土曜の午後、久しぶりに目黒不動を散歩した。
行ってみると、縁日の屋台が出ていた。



昔、お祭りによくでていた射的、なつかしい。

長くいると、人の顔をまともに捉えた「盗撮」写真の誘惑に駆られる。
しかし、一眼レフの存在感は大きい、ミラーを跳ねる音もする。
一眼レフを構えただけでも、なんとなく・・・盗撮しているよう。
シャッターを押そうものなら、シャッター音があたりに響く。
駄目だろう。
早々引き上げ、近くにある林試の森公園へ。
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この頃 Nikon Fを手にすることが多くなった。
重いので、躊躇することがあるが、良いカメラだ。
もう50年以上使っているが、今でも、問題なく使えている。
構図に気をつけるなら、一眼レフがいい。
レンジファインダーだとパララックスがあり正確さに欠ける。
スナップには軽く小さなレンジファインダー・カメラ、(それにシャッター音は小さい)
ポートレート(接写)や風景には一眼レフが向いているということだろう。
この頃のミラーレス一眼は、かなり理想形に近づいてきた。
Sony NEX-3の後継機をそろそろ考えるべきか?思案のしどころに来ている。
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- 2016/05/31(火) 10:48:56|
- Street Photograph
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お散歩カメラとアスレチック、同じ歩くのでも目的が違うと、歩くペースが異なる。
舞台に立ちたい人は、立ち止まることなく、歩いていく。
時々 曲がり角に立ち、道案内の小生が追いつくのを待っている。
写真を撮るペースが乱れだした。

集合場所は春日。
どうしてこうなったのか?
神田川を歩くなら、水道橋か飯田橋の駅が良かった。
春日から、水道橋、御茶ノ水、秋葉原を抜け、隅田川へ向かうことにする。

御茶ノ水、秋葉原あたりは、よく訪れる場所、遅れないよう歩くので精一杯。
1時間半ほどで隅田川に出た。

隅田川の遊歩道に出ると、ストレッチの運動を始める。
全くマイペース。
小生も断ることなくパチパチと撮影する。
小生もマイペース。
その後、遊歩道を更に上流に向かって歩き、浅草・神谷バーで一日のご苦労さん会を行う。
上野松坂屋が御徒町にあることを知らない人だが、浅草なら帰れると、ここで散会。
心配になり、夜遅く、メールボックスをチェックすると、メールが来ていた。
無事帰れたようである。
次回の散歩は、水道橋集合で、神田川を溯り、面影橋、高田馬場を通り、
中井駅へでて、林芙美子記念館辺りまで歩けたらいいかなぁ。
あまり足を踏み入れたことない地域、そうなれば、もう少し写真を撮る機会が増えるだろう。
- 2016/05/29(日) 18:19:25|
- 都会の景観 Tokyo
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ポートレートの撮影なら、
カメラマン(素人)は、その人の良さを如何に引き出して撮るか腐心する。
キャッチーな写真にするための演出もする。
撮られる人も、自分の美しさを引きだしてくれるならと、カメラマンの指示に従う。
あるいは、自分で、この角度から、こう撮られたら綺麗に撮れるとポーズする。
カメラマン(素人)は上手く撮りたいと思い、モデルは綺麗に撮られたいと願う。
その共同作業。
演劇の舞台に立ちたい人から、メールが届く。
散歩の依頼だ。
今回は神田川を歩くことにした。
散歩にカメラのStreet Photography、断りもなく「盗撮」(言葉は悪いが・・・)するのが信条。
面と向かって人の顔を撮る経験は乏しい。
しかし、黙って撮っても嫌な顔はしない。
人の眼を、気にしていないようだ。
むしろ舞台に立つことを夢見ている人だ、人の眼に晒されるのは快感なのかもしれない。
歩きだしたら、日が照ってきた。
羽織っていた薄いウインドーブレーカーを脱ぎ、
頭に巻く。
布地はUVカットになっているという。

