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本当に大切なものは見えない

古いフィルム・カメラで、ありふれた身の回りを撮っています。日常の中の一瞬を捉え、読み解く写真になっていれば・・・

勝島運河を歩く

鮫洲から立会川河口につながる勝島運河を、時々散歩する。
勝島運河693-7 Ⅱ手には、その時フィルムが入っていたカメラをもつ。交換レンズはもっていかない。ついていたレンズの画角でフレーミングする。これなど正調モノトーン写真だろう。
しかし、トーンは整っていても、面白くないなぁ・・・
「なに、カメラの眼がないだけよ」、といわれてしまうだけ・・・だろう。
勝島運河693-11
1月の勝島運河の土手には、冬の花、水仙が咲き誇っていた。
勝島運河706-23 Ⅱ
2月初めに散歩。21mmの広角レンズを使っていた。フィルムは、Rollei赤外400Sフィルム。パンクロフィルムとして使用した。
勝島運河706-21 Ⅱ露光を二絞り分少なくし、二人の姿をシルエットにしてみた。このほうがいいと思う。
勝島運河706-27ここは海につながっている。海水にカモ? 2月の初め勝島運河に渡り鳥のカモはいた。
勝島運河708-33 Ⅱ昨日の撮影。2月の下旬、カモの姿はもういなかった。
乗合いの釣り船が帰ってきて、波を作る。その紋様が面白いと、シャッターを切る。
上部をトリミングし、波の紋様を強調してみた。
トリミングは最後の救済といわれても、この頃は開き直っている。
撮りたいように撮ればいい。
勝島運河708-34 Ⅱ
海面の光は、対岸の倉庫の壁の照返し。2月も終わりに近づくと菜の花が土手に咲いていた。
菜の花と海面の輝きを撮りたくて撮影。Minolta Hi-Matic F やや広角ぎみのレンズ。最短も1mまでしか近づけない。パララックスもあり、フレーミングは完璧とはいいがたい。
大胆にトリミングしてみました。
これが撮りたかったフレーミング。
一眼レフに105mmのレンズを付けて撮ってみようか? 菜の花の萎まないうちに・・・
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  1. 2015/02/28(土) 14:17:58|
  2. 散歩
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色温度(ホワイトバランス)  古典熱力学から物質の深遠、量子の世界へ 宇宙の果てへ

フィルムの時代は、カラーフィルムの色を一定にするため、色温度に合わせフィルターを選び、撮影していました。
デジタルになると、カメラが自動で補正してくれるようになり、光の温度に鈍感になっています。
まあそれでも RAWで撮影すれば、現像ソフトでその具合を調整することもできます。カラー撮影の失敗はなくなりました。
すごい進歩だと思います。
ポニーテールDSC07595 撮影時設定4300K
カメラ任せ(自動設定)で撮ったもの。RAWで撮影。現像ソフトでホワイトバランスを見ると、撮影時の設定は4300°ケルビン付近になっていた。プリセット調整を開けると、オート、太陽光、曇天、日陰、昼光色蛍光灯、昼白色蛍光灯、白色蛍光灯、音色蛍光灯、白熱灯、フラッシュなどの項目が並ぶ。
色温度調整では、色温度を任意に設定できる。
ポニーテールDSC07595 +1700K
6000°ケルビン(澄み切った太陽光の温度)にすると+1700℃ケルビン上げたので全体に波長は長波長側へ移行する。
ポニーテールDSC07595 2500K
反対に下げて(-1800°ケルビン)2500°ケルビン(蝋燭の光くらいだろうか)すると、全体が短波長側へシフトする。
冬の氷の季節、あるいは夕方の景色を撮影し、色温度をいじって、青い世界を作り、「きれい」と喜んでいる人もいるが・・・どうしたものか・とも思う。まるで色遊び、創造的ではないような気がする。
いっそ、白黒モノトーンにしたほうが、潔いだろう。パンクロフィルムだと、色温度はあまり大きなファクターにはならない。
ポニーテール699-8
ポニーテール698-10
同じフィルムだが、フィルム感度をISO25とISO400で使っている。勿論現像液は別にし、条件を変えて現像している。
ISO400で使用し、増感現像液で現像したほうが、ポニーテールの質感をよくあらわしていると思う。
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色温度(ホワイトバランス) どのようなものか効果は知っていても、
何か?と考えたことないでしょう。
理工系に行ったひとなら・・・当然と、あまり気に留めないかも。

