濠984-23 Ⅱ
水洞濠984-25 Ⅱ
水洞濠984-28
水洞濠984-39
水洞濠985-56 Ⅱ
水洞濠985-62
このあたりで発電した電力の一部は、遠く北京へも送られているという。
古く旧式な発電所を閉鎖し、新型の大型発電所に変える政策が進んでいた。
10年前より、確かに空は綺麗になっている。
万里の長城に射す陽とその影を期待したが、残念ながら 終日曇りの天気だった。
  1. 2017/06/08(木) 10:19:55|
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勘(経験)で決めるか、カメラに任せるか

今回の旅行では、デジカメとフィルムのカメラを持っていった。
デジカメを露光計代わりに使えばよかったとちょっと反省。

撮影することに気が奪われ露光は勘(経験)で決めていた。
まぁ、白黒フィルム 少々露光設定を間違えても、
ちゃんと映像を記録できているので、セーフだろう。

水洞濠に移築された農家の様子。
水洞濠984-8
水洞濠DSC01689
シャッター速度、絞りは同じだが、デジタルの感度はISO:250に設定されていた。
フィルムの感度はISO:100で それに対応した現像をしているので、フィルムは一段半近く減らして露光していた。
水洞濠984-11 Ⅱ
水洞濠DSC01692
このケースでは、フィルムは 2段ほど露光を減らしていた。
水洞濠984-10
水洞濠DSC01691
このケースでは ほとんど同じレベルの露光、わずかにフィルムのほうが多い露光を選んでいた。
おそらく、デジタルカメラが指定してくれた露光で撮れば、もっと綺麗に撮れたでしょう。

記録として撮るならデジタルが最適。
色の情報まで入るので、どんなところか、どんな紋様か、細部まではっきりと判る。
今回の撮影では、Pモード 画像はJPGに固定していた。
DROを入れていた(ON)ので自動でDレンジオプチマイザーが作動していた。
白とびはなく、暗部の崩れもそんなに感じない。
カラーフィルムでは、とてもこのまねはできない。
見たままそっくりコピーし記録している。
文句のつけようもない代わりに、やりすぎではないだろうか。
完璧なものは面白くない。
写真を見る人が、勝手に解釈/味わえる部分が少なくなる。

モノトーンネガは、見たままを撮っているとは言いがたい。
その分、欠けた部分を補おうと、いろいろ想像する。
モノトーン写真は、撮る人の感性だけでなく、見る人の感性も 試されている。
あなたならどう見る?と試されているようなもの。
共感できるか、なんだくだらないと評価するか。
そこに、面白さがある。
だから、未だに、白黒フィルムから脱却できない。
露光が少なくても、多くなっても、また違った効果の写真ができてくる。
その偶然を確かめてもいいのではないか?
綺麗に、簡単に撮れるのは・・・・性分に合わないのでしょう。
だから、勘で露光を決めたいのかなぁ。
---------------------------------
デジタルカラーで撮った写真より、
露光は合わなかったも知れないが、
フィルムのモノトーンでとったほうが、好き。
モノトーンのほうが、寧夏の農家の「精神」を 撮れたような気がするから。
これは、小生の個人的な見方、感性です。



  1. 2017/06/07(水) 11:38:24|
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水洞濠観光  