眼だけだした姿は、イスラムのブブカを着た女性のよう。
気にするでもなく、そのまま、散歩を続行する。
ノーマルに焼き付ける(プリント)とありきたりで、面白くもない。
街中で上着を頭に巻き付ける人だ、
小生も、敢えてコントラストをつけて焼き付けた。(顔の表情を黒く潰す)
共同作業によるポートレート撮影でないことは、確かです。
小生も偏屈なら、モデルもかなりの変わり者。
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6月になったら、ハイヒールを履いたポートレートを撮ってほしいという。
その写真で、劇のオーデションに応募するという。
白黒でもカラーでもいいというが、
審査する人の眼を意識したら、常識的なポーズで、カラー写真ということになるだろう。
宣伝写真(コマーシャルフォット)のようなものになる。
素人がプロの真似して、何が面白い?
最も小生の不得意(経験がすくない)な分野の撮影、さて、どうしたものか・・・
- 2016/05/28(土) 12:48:36|
- 人物 ポートレート 踊り
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ジャンルを「都会の景観」としたが、少しためらい(躊躇)がある。
大崎から渋谷へ遊びに行くとき、電車は途中、恵比寿駅にとまる。
50年ほど前、恵比寿駅の駅前には、
材木を立てかけた大きな建物があるだけで、人影は僅かだった。
大崎同様、寂れた駅という印象だった。
その、恵比寿駅が、今は繁華街になり、たいそう にぎわっている。
大崎も再開発が進み、高いビルもでき、景観は一変する。
昔を知っていると・・・・それでも、「都会の景観」?
小生の心には、都会の景観と呼べるのは、渋谷駅か有楽町駅という刷り込みがある。(もちろん銀座も)
50年前といえば、Nikon Fを既に使っていた。
大崎や恵比寿の風景を撮っていたら現在と比較でき面白かっただろう。
そんな、先見性は 持ち合わせていなかった。(のが残念)
日曜日、そのNikon Fを持って大崎の西口付近を散歩した。

再開発できる場所は限られてきた。おそらく最後の再開発プロジェクトだろう。
日曜は、工事もお休みだが、新幹線は休みなく通り過ぎていく。

百反坂の上り口。そのまま、道なり進んでいけば、目黒不動の山門へつながる。

鉛筆のようなビルが建ったのを見逃していた。

日曜日、人影はまばら。

東口には以前より、大井町~渋谷間の停留所があるが、
西口が再開発されると、大崎西口~渋谷間のバス路線も新設された。
平日なら、利用する人も多いだろうが、日曜日、乗車する人は少なかった。
景観は、きっと、これからも、変わっていくのでしょう。
まずは記録。
- 2016/05/27(金) 11:32:22|
- 都会の景観 Tokyo
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You TubeでJohn Freeの動画を見て、
あらためてStreet Photographyは、写真の原点という気がしている。
小生の撮り方、スタイルとそう変わらないと思うが、しかし、ちょっとした違和感も覚えた。
特に人ごみで近づき人を撮るとき、少し、せこくないか?
機敏に動き、時に背を曲げ、こそこそ動くさまは、
街をゆく人に、盗撮していますと言っているようなもの。
こんな風に、小生も撮っているのだろうか?
木村伊兵衛は、ゆったりと歩きながら、一瞬立ち止まったとき、撮っていた。
気づく人は ほとんどいなかっただろう。
こちらの方が、日本人的なStreet Photographyだと思う。
文化、生活習慣が違うので、一概には言えないけど、日本ではNGだろう。

You TubeでWilliam Kleinのインタビュー番組があった。
年老いたクラインのフランスの家がインタビューの場所。
ファッション写真で有名だが、
街に出てStreet Photographyもかなり撮影していたようだ。
生涯、(街で人を撮って)撮ってくれるなと拒否されたのは一件だけだったと述べている。

肖像権、プライバシー、個人情報、これらは西洋文明から学んだこと。
しかし、欧米では、他人の行動に関しては、あまり干渉しないようだ。
他人の眼を気にするにしても、日本よりはるかに程度は低いだろう。
カメラを構えシャッターを切るが、横を通り過ぎる人は無関心、
カメラマンも、他人の眼を気にしていない。
それが、日本人にはできない。他人の眼を強く意識する。
閉ざされた濃密な人間関係で生活してきた日本人の習性だろう。
西洋文化から、肖像権、プライバシーを学ぶと、今度は過剰に反応する。
「ねぇ、盗撮したでしょう?」「これは、盗撮だろう。」と詰め寄られる。
「なぁ、なぁ」で許された世界が、突然崩れる。「責任」と詰め寄られると、なすすべもなく狼狽える。
この頃テレビの報道番組やニュースを見ると、道を通り過ぎる人まで顔にモザイクを掛けていることがある。
これは、日本のテレビ報道だけではないだろうか? やり過ぎ/過剰反応だと思う。
真っ白な紙は、一度真っ黒く汚れてみないと、丁度良いという白さを理解できないのかも。
幸い、いままで一度も、盗撮の疑いを掛けられたことはない。
小生としては、盗撮と間違えられないよう、この程度のフレーミングに留めている。
- 2016/05/23(月) 10:23:01|
- Street Photograph
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老いさらばれた者のたわごと。
美しい花がなんだ。
美しいツツジを撮ったらと言って、その写真そのものが「美しい」わけでもないだろう。
美しい花だって衰えていく。
それが、この世の理(ことわり)。
汚いツツジ、不気味なツツジを撮ってみたいものだ・・・・
年老いてやせ衰えてくると(身体は太り気味だが、精神的には痩せてきた)、つい偏屈な考えに憑りつかれる。
戸越公園に通い詰め、醜いツツジを追った。