イギリスの産業革命は1760年頃から始まるというから、ニュートンが生まれて100年以上の時が過ぎている。
熱力学は、産業革命から生まれてきた。
その熱力学を、大学教養一年生で習う。ニュートン力学が高校生なら、熱力学は大学一年生・・・今になれば当然の流れだと思う。(しかし、エントロピーには悩まされたなあ。)
19世紀末ごろになると、溶鉱炉は大型化し、温度を熱を正確に知りたいという要求が高まる。
レイリー・ジーンズは、熱力学の理論を駆使し、黒体輻射(あるいは、空体放射)の温度と分光輝度の関係式を、
当時知られていた物理の理論を駆使し厳密に導いた。
U(v)=8ΠKbTv^2/C^3 (Πは円周率 Kbはボルツマン定数 Cは光の速度 Tは温度 K:ケルビン v:波数)
低波数側はぴったりと一致したが、高波長側では無限大になり、理論は破堤する。当時の物理理論に大きな疑問を投げかけてしまいました。
一方、ウイーンも関係式を編み出す。(理論式というより実験式だろう。)
U(v)=av^3・e-bv/cT  a,b,cは実験に合わせて決める定数。eはネピア、自然対数。
この式は高波数側でよく一致するが、低波数では誤差が出る。
そこでプランクが二つの式の良いとこ取りして考えた式が、
U(v)=(8Π/C^3)v・hv/(ehv/kbT -1)
hは実験によって決まる定数ですが、後年プランクの定数と呼ばれるようになります。プランクはhを実験値に合わせるためだけに付け加えたのですが、こうすることで、実験値とこの関係式は驚くほどぴったりと一致するようになりました。この式を微分し、ピーク位置を求めれば、温度と最大輝度の関係ができます。
簡単な関係式になりました。
λmax=b/T 最大波長と温度が反比例の関係になっています。 (bは0.28977721cm・K)
光のスペクトルを分解し(ここにもニュートンが現れる、プリズムを使って太陽光を分解して見せたのはニュートン)最大輝度の波長を求めれば、温度を計算で求めることができます。これが色温度。
何度K(ケルビン)の光の下で撮影されたか知り、その補正を行うのがホワイトバランス。

数式は、考え出した人より時に雄弁になる。
定数hの解釈から、量子論の扉が開かれていく。
そして (小生にとって)もっと衝撃的だったのは、宇宙背光のスペクトル観測データが、プランクの式に一致すると知らされたとき。
宇宙背光はビックバンがあったことを示す証拠。
約130億年前にあったとされるビックバン、その残骸の宇宙背光は熱的に平衡にあり、プランクの式に一致する。
ならば、古典的な熱力学を宇宙の謎に適用してもいい?
ビックバン以降、エントロピーは増大する一方だったのか!?
色温度・・・・宇宙の底を覗いている気がする。
  1. 2015/02/27(金) 10:22:48|
  2. 写真の技法
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時計仕掛けの世界

江戸幕府に政権が移って間もなくのころ、イギリスに神童、ニュートンが生まれる。
1642年のクリスマスに生まれたというから、東方の三博士に祝福された最後の神童だろう。
まだ、理性の時代には間がある。約百年後、フランス革命で、ようやく我々は理性の時代に入る。
中世の錬金術(Alchemy)の香りがするが、すごい神童だ。
高校の数学でLimit計算とその概念を習う。そして彼が発見した微分積分を習った。
高校の物理では、彼が解明した運動の法則と万有引力の法則を習う。
運動エネルギーと運動量の保存則は、その後発展する熱力学の基礎ともなった。

