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本当に大切なものは見えない

古いフィルム・カメラで、ありふれた身の回りを撮っています。日常の中の一瞬を捉え、読み解く写真になっていれば・・・

光の渦

夜 7時ころ 長時間露光で撮影した写真。
長時間露光798-44
戸越公園の池の水面を撮影した。
鋭い光の渦が、昔のエボナイトのレコード盤の溝のように写っていた。
古いライカのLマウントレンズ、エルマーだから撮れたというわけではありません。
フィルムだから、このように記録できただけでしょう。
これが、池?
夜になると、水は密かに透明な暗いプラスチックに変化してしまう?不気味だなぁと思う。
長時間露光DSC05405
一週間後、同じ場所を デジタルカメラで 撮影している。時刻は日没の4時半ごろ。
絞り優先モードにし、長時間露光した。
落ち葉の季節、滝の撮影では、落ち葉の渦を長時間露光で撮影するのは定番の構図、それを真似てみただけです。
何の変哲もない写真になりました。PLフィルターで水面の反射をコントロールしたら、もっとキャッチーな写真が撮れたでしょう。でも、写真は、即物的であることに変わりはない。
モノトーンフィルムで撮影した池の写真は、抽象的。
ネガをスキャナーで取り込み、PCの画面で確認したとき、天文写真?と驚いていた。
銀河星雲でも撮ったか・・・・

デジタルか、モノトーンフィルムかは、その人の感性・知性が決めること。
でも、小生は、モノトーンフィルムを選ぶことが多い。
モノトーンフィルムの写真のほうが、見ていて、想像の翼を広げる余地が残っているから。
でも、デジタル写真が嫌いというわけではありません。(念のため申し上げておきます。)

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  1. 2015/11/30(月) 11:39:32|
  2. 映し出された世界
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戸越公園の銀杏

昨日、晴れたので、珍しく午前中カメラを持って散歩した。
戸越公園の銀杏DSC05479
中央に見える黄色く色づいたのが、戸越公園の銀杏。
公園内には、銀杏はこれ一本しかないだろう。
フォトジェニックな樹です。
11月21日のブログには、戦前のLマウント・エルマーで撮影した、この銀杏の写真を載せました。
戸越公園の銀杏800-29
今回は、モノトーンフィルム(赤外)で撮影しています。
720nmカットできるR72フィルターを付けている。(R78フィルターでは、うまく撮影できなかったので)
レンズはコシナ製、SC-Skopar 21mm F:4のレンズにした。
マルチコーティングされた最新の切れの良いレンズです。

デジタルカラーは、見たときの印象に、かなり近い写真を撮ってくれる。
狙いと撮影結果との間に、大きな乖離はないだろう。
乖離があったとしても、その場で、背面の液晶画面で確認し、撮影条件を調整し、再度シャッターを切ればいいだけ。
デジタルは、綺麗に撮れてしまう。液晶画面で確認し、その通り頷いてしまう。
しかし、綺麗なカラー写真が撮れたと喜んでいる自分に、逆に薄っぺらさを感じてしまう。
こんなんじゃない・・・と呟いてみる。
なにか大切なものを忘れているのではという、居心地の悪さを感じている。
美しく、ありのままに撮れているのに、何が不満?
戸越公園の銀杏DSC05481
「一本銀杏」に近づき、デジタルで撮影。
銀杏は色づきはじめていた。見ていた印象に近い形で記録できている。
カラー・フィルムの時代なら、かなりの経験が必要だったけど、今はPモードで充分、カメラが撮ってくれる。
駄目でも、背面の液晶で確認し、何度でも撮り直しできる。
しかし、画像は余りに即物的かつ完璧なもの、圧倒されるだけで、見る人に、つけいる隙を与えない。
(一枚のデジタル写真、カメラの寄与率と撮影者の寄与率を考えたら、おそらくカメラの寄与率のほうが大きいだろう。)
戸越公園の銀杏800-35
何が不満?
デジタルカラーは 即物的なので 性分に合わないのだろうと思う。
デジタルになり、行きつくところまで来てしまったのだろうか?(作品に占める撮影者の寄与率は最小に近づいてきた)
写真は目の前のものをコピーするものと捉えたら、
デジタルカメラは、完成形に近い装置になった。

しかし、想像の翼を広げるべき隙間が見つからなくなってしまった。
写真の背後に広がっているものは、心の翼を広げないと、見えてこないと思っている。
本当に大切なものは、目に見えない。
それがデジタルでは 閉ざされているように感じてしまう。

モノトーンのフィルムは 不完全。
目の前をものを正確にコピーしようとしても、その能力はない。
白黒写真は色のデーターを持っていない。
その時点ですでに、抽象的な意味合いを持つ。
白黒写真は、不完全で抽象的。 だから、写真は見る人に、「写っているものは何か」と問いかけ、大切なものをほのめかす。
モノトーンの映像を、心の中に投射し、その本質は何かと 問い掛けることを強いる。
その問いかけに 答える知性・感性がない人には、モノトーン写真は、単に一枚の記録紙であり、記号に過ぎないだろう。