意気込みほど、汚いツツジ、不気味なツツジ 撮れていない。
難しいものだ。
- 2016/05/21(土) 12:09:44|
- 樹、草、花
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You-Tubeに、
Ted Forbsという若い(中年だが)写真家が、撮影技術や写真家を紹介するサイト(The Art of Photograhy)がある。
それを見ていると、John FreeというStreet photograherを紹介していた。
年齢的には小生と余り違いはないだろう。
しかし、白髪ながら髪は多く(うらやましい)エネルギッシュ。
思わず、撮影する姿に見入っていた。
スタジオ撮影に厭きた写真家が、新たな可能性を求め、外へでて写真を撮る。
それがStreet Photographerの始まりだろう。
カルチェ・ブレッソン、ロバート・フランク、ユージン・スミスの名が彼の口からでる。
彼の敬愛するStreet Photographer達だが、彼はその撮影スタイルは忘れるべきだという。
その人の撮影スタイルを真似してもダメ。
自分が何に興味を持ち、どう取りたいかは、よく見て、自分で考え決めること。
とるべき対象物がすべてで、撮影するカメラマンではない。
撮影するときはInvisible(透明人間)となり、対象のまさに「その瞬間」を捉えるべきと説く。
わかりやすい。
2015年夏、アメリカ西海岸、サンタモニカで番組は作られていた。
いまだ、ニコンのフィルムカメラを使っていた。おそらく50mmくらいのレンズだろう。
撮影技術の説明はない。
むしろなぜ撮るのか、心構え・とらえ方が中心の話になっている。
実際に砂浜で撮影する姿を見せ、そのとき撮ったモノトーン画像を番組に挿入する。
持っていたカメラを、さっと構え、シャッターを切る。
ほんの数秒のこと。
撮った写真の説明は一切ないが、
何に注目し、どのタイミングでシャッターを切ったかが、よくわかる。
日本の写真家で、こんな説明をしてくれる人いるだろうか?
知性を感じる。チャラくないよなぁ~~。
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散歩にカメラを持ち出して10年目になる。
散歩カメラと思っていたが、やっているのは、Street Photography .
移ろいゆく瞬間を、いかにとらえるか。
その一瞬、逃せばその時は、決して、再び訪れない。
だから、徹底的に見て、考え、予想し、「その時」を捕まえろ、とJohn Freeは語っていると 理解した。
(ちょっと早口、英語の言葉のニュアンス、意味範囲が、とらえきれないところがあるけれど・・・)

このブログで、「散歩」というジャンルを作っていたが、Street Photography に改めようかと考えている。
一瞬で消えてしまう光景を、写真に撮る。
なんとエキサイティングなことだろう。
お前はそこに何を感じた?
頭に入れか?
そして、撮影の瞬間、対象に対しInvisibleになっていたか?
それが、John Freeの授業内容だった。
撮影した人が、撮った写真をくだくだと説明しなくとも、
写真が勝手にしゃべりだす。
それが、Street Photograph なのだろう。
- 2016/05/19(木) 12:26:49|
- Street Photograph
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改修工事が終了したばかりの池袋駅近くの公園。
近頃の人はスタイルが良くなっている。
すらりと伸びた脚が、魅力的。
遠近感が出るよう 人の配置を意識してフレーミングしていた。
脚立にでも乗り、俯瞰するように撮ったら面白いけど、それではスナップ写真にはならない。