我々の世界は、一見複雑のように見えるが、
F=G×M1・M2/r^2
(2つの物質M1とM2の間に働く引力Fは、互いの質量を掛け合わた量に比例し(M1×M2)、2つの物質の距離(r)の二乗に反比例する。Gは万有引力定数)
で示される万有引力の法則に従い運航していることを示した。
人工衛星はニュートン力学がなければ打ち上げられない。
惑星探査のイトカワも無事ミッションを果たせなかっただろう。
数式は、考え出した人より時に雄弁になる。
その時 ニュートンは意識していたか不明だが・・・・
世界は時計仕掛けで正確に動いている。ニュートンの式はそれを語っていた。
教会の権威は揺らいでいく。

この世の中は時計仕掛け・・・・
だが、人間の心の底には、まだ、Alchemy時代の情念がたぎっている。鉛が金になればいい。
ないものを見たがっている。そして権威は言う。
こうあってしかるべきだ、こうに違いないと。
確信的言動に人間は弱い。
時計仕掛けの世界707-11 Ⅱ
ニュートンの式(理性)があれば、見えないはずの重力も見えてきたのに・・・・
どうしたものか・・・ビルのガラス窓に映る時計を、撮影していた。
  1. 2015/02/26(木) 09:07:33|
  2. 読み解く写真、心に残る写真を・・・
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Monochrome X 展に行ってきました。 やはり写真はいいなぁ。

昨日、西麻布で行われている「monochrome X」展へ行ってきました。
monochrome x
この案内はがきは、先日品川キャノンギャラリーで、「遠野 2014」展を観たとき、受付に置いてあったので、頂いてあったもの。銀塩モノトーン写真らしい。プロの作品。是非とも見たいと思っていた。
場所は、渋谷駅からバスで2つ目の停留所とのこと。近い、渋谷駅から歩いて行こうと、Minolta Hi-Matic F にKentmere400フィルムを詰め、出掛けた。
Monochrome707-44.jpg
六本木通りを登り、青山トンネルを抜けると、目的のギャラリーは近い。
Monochrome707-41.jpg
通りを一つはいると、住宅地が広がる。GalleryE&M西麻布はすぐに見つかった。看板が立っていなかったら、普通の民家と思い、通り過ぎるでしょうが・・・
Monochrome707-42.jpg
映像ビジネスはオンライン化されていて、画像は全てデジタルで処理されているはず。プロといえ、今はデジタルカラーでないと仕事にならないでしょう。まして白黒フィルム写真の需要など、ほとんど失せているはず。
一歩、ギャラリーの中に入ると・・・素晴らしい銀塩の世界が広がっていた。
フィルムで撮影し、印画紙に焼き付ける・・・・趣味で行うアマチュアカメラマンなら、好きだねと半ば馬鹿にされても許されるが、写真で飯を食うプロが、採算を度外視し、自分の撮りたいものをモノトーンフィルムで撮っている!! 
本当に写真が好きなんだなぁ。
いいなぁと思う。
オリジナルプリントが並ぶ。どれを見てもすごい、美しい、圧倒される思い。レベルが違うなぁ。ほとんどの人が40年以上プロとして活動されてきたという。おそらく、仕事ではデジタルカメラでクライアントの仕事をこなし、自分の時間を見つけ、古い愛用のフィルムカメラを持ち出し、そっと、自分の好きな写真を撮る・・・そんな光景を思い浮かべた。
60年台がモノトーン写真なら、70年代は移行期、80年代になるとカラーフィルムの時代に入る。
おそらく60年代、70年代の空気を吸っているのだろう。
モノトーン写真だと思う。あのころが一番輝いていた。
会期は3月7日まで、日月は休館。もう一度、見に行くつもりだ。
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http://www.takeuchi-studio.jp/gallery_em/
ギャラリーのホームページです。
  1. 2015/02/25(水) 10:54:33|
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写真を撮りたい