銀川空港の東、明時代の万里長城が残る水洞濠に、旧石器時代の遺構がある。
明の時代には 地下に兵舎が築かれ、外敵の侵入を防ぐ基地があった。
近年、掘り起こされ 整備され、一帯が史跡観光地になっている。
寧夏滞在最終日、水洞濠へ観光旅行した。
水洞濠DSC01682
入り口近くにあった案内地図。
万里の長城は、内蒙古自治区と寧夏自治区の境界線近くを走っていた。
地名の記載も、
内蒙古側は 中国語、英語、モンゴル語(チベット文字)で、
寧夏側は、中国語、英語、アラビア文字で記されていた。
今回は、寧夏側をぐるっと一周したが、内蒙古側を回ることもできる。(ただし別料金がかかる。)
水洞濠DSC01700
水洞濠では、旧石器時代の3万年ほど前の地層から石器が発見されている。
見つけたのはフランスのチームらしい。
後ろに見えるのが、博物館。
発見された石器や、人類の歴史などの展示があった。
水洞濠DSC01696
まるで日本の縄文時代の家のような住居が再現されていたが・・・本当だろうか??
着ている服は豹革をイメージしているようだ。
水洞濠DSC01691
寧夏の昔の農家の家を移築して展示してあったが、清時代? あるいは国民政府時代のものだろう。
石油ランプは、清朝が倒れ西洋文明が入ってこないと、寧夏の街まで届かなかっただろう。
暖房はオンドル形式。山西省の北、内蒙古自治区近くでも見たことがある。
この形式の暖房が、ずっと韓国にまで広がっているのだろう。
説明が中国語と英語で表記されていたが、あまり熱心な見学者ではないので・・・・読んでいない。
水洞濠DSC01701
ここで記念撮影するのが定番。
数十分後には、一枚20元で、次の観光スポットに展示されていた。
石碑の後ろの斜面を降りたところにバスが待っていて、次の観光スポットへ運ばれた。
水洞濠DSC01704
冬の寒さは 格別な土地、ツリーハウスとは考えにくい。
甘粛省では、崖に穴を掘り住居に使っていた。其の跡は今も残る。夏涼しく、冬暖か。
このあたりも、最初の住居は崖に穴を掘り、住居にしていたと考えるほうが、自然だと思うのだが・・・
水洞濠DSC01725
黄土高原の単色に近い風土では、強烈な原色でないと、目立たない。
目立てば、眼を惹きシャッターを押す。
水洞濠DSC01716
万里の長城に登る。
ここが自治区の境界にもなっている。
寧夏、韃靼(ダッタン)の文字に、妙に感心していた。(旧字表記!)
水洞濠DSC01718
内蒙古側、蒙古の住居、パオも見える。
水洞濠DSC01730
旧石器時代の発掘調査は、12箇所ほどで行われた。ここは7番目の調査地点。
水洞濠DSC01733
おそらくこの草原を小さな川、黄河の支流が流れていたのだろう。
水利目的で土を盛り、ダムを作っていた。
斜面を登ると湖になっていた。
水洞濠DSC01742
今来た道を振り返る。
水洞濠DSC01746
船に乗せられ、湖を渡る。
更にもう一つ船着場が見える。
船の姿もあったので、あそこまで歩くのかと思っていたら、
少し歩くと馬車が待っていた。
水洞濠DSC01759
水洞濠DSC01749
このあたりの景観は、西部劇に出てきそうだ。
水洞濠DSC01766
ダチョウの観光農園があり、子供が餌を与えていた。
今度は駱駝の馬(駱駝)車に乗り変える。
水洞濠DSC01778
水洞濠DSC01806
着いたところが、地下都市への入り口だという。
トンネルの総延長は5kmくらいにも達するという。
トルコのカッパドキアのような都市だろうか?
期待に胸を膨らます。

中央の黄色のシャツを着た女性は、武漢から来た人。
教育関係の仕事で、水洞濠を紹介する教育ビデオ撮影に来ているという。
若いスタッフ3名を引き連れていたが、撮影は若い人に任せ、一人で、勝手に観光しているとのこと。
年のころは50台半ばだろう。
娘がアメリカの大学をでて、米国に居る。
ボーイフレンドは日本人だが、彼は、日本に帰りたがっている。
一方、娘は米国で生活することを願っている。
さぁどうなるかというところだろう。
日本語 覚えるの難しいか、しきりに友人に尋ねていた。