盗撮するつもりはないのですが・・・・

池袋 西口です。
写真をよく見ると、4名の方が手にスマホ・携帯電話を持っています。
チェックしながら歩く、新しい生活習慣でしょう。

駅の近くにありながら、少し外れ人通りの少ない場所に、こんな旅館があった。
戸越公園駅近くにもあったが、今はない。
懐かしい気がする。

池袋から目白へ歩いて行ったが、いつしか道を間違えていた。
西武池袋線を山手線と勘違いしていたらしい。
気づいて、歩く方向を変えたが、この辺りは田んぼのあぜ道がそのまま道になっている。
いつしか方角を失う。太陽を探し、方角を確認する。
西に向かって歩いていた。東南の方向に向かって歩いていたはずなのに??
ようやく大きな通りに出る。
目白通り。東の方向へ歩く。目白駅は近かった。

高田馬場へは学習院大学の横道を一直線、道に迷うことはない。
5月3日 憲法記念日、5日の子供の日は近い。神田川に鯉幟がはためく。
一つ下流の橋の上に、人だかりを発見。
全員が背を向けている。
向こうでなにかイベントでも行われているのだろうと、行ってみたが・・・・
右端に RedRockとかいう「肉が売り」の食堂があり、それ目当ての行列でした。
並んでいるのは、若者ばかり。
今度、小生も並んでみるか・・・
川風に泳ぐ鯉のぼり、カラーで撮ったら、良いでしょうね。
- 2016/05/17(火) 08:37:09|
- 散歩
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去年は阿波踊りに狂っていた人が、
今年は役者志望となり、
役作りのためダイエット中。
その散歩に付き合い、表参道を歩いていた。
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「結婚してくれませんか」のプラカードを持つ中年男性を発見し、
おもしろがり、人ごみをかき分け、話しかけていた。
中年男性からプラカードを借りて撮ったのが、この写真。
勿論冗談、二人とも既婚者です。

興味を持ったのは、役者志願の人だけでなく、
若いハンサムな外国の男性も、その会話に加わってくる。
プラカードを持つ中年男性、たどただしい英語でそれに答える。
冗談で、彼と結婚してあげたら?とそのハンサムな外人男性に。
悪くはないねぇ、でも、僕は結婚しているからと一言。
にこにこ笑っている。
後ろをみると、綺麗な女性も笑っていた。
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男性はオーストラリア人。女性はイギリス人だった。
男性の英語は聞き取りやすい。オーストラリア英語の訛りを感じない。
おそらく、英国で教育を受けているのではないだろうか?
二人とも笑顔が良い、心に余裕があるのだろう。
- 2016/05/15(日) 10:17:38|
- 人物 ポートレート 踊り
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池袋から水道橋まで散歩したとき撮影したもの。
池袋の芸術劇場前の広場に置かれているオブジェを撮影。
写真は引き算と、オブジェに意識を集中させ、削ぎ取るようにフレーミングした。

もう少し焦点距離に長い望遠レンズを使ったら、フレーミングの自由度は増す。

一枚の写真をじっと見ていたら、こんな切り取り方もあったかもしれないと、トリミングしてみた。
やはり、写真は引き算かなぁ?
撮影したときは意識していなかった。
意識していないから見えない。
電車待ちをしている人たちがいるというだけの認識だった。
トリミングすると、人間の群像が浮き上がってくる。
映画のワンシーンのように思えた。
主役は誰?だろう。
旅行ガイドを広げて読んでいる女性がいる。
その前には、楽しげな会話を交わすご夫婦がいる。
小物袋の中身を確認している女性。
携帯電話で話をしている女性。
後ろを見ている初老の男性。
二人の子供とそのお母さんも、やはり後ろを気にして見つめている。
誰が主役の、どんなドラマ?
小津安二郎の映画にこんなワンシーンあってもいい気がする。