写す人と、見る人の、感性・知性のせめぎ合い、想像の翼が写真の中に飛び交う。
そんな ロマンチックな 気持ちがあるのだろう、小生は やはり、モノトーンフィルムで 写真を撮るほうを選んでいる。
一枚の写真、撮影者の寄与率を上げようと、使いにくい機械式カメラを使っている。
長巻フィルムを切り、マガジンに詰める。薬品を調合し、現像液を作る。
自分の裁量でフィルムを現像し、できたネガをスキャナーで取り込み、トーンカーブを調整し、画像をプリンターに打ち出す。
デジタルカラー写真と比べたら、画像のクオリティーは 低いかもしれない。
それでも、いいと 思っている。 
眼に見えない、大切なものを「問いかける/ほのめかす」 それを許容する不完全さがあるから。


  1. 2015/11/29(日) 21:02:02|
  2. 樹、草、花 
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神宮外苑 

この頃撮る写真、暗いトーンのものが多い。
明るいパァとした健やか感じの写真が撮れないものかと思う。
天気が良くないから、仕方ないとは思う。

写真機は装置、手に取ることのできる実体。
それで、目の前の光景を記録するだけ。
心の中まで撮れません。(そんなカメラまだ売られていない・・・)
暗いトーンの写真を撮ったからといって、小生の心の中まで暗いわけではありません。

写真に過大な期待を込める人がいる。そう思いたいという願望があるのだろう。
できれば芸術作品と言われたい。
それが高じて、写真は心象風景を表わすもの、心の波動がどうだの・・・と言われると、
検証不能の不毛な議論を吹っ掛けられているようで、はなはだ居心地が悪い。
(検証できることなら、その議論に乘るけど・・・)
テレビなら、右上隅に小さく「これは、個人の感想です。」と印字されるコマーシャル番組レベルの話題だろう。
面白いと、聞き流せばいいだけのこと。

写真の読み方、感じ方は 個人の資質の問題だと思う。
一人の写真家の一連の写真に見えてくるのは、写真家(撮り手)の感性や知性、
それに気づき、共感できるかは、写真を見る人の感性/知性による。
撮る人だけでなく、見る人の知性、感性も試されているのが写真。
感性に優れた人は作者の感性を/知性を見抜くだろう。
共感するか・・・浅薄な幼稚と馬鹿にされるか。
写真は 常に、それを試されている。 恐ろしいものだとおもう。

またくだらない写真撮って・・・と言われるのを覚悟して、シャッターを切っています。
相変わらず、暗いトーンの写真になりましたが、小生の心象風景ではありません。
神宮外苑798-16
国立競技場が解体され更地になったというニュースを聞きつけて、千駄ヶ谷の駅に降り立っていた。
競技場跡は一面工事のため高い塀で囲われ、中の様子を伺うことはできません。
覗ける場所は数か所に限定、しかもそこには薄い透明なプラスチックの板が張られていた。
プラスチックの窓の一部には、すでに工事で出た埃が付き、中の様子、不鮮明になっているところもある。
今後、建設が本格化したら、ますます、写真撮りにくくなるかもしれません。
神宮外苑798-15 Ⅱ
この警備員、話好きな人でしたが、ちょいと意地悪。
工事車両が入るので、少しの間、柵を開けるのですが、カメラを持った人が近づいてきているのをわかっているのに、さっと柵を閉めてしまった。
柵の開閉はこの人の業務、付託された権限です。
権限を見せつけているようで・・・・まあ、職務に忠実な人なのでしょう。
余り汚れていないところを探し、なかの様子を撮ってみました。
神宮外苑798-13 Ⅱ撮りたかったのは、柵に貼られた警告文。
(その周辺で)「許可なく撮影を行うことできない」そうです。 
ここは、周辺には当たらないと、小生判断しました。
時々拡大解釈する(仕事熱心な)管理者も、いらっしゃいます。
そんな野暮な。大丈夫と判断。
堂々とカメラを構え 撮影しました。

拡大解釈、先の国会でも もめていました。
上に立つ(管理者)ようになると、拡大解釈したがるのは、人間の特性か、
付託された権限を広げたいということなのだろう。
独裁国家ならいざ知らず・・・・拡大解釈は危険な落とし穴にならないだろうか。
それが心配、あやふやだから。いくらでも拡大解釈できる周辺事態とは何??