水洞濠DSC01808
数分、曲がりくねったトンネルを歩くと、急に明るい広場に出る。
三方は高い崖に囲まれている。
開かれた一方は湖に面し、更に先に万里の長城の盛り土が見えた。
馬に乗った侵略者は、湖を渡れないので・・・大丈夫と判断したのかなぁ。
ちょっと無防備。
ここが、地下都市とは思えない。
地下住人のための市でも開かれた場所だろうか・・・
水洞濠DSC01810
水洞濠DSC01812
水洞濠DSC01822
この男性、駱駝の馬車に乗ったとき隣に座っていた人。
どこかでポケットの財布を落としてしまったらしい。
連れの女性が、一生懸命なだめていた。
水洞濠DSC01828
蔵兵洞の文字。ここが地下要塞都市への入り口らしい・・・
水洞濠DSC01831
トンネルの中は暗い。わずかな光が頼り。
デジカメの設定はPにしてあり、感度も自動にしてあったので、どうにか撮影できた。
手振れ防止のレンズではないので、慎重にシャッターを切ったつもりだが・・・・手振れしています。
水洞濠DSC01836
天井に草の根が出ているのは肉眼でも確認できたが・・・こんなに明瞭に見えたわけでもない。
デジタル・カメラの実力はすごい。
水洞濠DSC01840
水洞濠DSC01842
照明が一段少なくなったところには、敵の侵入を防ぐため、様々な仕掛けが施されていた。
通路に穴が掘られ、先の尖った丸太が上向きに植えられている。
その上に透明な厚いプラスチックの板が渡され、その上を歩くことになるのだが、
明るくし、丸太の先端が露になったら、その上を歩くの・・・躊躇するだろう。
分かるか分からないか位に照明は絞られていた。
水洞濠DSC01850
びくびくしながら、トンネルを歩いていると、外に出てしまった。
どこに、地下要塞が??水洞濠DSC01853
ここまでは 要塞の守り。これからが地下要塞らしい。
水洞濠DSC01857
雰囲気を盛り上げるため、明時代の兵士の服装をした妙齢の女性がいた。
女性兵士? 帽子も明の時代のものとは思えない。
このようなサービス精神が、中国独特なのだろう。細かなことは言わないで、楽しくいきましょう。
水洞濠DSC01858
水洞濠DSC01859
説明は 当然のことながら中国語。
分かりませんが、熱心に説明しているのは伝わります。
蔵兵洞のなかは曲がりくねり、上り下りあり、インディージョーンズの世界。
広く大きな地下洞はなかったが、全て発掘が終わったわけでもないのだろう。
井戸、食糧庫、炊事場、将軍の寝台のあった部屋などを巡る。
暗くて、撮影はほとんどできなかった。
曲がりくねり、階段を登っていくと、急に外へ出る。
水洞濠DSC01871
入り口の地図に書かれたところを、歩き回ったようだ。
出口はこの建物の中。寧夏長城博物館となっていた。
映画みたいな仕掛けになっている。
博物館といっても 大した陳列品があるわけでもない。

右のほうにトタンの屋根が見える。地下への入り口だろう。まだ発掘は継続中か?
1250名ほどの兵士がいたというから、この地下には、未発掘の地下要塞が埋まっているのだろう。
水洞濠DSC01874
正式には「紅山堡」という明代の万里の長城に設けられた要塞。約500年前にできたもの。
水洞濠DSC01878
城砦をでると、すぐに、トラックターに引かれた乗り物が待っていた。
水洞濠DSC01880
これに乗り、出発点に戻ると、ツアーは終了。
  1. 2017/06/05(月) 08:44:42|
  2. 遥かなる寧夏
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ここはどこ?   (水洞濠にて)

ここは何処だろう?
水洞濠984-7
30年ほど前、まだまじめな会社員だったころ、出張で米国フェニックス市へたびたび飛んだ。
そのとき、メキシコの影響が色濃く残る村を(ほとんど廃墟だったが)を、通り過ぎたことがあった。
その時の風景に似ている。
水洞濠984-18
風景は 市郊外のアリゾナ砂漠に似るが、植生が違う。
サボテンも強烈な陽の光もない。
水洞濠984-35
むしろ気候/植生は ユタの砂漠、モーゼス・レークあたりに似ている。
水洞濠985-61
山頂が平らになった山を「メサ」と呼んでいた。
スペイン語だろう。
それがそのまま都市の名になったメサに、ビジネス/技術打ち合わせで訪れた会社の工場があった。
この風景を見たとき、ふと、当時を思い出していた。
-----------------------------
一箇所にくすぶり、外へでないと、外国で起きたことはなにか遠くの話で、
自分には関係ないことのように思えるが、出てみると、意外とダイナミックに動いていることを経験をする。
それから10年、今度はノルウェーに、出張でたびたび訪れることになる。
そこで知り合った社長は、アリゾナ州のツーソン市の銅山で働いていたとのことだった。
もともと、鉱山技師でその銅山の責任者だったという。
ノルウェーでは名門の家系の人らしい。
ツーソン市もフェニックス市もそんなに離れていない。
アリゾナの話で、妙に気が合い酒を酌み交わした覚えがある。
残念ながら、ノルウェーの彼の会社はうまく行かなくなり、閉鎖したという噂を東京で聞いた。
数年後、その工場にあった製造設備の一部が、中国の会社に買い取られ、中国に渡ったという。
その、中国の会社の名を聞いて驚いた。
その董事長には、1994年以来、たびたび会っている。
今回の中国訪問では、都合をつけて訪問し、ノルウェーから移設したプラントを見せてもらった。
このプラントが稼動しているところを、2002年ごろノルウェーで見ている。
同じ設備が、寧夏回教自治区で動いている・・・・ユーラシア大陸の西から東へか、と思うと、
感慨深いものを感じていた。
-----------------------------------------
土曜日は、寧夏最終日、明日には杭州へ戻る。
せっかくきたのだからと、新たに開発された観光地へいく。
「水洞濠」 
明時代の万里の長城と 守備の軍隊があった地下の要塞が 開発され歴史的な史跡になっていた。