これが、トリミングする前の画像です。
都電荒川線の電車が珍しかったこと、
レールの輝き、電車の輝きに眼が行き、意識はそちらに向いてフレーミングしていた。
トリミングした写真がいいなら、135mmの望遠レンズを使う所だろう。
50mmか、135mmにすべきだったか、
今となっては、どうにも判断に苦しむ。
その程度のカメラアイ(感性)しか持ち合わせしていないのだろう。
意識しないと、見えない。
見えないと「ない」と思ってしまう。
見えないのは、こうに違いないと確信しているからだろう。
こうだと確信する自分に、一度疑問を投げかければ、見えてくるのではないか?
重力を眼で見た人はいない。写真には撮れない。
しかし、ニュートンは、見えたのだと思う、重力を・・彼の知性で。
アインシュタインは、重力による空間の曲がりを、捉えた・・・・彼の知性で。
アッ見えたと、小躍りしただろう。
ギリシャの哲人、アルキメデスが、アルキメデスの原理を発見したときのように。
見えるもの以外は信用できないという。
見えないのに、あるというのは、まやかしだと 思う人もいる。
しかし、Photographyは光の画、人間の知性が、理性が、自然の法則を知り、作り上げてきた装置、
そこには一点のまやかしもない。
撮影時には見えていなくとも、
見えてくるものがあるはずだと思う。
見る能力(感性)をはぐくむのは、その人の知性だろう。
見えなかったものが見えて来たら、アッと小躍りするはず。
- 2016/05/14(土) 11:20:14|
- 都会の景観 Tokyo
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遅い午後、散歩に出た。
埼京線が開通してから池袋が近くなる。
大崎から18分くらいで池袋の駅に着く。
池袋で降り、東京の街をぶらぶら散歩し、都心へ向かう。
後楽園近くを歩いている頃、日が暮れてきた。
今日の散歩はここまでと、水道橋の駅に向かう。
Night walk in Tokyo 東京の夜の散歩は、デジタルカメラの出番。
フィルムカメラでは、性能的に劣り、無理があると判断していたが、
カメラにはまだフィルムが残っていた。
ものは試しと、残りの数枚、シャッターを切った。

日が暮れて暗い。
ISO:400のフィルムでは風景をシャープに写そうとするには無理がある。
感度が、ISO:6400もあれば、夜の東京を散歩し、かなり自由に撮影ができるだろう。
ISO:3200の高感度フィルムもあるが、階調性が乏しく、銀粒子が出て画面は荒れる。用途は限られ、実用的とは思えない。
やはりデジタルの時代。

77年前と古いが、当時すでにF:1.5の明るいレンズができていた。
当時世界最高のレンズだろう。(日本へ持って来たら 小さな家一軒を購入できたのでは?)
すべて開放絞りf:1.5/25秒で撮影してみた。
1/50秒のシャッターを切りたかったが、少し光が足りないだろうと判断。(勘です)
手振れの恐れがあるので、慎重にシャッターを切った。(レンジファインダーカメラで縦走りフォーカルプレーンシャッター、一眼レフより手振れはしにくい。)

古いレンズだが、絞開放でもクリアー。
フレアーがでてコントラストが下がることはない。
しかし、時としてゴーストが出る。
大きな円弧状のゴーストが出ている。(気にしないで・・・)
解像度は、現代のレンズと比べると、見劣りしますが・・・それでも、かなりいい。

f:1.5/25秒では、露光の選択肢はほとんどない。
フィルムで 東京の街を撮るとしたら、三脚は不可欠だろう。
散歩に三脚・・・・それはない。
Night walk in Tokyoは、デジタルですね。
- 2016/05/13(金) 09:39:35|
- Night walk in Tokyo
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猫や花を撮るなら、
人からとやかく言われることもないが、
犬だったどうだろう?
都会の犬は紐につながれている。
その犬を撮るとなると、紐をもつ人の承諾を受けて撮ることになるだろう。
まして人を撮るとなると、断わってからとるのが、常識になっている。
特に子供の場合は、子供に断った(承諾)からと言って、撮れるものだろうか?
親御さんの許可が必要だろう。
承諾をもらっても、カメラを意識する年になれば、自然な表情にはならない。
写り慣れした人なら、それらしくポーズをとる。
この角度から撮って貰うのが一番いいとカメラを意識する。
その点、カメラの存在を気にしない小さな子供の表情はいい。
つい、撮りたくなる。
ぐっと我慢する。(盗撮まがいだから)

品川区役所近くを散歩していた。
役所前に広がる公園の噴水近くで、子供たちが遊んでいる。
スナップ写真を撮りたいと思えど・・・子供の姿は、点景にとどめようという理性が働く。