外苑の銀杏並木では、「いちょう祭り」が開催されている。11月14日から12月6日(日)まで。
軟式野球場のグランドの奥に見えるのは、メイン会場のテント。いろいろな屋台が出ているらしい。銀杏並木はようやく紅葉が始まったばかりでした。明日(27日)晴れたら、再度、銀杏並木で紅葉の撮影を・・・・あるいは代々木公園へ・・・行くつもりです。
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BessaR+Elmar.jpg
今回撮影に使用したカメラとレンズ。
沈胴のレンズ、見る機会少なくなっています。
フィルムでも一眼レフ時代からカメラに触った人では、知らないかも。
古いレンジファインダーカメラの時代、テッサータイプのレンズでは多くみられました。
ひっこめると携帯に便利です。ライカ系のカメラには、このレンズが一般的でした。
ツアイスのコンタックスにも沈胴のレンズありますが、コンタックスは金持ちのカメラ、固定鏡の50mm F:1.5、ゾナーが一番売れたそうです。

  1. 2015/11/26(木) 14:20:08|
  2. 都会の景観 Tokyo
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Mamiya-6 で風景を・・・

戦前 写真を趣味にしていた祖父は、木製の乾板カメラを使っていた。
グラフレックスのような一眼レフである。
戸棚を探していたら、そのカメラが出てきた。
イギリス製で大きなレンズがついていた。残念ながらレンズが白く濁り使えるようなモノではない。
昭和14年頃になると、フィルム、乾板などが手に入らなくなり、とても趣味で写真を続けられる状態ではなかったらしい。
戦後の食糧難が消え、生活が安定しだした昭和28年ころ、祖父はMamiya-6を購入している。
Mamiya-6 DSC05350
祖父が最初使っていたが、そのうち、より小型の35mmカメラが普及するようになると、祖父はそれを手に入れ、Mamiya-6を使うことはなくなった。父もほんの短い期間Mamiya-6を使っていたが、最後に手にしたのは小生。中学生の時、幾度か使っている。
戦前からMamiya-6はあった。祖父は よく知っていた。確かに 素晴らしい写りをするカメラである。

「風景写真は、ピシッとピントを利かせなくては」それが、祖父の教え。それを実践できたカメラがMamiya-6だった。

所属する写真クラブ「彩游」は、風景写真が主な活動。
もう潮時だろうと、辞める覚悟をしていたので、
最後の撮影会は、ピシッとピンを利かせるMamiya-6を使い、三脚でかっちりと構図を決め 撮影しようと密かに決めていた。
撮影会は、11月9日(月) 秩父で行われた。 天気は曇天であった。
次の日は有志で自主撮影会を行った。しかし、生憎の天候となり10時過ぎには雨となり、昼には終了となった。 
2日間でブローニーフィルム2本半ほど使った。全部で30ショット。
3本目の残ったフィルムは、翌々日の12日 白金の自然教育園に持ち込み、撮影に使った。
久しぶりに使うMamiya-6 正方形のフォーマット 風景写真向きかもと再認識。
一枚一枚丁寧に撮影するというのも、普段のスナップと違い新鮮な気がした。
これは、自然教育園で撮影した一枚。
自然教育園の老木796-10
ネガをスキャナーで取り込んだところ、約5000万画素の画像になった。
ピンを利かせるため最少絞りまで絞り込んでいる。
極めてシャープな写真になったと思う。
昭和28年製だが、レンズは、さすがD.Zuiko 75mm F:3.5 である。.
最新のフルサイズと称するデジカメの画質と比べて 劣っているだろうか?

撮影会で撮った写真は、12月7日の例会のあと、順次 ブログに載せるつもりでいます。


  1. 2015/11/25(水) 11:03:13|
  2. 樹、草、花 
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Nega film No.792  最初の1ショット

ネガフィルムNo.792で撮った最初のカット。
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時々 ネットサーフィンし、モノクロで写真を撮っている人のブログを覗く。
フィルムで撮っている人は少数になり、デジタルで撮る人が増えている。
デジタルであれ、フィルムであれ、上手な人は上手。フィルムだからとか、デジタルだから と言うべきではないだろう。
重要なのは、目の前の光景の、何に心をうごかされ(受け身の感性)、光を読み(努力と感性)、フレーミングし、撮影するかだろう。
上手いなぁ、と感服する人がいる。
こういう風に撮ってみたいものと思う。
上手な人に共通するのは、無駄なものは画面に入れないという鉄則があるようだ。
ここに センスが光るのだろう。写真は引き算・・・とはいうが。
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引き算が なかなかできない。
いいな と思ったものはなんでも画面に写しこみたくなる。万年駆け出しの素人状態。
最初の狙いだと、こういう写真になる。
Nega 792-6
午後2時過ぎ大崎駅の舗道橋から東の空に向かって撮影した。
屋上のアンテナが、何故か傾いた十字架に思えた。
面白い・・・シルエットで抜いてみようと フレーミングする。
露光は空に合わせ f:12.5/500秒(古い大陸絞りです)とした。これでビルは黒く潰れるだろう。
その時、ファインダーでは 高架線を走る新幹線の姿を、はっきりと捉えていた。