家の書棚に、古い写真雑誌が何冊か・・・・奇跡的に残っていた。
カメラ好きの祖父が定期的に取っていた朝日カメラ、その頃は、本屋が家に届けてくれた。
子供の時それがうずたかく積まれていたのを思い出す。
残ったのは3冊だけ。1950年代に発行されたもの。表紙はボロボロになり、1冊は表紙がなくなっている。
ページをめくると、海外の著名写真家の作品を紹介するページが大きくとられている。
それが日本の写真家の大きな刺激になっていたのだろう。
稲村隆生、土門拳、木村伊兵衛、船山克、中村立行、吉村専蔵などが迎え撃つ。
負けていない。いいなぁと見とれる。
カメラはローライフレックス、ニコンS、ライカなど。露光計は内蔵していない。レンズも標準が多く、望遠、広角レンズにしても、それほどすごい画角ではない。フィルムもASA100(ISO100)程度が限界。しかし、プロはそれを使いこなし、実にうまい。惹きつける何かがある。
70年代になると、カメラは一眼レフが全盛を迎える。露光計(TTLと称した)を内蔵し、露出ミスがなくなる。誰でもクリアーな写真が撮れるようになる。魚眼レンズ、マクロレンズの接写、200mm以上の望遠レンズ・・・万能カメラが出現する。
一眼レフを買い、「俺は写真家」と宣言すれば、写真家に・・・・の時代になる。有名になりさえすれば、なんでもいい。たまたまそれがカメラだった、というカメラマンまで出現する。(ある程度、それは成功した。)
しかし、既存の写真表現を打ち破り、新たな展開を模索した時期でもあったのでは?
東松照明、中原卓馬、森山大道など、その先兵だろう。奈良原一高、平地勲、深瀬昌久、須田一政・・・衝撃的ないい作品を発表していた。あのころが(1960年半ばからの15年間)、日本の写真のピークだったのだろうか?
カメラが使いやすくなるほど、心に残る写真が撮れなくなる・・・・皮肉だなぁと・・・思う。
「綺麗な写真撮っては駄目なのですか?」
影705-20 Ⅱ
「お金儲けしてはいけないのですか?」
村上某の記者会見の言葉と重なって聞こえてくる。
悪わけではない、写真は綺麗なほうがいいのだろうけど・・・
大切なものは目に見えないのだよ・・と、力なく呟くだけ。
それでも、馬鹿にされようが、いい写真が撮りたい。
  1. 2015/02/24(火) 12:33:34|
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畠山記念館へ行く

白金の畠山記念館で冬季展が行われているという。妻に勧められ同行した。
場所は港区だが道一つ隔てて品川区、小生の散歩コースに入っている。
妻は、昔一度行ったことあるようだが、方向音痴。小生の助けが必要と思ったのだろう。