群がる子供たちの姿がいいなぁ、と一枚。 また一枚。

子供達に段々と近づいてしまう。
これが限界だろう。
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実際は、もっと近づいてしまいました。
その写真、ブログには公開できないでしょう。
- 2016/05/11(水) 10:27:15|
- 散歩
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家族のアルバムを作りたいなら、ごく当然の行為でも・・・・
家族以外の人を撮るとなると、心に引っかかるものがある。
撮るというより、「盗る」、「採る」、「獲る」という気持ちもあるのでは?
シャッターを切った瞬間、
この人の秘密を「盗」んでいるのでは?という思いが心をかすめる。
どう、この写真いいでしょうと自慢したいが、
如何に盗むことがうまいかを自慢するようで、
己の人間性の欠陥を示しているような気になる。
仲良く握手する手で、
同時に相手の触れて欲しくない部分まで暴きたてているのではと思ってしまう。
矛盾しているようだが、しかし、「うしろめたさ」を心の底に感じながらも、ポートレート写真の誘惑に負けてしまう。
------------------------------------
去年は「阿波踊りに狂っていた」知人が、今年は「舞台女優」を目指していた。
散歩に付き合い、途中でポートレート写真を撮っていたが・・・今一、シャッターを切るタイミングを失っていた。
いつもの散歩と、カメラを構えるタイミングが異なる。
撮影のペースが違ってくる。
御徒町の上野松坂屋に送り届け、そこで別れた。
どうしようかと思案。
まだ、時間はある。
普段の散歩のペースに戻るべきと感じていた。
神田駅まで大回りしようと、本郷台地を登っていった。
湯島を過ぎ、本郷通りを横切り、順天堂大学の横を歩き、御茶ノ水の駅に近づく。

お茶の水橋に立ち、ふと下を見ると、狭い道を発見した。
神田川の護岸に散策できる道?がある。 どうしたら下に降りられる?
入り口を探したが見当たらない。
フレーミングして一枚、写真を撮る。
ようやく、心のもやもやした気分が晴れる。

御茶ノ水駅は、護岸の補強工事中だった。

探すと7年前に 同じ場所に立ち撮影していた。(2009年2月)
カメラは Nikon SP Nikkor 50mm F:2 フィルムはTri-Xを使っていた。
画角は50mmなので、Minolta Hi-Matic-F 38mmレンズより狭い。
秋葉原の町、この7年で、やはり少しづつ変化している。
石丸電機の看板がなくなっていた。
そういえば、九十九電気とか、ヤマギワ電気 どうなっただろう?
ヨドバシができてから、中央通りの方に行かなくなったことに気づく。
日曜の歩行者天国はまだ続いているだろうか?
機会を見つけ、また散歩してみようかという気になっていた。

アーチの美しい聖橋まで歩き、右に折れて、神田駅を目指す。

定番の被写体、ニコライ堂、来たことの証明に一枚。

人を写すといっても、この程度が良い。
町の中の一部、その人の表情がはっきりするほどのアップは控えるべきと思う。

街に溶け込み、風景の一部くらいが限界だろうなぁ。
なんせ盗み撮りだもの。
- 2016/05/09(月) 17:12:46|
- 都会の景観 Tokyo
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メールが届いた。
去年 阿波踊りに狂っていた知り合いの女性から。
谷中から上野公園辺りを散歩し上野松坂屋まで連れて行ってくれないかとの依頼。
谷中辺りは地理が判らず迷子になるかもしれないという。
一人で散歩するのは寂しいので、同行者を求めるということだろう。
散歩にカメラを持って、都内を散歩していることは覚えていてくれたらしい。
OKのメールを出した。
阿波踊りの撮影は、ほとんど動かない定点での撮影、少々重くても、しっかり撮れればいいと、古い機械式カメラを使った。
しかし、今回は散歩、身軽なほうが良いだろうと、軽く簡単なMinolta Hi-Matic F を選んでいた。

若い顔をしているが、子供がいたら、もう社会人になっていても不思議でない年齢。
年齢を知ったら、孫がいると言っても納得するだろう。
残念ながら、子供に恵まれなかったので、一時、精神的にかなり落ち込んでいたようだ。
自負心も強い。頭の切れる人だなと思うが、人間関係を築くのが下手なところがある。
そのまま大学に残ることができていれば、
いまごろはどこかの大学で教鞭をとっていたかもしれない。

何をやっても、上手なんだという自負は持っているのだろう。
楽しければこれで良いという、連の人たちの向上心のなさに苛立っていた。
踊りの構成を考えてもいいし、踊りの振りも変えてもいい。
もっと上手になりたいとは思わないのかなぁと、嘆いていたが、連は休会したという。

「年相応のふるまい」は眼中にないようだ。時として、子供のような行動も取る。

谷中の「夕焼けだんだん」で、車避けの杭に登りポーズを取る。
写してくれという。
何枚か撮影し、プリントして渡したら、喜んでいた。
夏になったら浴衣を着て、同じ場所を散歩したいという。
まさか、この上にたち、同じポーズするとは思えないけど・・・