ネガを調べると、暗く潰れた部分にも銀塩の画像が残っている。
トーンカーブを調整し、暗い部分を浮き出させようとする。(これが性分)
以前だったら、暗室で、覆い焼きをしている。
Nega 792-6 ⅡToneCurve
暗く潰れた部分から、新幹線の列車が浮き出てくる。
同時に、カーブした鉄路も目黒川の川面の光も、ビルの規則正しい窓枠の列も薄らと出てきた。
こうしないと気が済まない自分がいる。
長い間の習慣、習い性だろう。
しかし、肝心の空の調子は悪くなり、画面全体がぼやけ、すっきりとしていない。
写真がうまくならない原因でもある。
引き算ができないという決定的な欠点を…自覚しています。
  1. 2015/11/24(火) 09:49:56|
  2. 都会の景観 Tokyo
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失敗も大事

週間天気予報を見たら、11月21日(昨日)にお天気マークがついていた。
それ以外の日は曇り。
絵画館前の銀杏並木の紅葉を撮るなら、この日しかないと、準備した。
期限切れが迫っている赤外線フィルム(Rollei赤外400S)を、マガジンに詰め、レンズには昔使った760nmカットのフィルターを付けた。40年ほど昔、コニカの赤外線フィルムを使ったが、そこでは調子よく使えていました。
最近は、イルフォルドのSFX-200やRollei赤外400Sに、720nmカットのフィルターを付けて使っていたが、今一完全な赤外線写真にならない不満があった。
昔使った760nmカットなら、可視光を完全にカットするだろうと思い、使うことにした。
フィルムの分光感度グラフからR72(720nmカット)に比べ1~2絞りほど露光を増やせばいいだろうと予想していた。
それが間違え、1本半撮影し、撮影が完了したフィルムを現像したところ、ほとんど失敗。Clearと言えるネガは、ほんの6コマだけ。
赤外線 目に見えないだけ、経験を積まないと 駄目ですね。(赤外線写真には、やはり 三脚は必要不可欠です。)
露光不足のコマに それでも 面白い写りがある。
昨日799-1
フィルター無しなら 露光はf:8/500秒、空を少し落としたかったら、f:11/500秒を選ぶでしょう。
R72(720nmカット)フィルターなら、4絞り分あけてf:5.6/60秒だろうというのが、その時の読み。
R76なので6絞り分開けて f:4/30秒に設定し撮影、現像結果は、2絞り分ほど、不足していました。(手持ち撮影では1/30秒がほぼ限界、それ以下だと手振れ写真が多くなる。)
ネガの銀塩の濃度レンジは[31-93]、これでは階調豊かな写真にはなりません。
しかし、普段見慣れた光景が、別次元の風景のようになっています。
三脚を使用し、あと2絞りほど露光を増やせば・・・面白い写真を撮ることができそう。f:4でもピントは決まっています。
三脚に固定し、f:8、1/2秒の露光で、バックの空の雲まで詳細に描けたかも。
昨日799-9
空を基準に露光を決めたが、明らかに間違え、むしろ銀杏の樹を基準にすべきでした。
空を基準で2絞り不足、樹を基準で更に2絞り不足。
合計で4絞り不足しているでしょう。
絵画館前の銀杏、ようやく紅葉が始まったところ、今週の後半、見事な銀杏並木になるでしょう。
赤外線フィルムを使った紅葉の風景では、三脚は必須のアイテム、絵画館前の銀杏並木の撮影では、使用できないでしょう。
どこか、人の少ない場所の銀杏を探し、再度挑戦してみようかと思っています。
お日様マークのついた日が撮影日でしょう。
  1. 2015/11/22(日) 15:33:06|
  2. 写真の技法
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戸越公園の大銀杏

戦前の古いレンズを何本か持っている。
ライカマウントでは Summar 50mm F:2(沈胴) と Elmar 50mm F:3.5(沈胴)
コンタックスマウントでは Sonnar 50mm F:2(沈胴), と F:1.5(固定鏡) それに 珍しい 戦前のTコート50mm F:1.5 (固定鏡)
Tessar 50mm F:3.5(沈胴) と F:2.8(沈胴)
戦後の50mmレンズを加えたら何本になるのか・・・・
防湿庫の中にいるだけではかわいそうと、時たま出して使っているが、結局、使い切れていない。
戦前のノンコートレンズを全て使ってみようと思い、まずSummar 50mmを使ってみた。
今 カメラに付けているのは 戦前のElmar(エルマー)50mm F:3.5。
戦前、ライカを使った人ならこのレンズを使っていたと思います。
戸越公園の大銀杏798-33
ノンコートレンズなので、コントラストが低い。
銀杏の葉も輪郭は霞み、枝に止まる鴉も濃い灰色、くっきりとした黒にはならない。
細い枝もボーと霞んでしまいました。
しかし、その分、奥行きがでていい雰囲気になった・・・オールドレンズのなせる業でしょう。
オールドレンズ、過去の栄光はあれど、価値/中古価格は驚くほど安い。
小生の小遣いでも 入手可能。
全部集めても、最新の高性能レンズより少額でしょう。
負け惜しみ的楽しみと、自虐しています。