畠山記念館DSC07642
韓国風の石像・・・おそらく韓国から持ってきたものだろう。レプリカ?次回、再び訪れたとき、館の人に聞いてみよう。
畠山記念館DSC07659
畠山即翁は茶人。記念館の敷地内には何軒かの庵がある。これは翠庵。
一時代前の実業家は、趣味人でもある人が多い。
今はその収蔵品を中心に美術館になっている。
そういえば、原美術館も散歩コース内にある・・・・電車を利用すれば、五島美術館、出光美術館、ブリヂストン美術館、サントリー美術館などにも簡単に行くことができる。しかし、こういう企業家は、もう出てこないのだろうなぁ。
時代が違う。今の企業人は金儲けに没頭、趣味に生きることはない。書画骨董のたぐいが、投資の対象になれば別なのだろうが・・・
畠山記念館DSC07667
開館50周年記念とかで、琳派のコレクションを中心に展示されていた。
酒井抱一の絵を見ていると、日本人の美意識に琳派の濃厚な影響を感じる。
西洋の古典絵画に、風景画は少ない。まして、花や昆虫を中心/テーマに描いた作品はない。
掛け軸のフレームも面白い。横長の蒔絵もある。クーデルカのフレーミングを先取りしている。
金箔・銀箔を散らした紋様見ると、クリムトはこの技法をパックったのでないか、など根拠ないでたらめな感想を持つ。
西洋絵画は透視図法で絵画を組み立てていた。現実を正確に描くことが重要だった。
日本の絵は、屏風、襖絵が中心、それに掛け軸の絵が加わるが、題材は主に風景画が多い。故事にまつわる絵も、風景の中の人として描かれ、遠近感は、透視図法で描かれているわけではない。眼前の現実を見て描くというより、風景と描く人が一体となり、その境地を描いているという 印象を受ける。
酒井抱一の掛け軸が3本並んでいた。(総称し月波草花図と呼ぶらしい)
これなんだと思う。今の日本人が、写真を撮ると、こういうフレーミングになる。
野花蟷螂図  薄(ススキ)の葉のに蟷螂(カマキリ)がのり、茎が大胆に画面を切る。地面には鮮やかな紫の花(おそらく桔梗 秋の花だ)を添えている。季節を感じる細やかな心情が伝わってくる。
波上明月図  波が大きく描かれ、その上に明るい月を大きく描いている、波の筆の勢いがすごい。波は白く、月はやや黄を帯び、遠近感を出している。自然と一体化した境地を描いているのだろう。
水草蜻蛉図  水草は菖蒲の花のようだ。紫の色が鮮やか褪色はわずか。高価な顔料を使っているのだろう。葉の先端に蜻蛉(トンボ)が描かれている。これが、日本人の美意識なのだろう。わけもなく納得・・・いいなぁと見とれる。
定年退職した老人が趣味のないことに気づく。あるいは、子供を育て上げた母親が、自分の自由になる時間を持ち、趣味を探すようになる。
カメラがデジタルになり、撮影のハードルが下がる。
フィルム代を気にせず撮影できるし、すぐに綺麗な写真が撮れるから趣味として始め易い。。
いざとるとなると、無意識に琳派の構図をまねている。これは、刷り込まれているのだろう。
花を撮り、風景を撮る。花に感情移入し、自分の気持ちを託した気になり満足する。
畠山記念館DSC07670
できれば琳派の流れに逆らいたいが、これも琳派風かなぁ・・・
畠山記念館から、妻が迷子にならないよう、五反田駅の見えるところまで送り、散歩を続けた。池田山に登り(高低差せいぜい30m位か)美智子妃殿下の生家跡にできた「ねむの木公園」へ行く。
ねむの木DSC07677
梅の樹が一本、ちょうど咲いていた。花は・・・撮りたくないなぁ・・・と思えど、せっかく来たのだからと、記念に撮影した。
梅は写しようがない。剪定するので、花を撮ろうとすると枝が目立つ。梅は枝ぶりをとればいい・・・・と少し下がって梅の幹を撮ってみた。
ねむの木DSC07690
花を撮るなら、バックはなるべく単純にしないと花が引き立たない。暗いバックを選ぶか、青空に抜いて撮るか・・・・
暗いバックを選び、背後に無駄な枝が入らない場所を探し、絞を開け、露光を切り詰め白い梅の花弁とコントラストが出るようにして撮影。花弁に弱く光が当たっていたら最高だろう。これが、梅の花の撮影の基本。すこし、経験を積むと、すぐに気づき基本を守るようになる。そして見栄えはいいが月並みの構図になってしまう。誰が撮っても大同小異。
森山大道が撮ったら、別の梅を発見できるだろうか?
  1. 2015/02/22(日) 14:18:48|
  2. 散歩
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CP+で 出会ったもの