  1. 2017/06/03(土) 12:59:01|
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呆然・・・

公式の会議や工場見学は ほぼ終了。
夕刻 玉皇閣近くを歩いていた。
玉皇閣983-118
沢山の鳥が、森の上を群れを成して飛んでいる。
よく見ると 何か変。
眼を凝らしよく観察する・・・・蝙蝠だった。
鳥なき里の・・・でもあるまいが、不気味。 怪しい。

愧ずべくんば、明眼の人だよなぁと思う。
明眼の鷲がいない里では・・・・こうなるのか・・・・呆然としていた。
  1. 2017/06/02(金) 23:17:30|
  2. 遥かなる寧夏
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平羅到着から

昼過ぎに寧夏回教自治区の首都、銀川飛行場に着く。
迎えの車が待っていた。
1994年 初めて寧夏にきたときは、
高速道はなく、ところどころ未舗装の道を揺られ、
平羅の隣の市、石嘴山市へ2時間近くかかって到着した記憶がある。
2002年きたときは、高速道路が完成していて、1時間ほどで平羅へ。
今回は、高速道路が2本整備され、50分ほどで ホテルに到着した。
平羅982-46
いまは、この2本の高速道路を串刺しにする形で、数本建設中。
銀川平原は、まるで東西南北を碁盤の目のように、高速道路が走ることになる。
古来より、中国の権力者は、都市計画が大好き。
都市計画に関しては、大胆に大鉈を振るう。
平羅982-49
ホテルの窓から撮影したビル。
名前から警察の建物。
新開発の地域で、平羅県の官庁街になる。
近くには大規模なニュータウンもできていた。
平羅県の人口は50万くらい。
人口に比べ、立派で大きな平羅政府関係の建物が立ち並んでいた。
平羅982-63
白い槐(エンジュ)の花の下で、作業する人が居た。
見ていると、花を採っている。
砂糖に漬けて食べるようだ。
春になり白い槐(エンジュ)の花が咲くと、採って食べる。
寧夏の人は、ああ春になったと感じるのだろう。
平羅982-70
䔥山は、光がやわらかく、白から黒まで豊富な諧調が期待できたので、
そこで撮影したフィルムは、やや軟調にしあがる(Ⅵ)液で現像した。

平羅はカラッと晴れていたので、一番硬調に仕上がる(Ⅳo)現像液を使ってみた。
80Sのフィルムの現像特性(諧調性)は Retro400Sとかなり異なっていた。
期待した諧調性とは・・・・ある意味、逆の結果になったが、また、ひとつ良い経験。
デジタルを使う人からは、
「そんなのトーンカーブをいじれば済む事。馬鹿みたい」と言われそうですが、
これも、フィルムを使う人の「ひそかな楽しみ」です。
  1. 2017/06/01(木) 10:58:28|
  2. 遥かなる寧夏
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プロフィール

Alchemyst Sasaki

Author:Alchemyst Sasaki
Phone-Cameraの時代、フィルムで撮ることの意味合い、意義はあるだろうか?と懐疑的になっている。写真の置かれている場所・期待・求められているものが根底から変わってしまったのかもしれないと思っている。
それでも、もう一年白黒フィルムで遊んでみるつもりでいる。

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