           
  1. 2015/11/21(土) 10:31:27|
  2. オールドレンズの密かな楽しみ
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御殿山付近を歩く

目黒川は、大崎の丘陵と御殿山の谷間抜け、江戸湾へ流れ込んでいく。
我が家から現在の品川駅へ抜けるには、居木橋で目黒川を渡り、御殿山を登るのが近道になっている。
ここも、小生の散歩コースの一つ。
御殿山797-35
御殿山は閑静な住宅街。
ミャンマー大使館がある。2,3年前までは、軍事政権に抗議するミャンマーの人達の姿があったが、この頃は見かけなくなった。大使館は現在新築工事中、ほぼ完成に近づいている。
新生ミャンマー、アウン・サン・スー・チー氏率いる野党・国民民主連盟(NLD)が総選挙で圧勝したとのニュースが流れていた。
この大使館のように、生まれ変わってくれたらいいと思うのですが・・・・
憲法の規定で、党首のアウン・サン・スー・チーさん、大統領にはなれない。
「大統領以上の存在になる」と語っているとの報道がなされていた。せっかく民主化していくのだから・・・・スー・チー独裁政権にならないことを 願っています。
御殿山797-43
大使館前の大きな邸宅が、2年ほど前更地になり、切り売りされていました。一般住宅が2棟、角地の方に建つのは、住宅というより、ショールームのような建物。近くには原美術館もあり、美術品を飾るギャラリーになるのかもしれません。こちらももうすぐ完成するでしょう。
御殿山797-47
ラフォーレ・東京の庭に夕日が差していたので、光芒を期待し、庭園へ降りて撮影場所を探しましたが・・・ここだという場所、発見できず。
撮影は難しい。
露光をどう決めてよいものやら・・・・。
  1. 2015/11/19(木) 11:04:30|
  2. 散歩
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写真は 恐ろしい鏡

写真は目の前のものを撮っているだけ。
レンズによって外界を、カメラオブスキュラと呼ぶ部屋に投影し、それを記録する。
三次元の世界を二次元に変換し投影するが、それは、ギリシャの哲人が考え出した幾何学によっている。

写真は目の前を記録(コピー)するだけ。

己の心の奥底に踏み込み格闘し生み出されるのが絵画であり、文学であり、音楽だと思う。
その人しかなしえないオリジナリティがあり、創造的な作品と受け入れられる。芸術作品と尊敬されるだろう。、

しかし、目の前の光景をカメラという装置でコピーするだけ、そのどこにオリジナリティがあると言えるだろう?
一度評判になった風景には、たくさんのカメラマンが詰めかけ、同じような写真が 数多く撮影されていく。
オリジナリティはなくとも、綺麗に写っていれば満足。そんなところなのだろう。自然の鉛筆、コピーなのだから。

でも 写真には 写真の特性がある。
それは、目の前の「今」しか記録できないということ。
未来も過去も撮影できない。
絵画や文学なら過去や未来を表現できるが、たった今の一瞬は無理。
(俳句なら・・・できるかなぁ)

今を記録(コピー)するだけの写真だが、
記録するという行為が、その人の知性に裏付けられ、一連の活動となったとき、
人に感動を与え、創造的な作品と受け入れられるのだろう。
戦後 昭和30年頃、木村伊兵衛は、上野や浅草、銀座、数寄屋橋辺りを歩き、スナップ写真を撮っている。
一連の写真には、氏が何に興味を惹かれ、いかに時代切り取り、市井の人を写し(記録・コピー)取っていたかがわかる。
戦後10年目頃の東京の庶民の生活が、鮮やかに写しこまれている。
文学でも絵画でもないが、それに匹敵する創造的な作品だろう。
これが写真だとおもう。


写す人の知性をも映し出してしまうのが写真、怖い鏡だと思う。
素晴らしい知性に逢えた時は感動するが、
奇をてらっただけの、一見キャッチーな写真には、写した人の貧しい知性を感じ、嫌悪感を覚える。
そんな写真撮りたくないと。