メーカーのブースには、キャンペンガールと呼ぶべきなのだろう、スタイルのいい女性が、にこやかな笑顔を振りまき、カタログを配っていた。
その中の一人を、数名の男性が囲いデジタルカメラでその姿を追う。求めに応じポーズを付ける。ポートレート撮影会の呈をなしていた。
見るとあちこちで、同様な撮影が行われていた。
デジタルカメラは・・・持ってきたが、写す気にはならない。何か抵抗がある。
お散歩カメラにはならない・・・と気づく。
日本カメラ博物館の展示スペースが奥にあった。
そこに 懐かしいカメラが飾ってあった。係りの人に、撮影していいか?と尋ねると、快諾、どうぞどうぞ~~
スタートカメラDSC07248
スタートカメラ!!小生にとっては、写真の原点。このカメラから、始まっている。
「クリスマス」というのがあるのを知らなかった。暮れの12月、父親が嬉しそうな顔をしてクリスマスプレゼントだと言って、箱をくれる。その中にこのカメラが入っていた。
今思えば、朝鮮戦争が終わり、世の中が安定しだした頃だろう。
景気は上向き、占領軍とともにアメリカの文化がどっと入ってきた。
子供に、ものを買って与えることができる時代になったこと・・・父にとっては、誇らしくもうれしいことだったのだろう。
そして、父は猛烈に働いていた。
スタートカメラ
フィルムは高価で、親に買ってもらわないと無理。現像も親に頼んで近くにカメラ屋で行う。どのくらいの写真を撮ったか・・・記憶は定かではないが、奇跡的にネガが1本分(16枚撮り?)出てきた。普通の35mmフィルムを裏紙に巻き付けていたものだと分かった。
62年前の、小生のごく初期の作品ということになるのかなぁ。
遊び友達、家は向こう三軒両隣の関係。しかし、奇妙なことに同じ小学校ではない。
右の一人は三木小学校、左の二人は兄弟で、白金の小学校へ通っているとか。
撮影場所は・・・三木小学校か大崎中学校の校庭。大崎中は戦後の新設中学で、もう少し校庭が雑然としていた記憶が残る。三木小だろう・・・
この三人の消息、今となっては、知る由もない。住んでいた家は、今マンションとなっている。
今改めてこの写真をみると、玩具カメラといえ、意外としっかりと写っていることに驚かされる。
スタートカメラ、数年後にはフジペットに替わっていた。
フジペット・オリンパスペンDSC07249
フジペット、小学生の高学年になると、このカメラに替わった。おそらくクリスマスプレゼントだったのだろう。親が使うMamiya-6と同じ、ブローニーフィルムを使用する・・・なぜか誇らしい気がした。
フジペット小学校遠足
フジペットで撮影したネガは、何本か残っていた。全て、スキャナーで取り込み、PCに保存したはずだが、探しても見つからない。ようやく、見つけたが、違うファイルに偶然紛れ込んでいたもの。去年ハードデスクがクラッシュしたとき消えてしまったのだろう。ネガはある。もう一度ネガを探し・・・PCに取り込まねば・・・・
昭和32年か33年の秋の遠足のとき撮ったもの。顔を見て、5名の名はすぐに出たが、右から2番目の野球帽をかぶった人が判然としない。野村君か村岡君か・・・
現在も居所を知って、連絡の着くのは4名。地元に残ったのは一名だけとなった。
去年のクラス会には、この中で2名参加している。次回はどうなることやら。

オリンパスペン! そうだ忘れていた。東京オリンピックの始まる前から、このカメラを使っている。記憶から抜け落ちているのは、その頃のネガと写真がそっくり紛失しているからだろう。箱に入れて保管していたが・・・それを廃棄してしまったのかも・・・・かろうじて残っていたネガは・・・
オリンパスペン-4
オリンピックが終了し4年、このころは既にNikonFを使っている。ペンはサブカメラ、記録用として使っていたのだろう。Tri-Xを使用。ハーフサイズなので、普通に構えると、縦フレームの写真となる。新潟の叔父さんの家に遊びに行ったときのスナップ写真。当時年齢は60歳くらいか。新潟の田舎で歯医者をしていた。
息子も歯医者になり、同じ場所で開業しているが、年齢は既に写真の叔父さんを超えている。20年近く会っていないが、年賀状の交換はしているので、まだ、互いに生きているということか。
オリンパスペンのカメラを家中探したが、カメラもどこかに消えていた。