上野松坂屋は上野にある。上野公園を散歩したら松坂屋は近いと 思っていたらしい。
確かに、近いけど、有るのは御徒町。
アメ横の商店街を抜けて、御徒町の「上野松坂屋」へ。
ここで お別れ。
-------------------------------------------
今年は 演劇サークルに参加しているという。
公演は近い。
役作りのため、あと3kgくらい体重を減らしたいという。
そのための散歩だったようだ。
あと一二回、散歩に付き合ってくれという。
そして、言葉巧みに、観劇券を売りつけられていた。
- 2016/05/08(日) 12:21:44|
- 人物 ポートレート 踊り
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散歩コースの一つ。
何度か、近くを撮影している。
今回撮影した一枚。
道路は工事で塞がれていた。
矢印が真っ白。
塗り直されているから、一時的な措置かもしれない。

しかし、これでは、場所を特定できない。
どんな場所なのか説明にもなっていない。
ただ、遮断された道路。
------------------------------------------
単純化し、印象を邪魔するものは排除。
写真は引き算というなら、その引き算をしている。
写真を「好き/嫌い」で判断するのは、一つの見方。
直感にすぐれた人ならそれでいいのだろう。
直感がない小生としては、一つの試み。
単純化することで、何が見えてくるのか?
何を 感じるだろう?
面白いと思うか、くだらないと思うか、あざといと軽蔑するか。
------------------------------------------------
この場所は、大崎高校のトンネルを抜け、横須賀線を横切る道路の建設現場。
その上の高架橋を新幹線が走る。
左には大井町線の下神明駅がある。

2008年当時、敷地の買収は終了していた。

反対側から、横須賀線の下をくぐるトンネルの工事が進んでいた。

2012年に撮影。
遠くに見えるビルは、大崎高校。
高校の右下を抜けるトンネルは、ほぼ完成していた。

去年の8月には、大崎高校側からもトンネル工事が始まっていた。
写真は印象・イマジネーションを喚起するものであると同時に、現実のコピー/記録でもある。
これがいい写真かどうかは まだわからない。
写真がいいかどうかは、少し長い時間経過しないとわからないものだと思う。
もう少し、撮り続けてみようと思う。
- 2016/05/07(土) 11:42:16|
- 読み解く写真、心に残る写真を・・・
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戸越の里に住んでいるので、山の手線では大崎駅が一番近い。
反対側の池袋から上野の間の駅で降りた経験は少ない。
今年は、その間の地区の散歩をしてみようと思っている。
巣鴨から日暮里まで散歩したときの写真。

駒込駅近くの坂道。
乳母車を押して登ってくる女性の姿に反応していた。
ファインダーを覗き、シャッターを切るまで1秒くらいの秒撮。
登って来るのに一生懸命で気づかなかったと思う。
盗撮かもしれません。
すいませんでした。

田端の駅が変わったので驚いている。
周辺の様子も大分違っている。坂の上(崖?)に熱帯魚を扱う大きな店(ビル?)が有ったような気がするが、見当たらない。
駅舎を記念にと思い、カメラを構える。被写界深度ぎりぎりまで待ち、人影をフレームに入れる。
母親と娘さんだろう。顔の骨格がよく似ている。上品な顔立ち。
老人がカメラを構えているのに気づいているはず。嫌なら顔をそむける。
OKなのだろうと、田端駅の記録に、お二人の姿をいれた。

駒込で見た乳母車を押す女性、中国の方ではないか・・・と推察していた。
この二人はブラジル? 戸越の里でも、この頃は外国の方の姿を見る。
一人はヘッドフォーン、もう一人は携帯電話、それでいて会話は弾んでいるよう。
距離を目測で合わせ、ノーファインダーで撮影。
これこそ盗撮だろう。
でも、もしかしたら、これが、何十年か後、一つの資料になるかも・・・・とお許しください。

西日暮里まで来て、スカイツリーを発見。
歩いているのは台地の際、線路を眼下に確認しながら、歩いていく。

西日暮里と日暮里の間は短い。あっという間に日暮里まで来る。
右に曲がれば谷中。有名になった谷中銀座がある。
まさか数日後、その谷中銀座を散策しているとは、その時思わなかった。
- 2016/05/05(木) 10:34:45|
- 都会の景観 Tokyo
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写真を撮るなら被写体は人がいい。
美しい風景、美しい花の撮影は、あまり得意ではない・・・というより、心が進まない。
撮るなら、素の人の姿を撮りたい。
上手な演出ができるのなら、予め了解をもらって撮影してもいいのだろうが、
その人の好さを引き出す(演出の)感性を持ち合わせていないので、了解なしのスナップ写真になる。
一瞬で消えてしまう、その瞬間を、素早く、気づかれず撮影する「盗み取り」が、やはり、性に合っているのだろう。
困ったものだ・・・と思う。
巣鴨から日暮里まで山手線伝いに散歩したとき撮影した写真。
熱心に祈りを捧げている若い女性がいた。