写真は 恐ろしい。それが、この9年間の「散歩にカメラ」で分かってきたこと。 

取り込み比較
11月の初めころ 目黒川河口の東品川海上公園を散歩しているとき撮影した一枚。
平成27年の少年です。咄嗟のフレーミングだったけど、おそらくシルエットになるだろうと思ってシャッターを切っていた。
何に興味を惹かれたか、どう切りとったか・・・露光はどうしたか・・・ピントは・・・小生の知性が試されている。
現像し、ネガを、フィルムスキャンし、デジタル化。
そこでまた考え込んでしまった。
ここでもまた、小生の知性が試されている・・・
童話的な(恐ろしげな)光景と捉えたら、真ん中のスライドを右にずらして 画像を取り込み、シルエットとして少年の姿を抜く。
「おーい」797-21
しかし、ネガの上に微かに記録されている銀塩の画像を暗く潰すのは、少年の表情を抹殺するようで・・・心苦しい。
トーンのスライドを左に振って、画像を取り込む。
「おーい」797-20
どちらが正解かわからないが・・・
コピーに過ぎない写真だけど、写した人の感性/知性で、写真は出来上がっていくと思う。
ネガはある。 また違った考えで 画像を取り込むこともできる。

絵画には最後の一筆、文学には決定稿があるが、記録に過ぎない写真は、フワフワして、明快な完成と言えるものはない。
撮影者の知性は常に研ぎ澄まされていく。ネガから別の焼き付けも可能だ。
写真の表現が確定するのは、撮影者が亡くなったときだと思う。。
  1. 2015/11/17(火) 23:07:18|
  2. 読み解く写真、心に残る写真を・・・
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西大井散歩

西大井周辺を散歩して撮った写真。
西大井散歩791-15
ちょっと意味深。
西大井散歩791-16
セルフポートレートです。
  1. 2015/11/15(日) 21:00:57|
  2. 散歩
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どんな写真が撮りたいの?

散歩にカメラを持ち出して9年経つ。
ファインダーを覗き、シャッターを切りながら・・・時として惑うことがある。
どんな写真が撮りたいの?と自問する。
こんな写真・・・と言いながら、そのイメージは希薄。
美しい風景写真ではないことは確か、花の接写は飽きた。
花鳥風月を撮って喜ぶこともない。
どんな写真だろう?
どんな写真793-30 Ⅱ
こんなテーストの写真は、好みだ。
切り貼りや合成写真は、なんとなく嘘をついているようで、性分に合わない。
「芸術写真」という高尚な言葉を隠れ蓑にして、画像を加工し、キャッチーな写真を作るのに後ろめたさを感じる。
絶対非演出の写真が好み。
それでも、光線を読み、フレーミング、ネガの特性、現像液の特性を利用すれば、現実に見る光景より、随分テーストの異なる写真を撮ることもできるだろう。
どんな写真793-32
やはり、スナップ写真が好きなのだろう。
どんな写真793-34a
このブログを始めたとき最初に載せた写真。
ノルウェーのベルゲンで撮影した、中年カップルを捉えたスナップショット・・・あれが小生の写真の原点だろう。
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来年で、「お散歩カメラ」も10年目を迎える。
写真クラブを今年で卒業(退学)するつもり。
写真展に参加しても・・・良かったとも、悪かったとも感じない。
写真はあくまでも個人で行う趣味。徒党を組まなくてもOK。充分遊べる。
会を離れ、来年一年は、東京のそこここの街を徘徊し、スナップ写真を撮りまくろうと思っている。
  1. 2015/11/13(金) 15:48:19|
  2. 読み解く写真、心に残る写真を・・・
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NegaFilm No.792 に写っていたもの。  銀座・有楽町にて

クラブの写真展を見た後、近くをふらついた。
銀座・有楽町792-7
有楽町マリオンから、数寄屋橋の交差点の方向を見る。
数寄屋橋阪急の建て替え工事が、ほぼ終了している。
銀座・有楽町792-11
数寄屋橋交差点近くで鳩を見る。
鳩の人に対する警戒心は薄くなっている。
行き交う人も、鳩に無関心。
てんでんばらばらの方向を見ている。
銀座・有楽町792-10
樹の影に隠れるように立っている初老の男性と、スナップ写真を撮っている小生。
傍から見たら、共に挙動不審者だろう。
鳩のそばを若い女性が通り過ぎていく。
ちょっと不気味な時間が過ぎていった。
銀座・有楽町792-12
銀座通りには、外国語が行き交っていた。
顔や服装では判別できないが、中国語を話す一団が通り過ぎていく。
日本人より、外国からのお客様のほうが多い。
面白い時代になった、平和な時代になったと 思うべきなのだろう。
  1. 2015/11/10(火) 18:46:56|
  2. 散歩
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NegaFilm No.792   旧古河庭園にて(2)

ネガ792には、旧古河庭園で12カットの画像が記録されていた。 
その残りから。
旧古河庭園792-45
こんな写真も撮ります。
白い柵の分量、もう少し少ないほうが、画面が引き締まったかもしれません。
旧古河庭園792-46
椅子と机、綺麗に並び替えて・・・そんな手間、演出は一切しないことにしています。
記録だからという心理的な歯止めがあるのでしょう。
絶対非演出のリアリズム写真などと、大口をたたいているわけではありません。
旧古河庭園792-48 Ⅱ
長い黒髪には・・・思わずカメラに手が行ってしまいます。
帽子、服、バック 全て黒ずくめ。
咄嗟に、心の準備もなく撮影。もう一歩離れ、風景をバックに、全身像を狙うべきだった。
  1. 2015/11/09(月) 07:26:55|
  2. 八つ手
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NegaFilm No.792   上中里 平塚神社

上中里の駅を降り、坂を上っていくと神社があった。
紅葉までには、まだ時間がありそう。 それまで、秋を撮る練習をしようと、神社の境内に入った。 
平塚神社792-33
ノンコートのオールドレンズですが、滲み、ハロも出ず、小生は、これで満足しています。
最新のレンズと撮り比べたら、おそらく かなり見劣りするでしょうが・・・
知らない方が幸せ。
まだまだ現役で活躍してもらう予定です。
平塚神社792-35
Retro400S 光のラチチュウドは、Tri-Xより少し広く感じます。
平塚神社792-36
幹を撮るなら、もっと絞りを利かせたいところです。
上中里お菓子屋792-24
神社の門前には お菓子屋さんがありました。
薄を撮影するには まだ少し時間が掛かりそう。 すすき、団子、満月・・・・しかし、月見の季節は終わっていますね。
上中里お菓子屋792-21
雰囲気のある 餅菓子屋さんです。
前の道は 本郷通り。
  1. 2015/11/08(日) 11:18:04|
  2. 散歩
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NegaFilm No.792   旧古河庭園にて

用事があり上中里へ。
用事が終わったあと、旧古河庭園が近くにあることを教えられ、カメラ片手に公園内を散策した。
65歳以上、入場料70円なのもうれしい。
しかし、文化の日 国民の祝日 本来なら無料開放だと思うのだが・・・
旧古河庭園792-40
時刻は3時ころ、暖かな陽ざしに誘われ、人出があった。 まだ紅葉は始まっていない。おそらく12月の初めころ、色づくのではないだろうか。
旧古河庭園792-38 Ⅱ
11月9日 写真クラブの撮影会で、秩父の紅葉を撮影することになっている。また、紅葉をモノトーン(白黒)フィルムで撮影することになりそう。
旧古河庭園792-42
少し、練習しておこうという下心もあった。
旧古河庭園792-43
明暗差の大きなフレーミングを心がけている。Retro400Sフィルム、どこまで光のラチチュードに耐えるか 過酷なテストをしています。
旧古河庭園792-44
秋の陽ざしは弱く、陰になった部分は暗い。
樹の幹にピントを合わせましたが、単なるスナップ写真になっています。
風景を本格的に撮る人の眼から見たら、しかめっ面ものです。
ここは、三脚を立て、もうすこし広角のレンズで、最少絞りまで絞って鮮明に撮影するところでしょう。
そして、もう少し 焼きこんだほうが よかったかも。
  1. 2015/11/07(土) 08:51:50|
  2. 散歩
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NegaFilm No.792   有楽町にて 暗がりを撮る。

散歩にカメラを持ち出し今年で9年、撮ったフィルムは現在792本になる。
年末までにネガ番号810本に達すれば、年平均で90本、3500回程度シャッターを切ったことになる。
昔、年100本のフィルムを使えば、かなりの写真愛好家と言われた。
アマチュアなら「かなりの愛好家」の部類に入れたはずだが、上手になったという実感が持てないでいる。
だらだらと 撮っていては 上達しないものらしい。
写真クラブ「彩游」に入ってきた人を見ると、つい最近デジタルカメラを始めましたという人でも、1,2年で しっかりした(上手な)写真を撮るようになっている。
話を聞くと、一回の撮影で80カットは少ないほう。200カット、400カット、なかには1000カット撮る人もいた。デジタルを持った人は、昔のプロ並みに、シャッターを切っているでしょう。
カット数の多い人ほど、確かに短期間で上手になっていく。

今から、デジタルに替えても、どんどん追い越されていく気がします。
フィルムで撮る人がいない以上、「鳥なき里の蝙蝠」状態・・・まぁ趣味ですから。

写真展が行われた会場は、有楽町駅 近くにあります。
当番の日、駅でのスナップ。時刻は3時ごろ、時折弱い雨が降っていました。
有楽町駅792-29
古いライカ・Lマウントのノンコートレンズ、開放絞りf:2で撮影。
有楽町駅792-30 Ⅱ
現代のレンズほど切れ味はありません。それでも、歩く二人の影がボーと浮き上がっていたので・・・やった!と思いました。デジタルならもっとはっきりと、綺麗に写っていたかもしれません。
有楽町駅792-27 Ⅱ
天井の輝きが好いと撮影してみましたが、期待ほどには撮れていません。
有楽町駅792-14 Ⅲ[31-237]
ネガに薄く銀塩が残っていたので、トーンカーブで暗い部分を持ち上げてみました。
どうにか写っているものですね。
f:2/15秒でも念のため撮影しました。トーンの調子はそちらの方がいいのですが、写っている人の配置が面白くない。
構図は、こちらに軍配が上がりました。