その人物の品性・品格を傷つけるような写真にならないよう 配慮はしているつもり。

まだ若い男性。
おばあちゃんの原宿には似合わない。
耳にはイヤフォーン、音楽でも聞きながらなのか?
それにしては、堂に入っている。
その存在感に、思わずシャッターを切っていた。
- 2016/05/03(火) 09:18:02|
- 人物 ポートレート 踊り
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φ40.5mmのグリーン・フィルター(G)を持っている。
S型ニコンの50mmレンズで使っていたフィルター。
もともとは ツアイスのコンタックスレンズの規格で、
戦前のコンタックスレンズのレンズ径の多くは、40.5mmで統一されていた。
ゾナー 50mm F:2、F:1.5、ビオゴン 35mm F:2.8 、望遠 135mm F:4も 全て40.5mm。(85mm F:2は違うけど)
S型ニコンでは、50mmの標準レンズだけ40.5mm、それ以外の交換レンズは、それぞれ異なった径のフィルターが必要だった。
この辺りは、日本光学、勉強/配慮が足りなかったのだろう。Nikon Fに時代になり、FマウントNikkorレンズでは、径φ52mmを基本に作られるようになる。
黒い花、Gフィルターで撮れば、それらしく暗く撮れるが、レンジファインダーカメラで、近づけるのは1m程度。
これでは、主役の赤い花をクローズアップ(接写)するのは難しい。
もう少し、近づきたい。
そこで、もう少しクローズアップできないかと、ツアイスのクーロンレンズ、キエフのJupiter-11 135mm F:4にGフィルターを付けて撮影してみた。
最短撮影距離は1.5m、135mmなので 50mmレンズよりクローズアップできる。

撮影地はいつものごとく戸越公園。オオムラサキ・ツツジという品種。
深紅のツツジであれば、もっと黒いツツジになったと思う。
ツツジの葉より黒く写っているので、まぁ半分成功だろう。
しかし、黒いツツジを主役とするには 物足りない。

もっと近づき接写できたら、主役を張れるかも・・・・
早速φ52mmのGフィルター、ヨドバシのネット通販に申し込んだ。
この連休、行楽地に出かけるでもなく、Nikon Fを持って、戸越公園の「黒ツツジ」を、追っかけることになりそう。
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なんで「ツツジ」を撮ろうとしているのか?
考えてみると、思い当たることがあった。
数年前になるだろうか、銀座のニコンサロンの展示場で、ツツジの花ばかり撮っている人の作品展を見ている。
デジタルカメラで ツツジを接写、白黒に変換し、半切以上の大きさに伸ばしていた。
花が終わりに近づき萎びた形状が面白いと作品にしていた記憶が残る。
確かに面白かった。ツツジではなく、別の生き物のようにも感じた。
エドワード・ウエストンの「ピーマン」の写真の影響を受けていたのかもしれない。
30代半ばの女性カメラマン、プロかプロを目指している方なのだろう。
知らず知らず、小生も同じことをしてみようと思っているのかなぁ。
- 2016/05/02(月) 08:44:57|
- 樹、草、花
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珍しい黒い花を探しているわけではない。
花を黒く撮りたいだけ。
撮ったところで、大したことではないかもしれないが、
黒く撮ることで、見慣れた花の別の側面を、発見できるのでは・・・と淡い期待をしている。

G(緑)フィルターをつけて撮影してみた。
濃紺の花は黒く写り、葉の緑は明るく写っていた。
緑色の補色、赤い花なら黒く写り、葉の緑は明るくなるはず。
季節は春。
丁度 ツツジが咲き始めた。
赤いツツジを撮ったら、黒いツツジが撮れるかもしれない。

撮ってみるが、葉の緑とツツジの赤の明さが重なる。
埋没し、引き立たない。黒は主役には成れないのか?
輝かしい主役(光)を際立たせる名脇役なのだろう。
主役に抜擢するには、もっと近づいて接写しないといけない。
さて、どうする?
- 2016/05/01(日) 11:01:39|
- 樹、草、花
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