こんな調子で、Retro400Sのフィルムテストをしています。
  1. 2015/11/06(金) 14:46:39|
  2. 都会の景観 Tokyo
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何となく好きな光

アッと眼を引くキャッチーな光でもなければ、
大自然の神々しい光でもないが、
こんな 光も好きだ。
秋の陽は早い。
午後3時を過ぎると、長い影を作っていく。
なんとなく好きな光790-20
遠くのグランドは 空からの弱い明かりに浮かんでいたが、遊ぶ人の姿は消えていた。
その時、切れ目から 林の中に陽が差し込んできた。
ほんの一瞬のこと、咄嗟にシャッターを切っていた。
なんとなく好きな光790-21
時刻は4時を過ぎていた。
ほとんど 開放絞りで撮影している。
オールドレンズだから出せる光の味だろうか?
19世紀末のPictoriaPhotoに近いかなぁ。
こんな光も好きだ。Retro400S 意外と表現の幅の広いフィルムかもしれません。


  1. 2015/11/03(火) 18:28:40|
  2. 散歩
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Retro400Sフィルムを使ってみる。 古いLマウントのSummitar レンズで  

フィルムを替えることは、デジタルカメラなら、カメラそのものを 別なカメラと交換するようなもの。
光のトーンの捕まえ方が異なり、表現できる範囲が違っているので、まごついているが、それだけに楽しい。
しばらくは トーンの違いに一喜一憂し、遊べそう。
Retro400S-Summitar791-27.jpg
レンズは 古いライカのSummitar 50mm F:2 1951年製。戦後のレンズなのでシングルコーティングされている。ライカのフードは高いので持っていない。
Retro400S-Summitar791-28.jpg
50mmレンズで写る範囲をイメージして、
距離、絞り、シャッター速度を、あらかじめセットしておく。
フィルムを巻き、ファインダーを構えた瞬間、構図を確認、直ちにシャッターを切り、カメラを下げる。
フードを付けて撮影すべきだったろう。
秒撮です・・・・誰も撮られたと 気づかないだろう。
しかし、盗撮と非難される怖れはある。
普段の生活の一面、今の一瞬を捉えるなら、これが一番。
学校が終わり、帰宅。 「さぁこれから遊ぶ?」そんな相談をしているのかも・・・小生の小学生の頃も、こんな感じだった(服装はもっと粗末で汚れていたが・・・)
ねぇ撮ってもいい?などと声を掛けていたら、どうなるか。駄目と逃げられしまうか、良いとなればピースサインかも。それでは、今ここでの生活感は 消えてしまうだろう。
充分敬意を払った上での秒撮と・・・お許しください。
Retro400S-Summitar791-29.jpg
戸越銀座の商店街、ハロウィンで盛り上がっていた。レンジファインダーカメラで最短の距離に近い。できるだけ絞り、被写界深度を稼ぐ。これだけ混雑していると、意外に撮られていると気づかない。周りにはデジタル一眼やムービーを持った人が囲んでいる。
一枚、秒撮させていただいた。
----------------------------------
頼まれて人物を写すことはある。
でも、結局 あまり好きになれない。
撮っていいと許可してくれる人は、それなりに自信があるのかも・・・この角度から撮って貰うのがいいと 心得ていることもある。
撮影する小生も、その人が一番きれいに、人柄が出るようにと、うまく写してやろうとする。
どこかのファッション雑誌に載っていたようなポーズをとったり/付けたりもする。
どこか嘘くさい。
撮って貰う人は、己の一番いい姿を想像している。 
どう?すてきでしょう、と言いたいし、また、素敵だと言われる写真を期待する。
撮るほうは、どう、写真の腕いいだろうと・・・自慢したい、少々鼻持ちならない自分がいる。
どちらも 一人称で、それぞれカメラに対峙していた。
踊りの練習を撮っていて、ハッキリと気づいたはのは、このこと。
結局一人称なんだぁ、撮る人も、撮られるひとも。
だから 写真が嘘くさい。
一人称の写真でなく、三人称の写真が撮りたいものだと思う。
記念写真ではなく、生きた時代の証拠写真を。
  1. 2015/11/02(月) 11:24:55|
  2. 散歩
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プロフィール

Alchemyst Sasaki

Author:Alchemyst Sasaki
Phone-Cameraの時代、フィルムで撮ることの意味合い、意義はあるだろうか?と懐疑的になっている。写真の置かれている場所・期待・求められているものが根底から変わってしまったのかもしれないと思っている。
それでも、もう一年白黒フィルムで遊んでみるつもりでいる。

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