写真は個人の記憶を呼び起こす契機になる。その記憶はあくまでも私的なもの。
しかし、そこから、個人をそぎ落とし一般化できれば、時代の記録となる。
時代の記録として写真を見たら、スタートカメラで撮影した一枚が、ベストだと思う。
やはり、これが小生の最初の作品だろう。
  1. 2015/02/20(金) 10:42:55|
  2. 思い出の写真
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横浜夕景   CP+に行ってきました。

Rollei80Sのフィルムが面白くて、その特性を知ろうと 現像条件を変えたり、フィルムを替えて・・・楽しんでいた。
デジタルカメラにほとんど触れていないことに気づく。
CP+の事前登録は、してあった。去年は登録するも、大雪になるとのことで、行かなかった。
今年こそはと、横浜へ向かう。
時代はデジタルだろうと、フィルムカメラを止め、古いNikkor Zoom 35-70mmレンズ付のソニーNEX-3を持ち出す。
横浜散歩DSC07259
メーカーの技術は爛熟している。画素数競争、感度競争もほぼ行きつくところへ来たようだ。すすむはデジタルの尖鋭化だろう。
ブースでは、大きな画面を前に、プロとおぼしき人が得意げに、撮影した美しい風景を、得々と説明していた。
説明のように誰でも綺麗に撮影できるなら・・・・プロなど必要ないのでは?プロはメーカーの太鼓持ち??
まさか・・・そうは思いたくないが、まだ「遠野 2014」の後遺症に悩まされています。
横浜散歩DSC07212 Ⅱ
CP+の会場に行く途中で撮影。横浜散歩DSC07278
これは、CP+を見終わってからの撮影。
赤レンガ倉庫に夕日を撮りに行こうとした。
横浜散歩DSC07323 Ⅱ
夕日の光芒を撮りたかったので、露光は切り詰めた。
横浜散歩DSC07345PS V
地平線に沈むとき、ようやく赤く空が染まる。トーンカーブを調整すると、非現実感のある写真になった。これがデジタルカラーか・・・
横浜散歩DSC07351 Ⅰ
日は暮れ暗くなる。赤レンガ倉庫の壁にレーザー光線でマッピングするショーが始まる。手持ちでぶれるのを覚悟(効果を期待して)撮影してみた。
デジタルって、撮影していて面白い?撮影する感動がどんどん小さくなっていくような気がする。
メーカーに魂が吸い取られていくような・・・・気がしてならない。
  1. 2015/02/19(木) 20:54:06|
  2. 散歩
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戸越散歩  デジタルカメラでモノトーン写真、森山大道風を真似てみる。

若い時、カメラに凝っていた。期間は1960年半ばから70年代の半ばまでの10年間。その頃は、カメラ毎日や朝日カメラを購入し見ていた。その当時の雑誌、ほとんど捨ててしまい、今、書棚を探しても10冊程度、たまたま運よく捨てられなかった雑誌が残っている。その中に、森山大道の写した写真もあった。
このころが、一番いい作品を残していたのではないか?と思う。アレ・ボケ・ブレというが、確かに時代が写っていると思う。この表現法は、日本独特のものだろう。
欧米では、一つの時代を作っていく文化運動がある。シュールリアリズム運動など、その典型だろう。ノイエザッハリヒカイト(新現実主義と訳すのか?)などの運動も起こる。日本は受け手でしかない。
砂丘の写真家、植田正治は、確実にシュールレアリスムの影響を受けている。土門拳はザッハリヒカイト、写実を重んじ、彼の信奉者の写真は「乞食写真」と揶揄された。 木村伊兵衛は、アンドレケルテス、カルチェブレッソンと続く、幾何学的に完璧な画面に、人のある瞬間を固定する、のちに「決定的瞬間」と呼ばれた撮影法の継承者だろう。
植田正治、土門拳、木村伊兵衛 欧米でもその作品は受け入れられるが、欧米人から見たら亜流か変種、「好いね。日本人もこんな写真撮るのだ」という程度の評価だろう。
しかしこの時期(60年代半ばからの10年)は違う。
日本独自の文化運動があったのでは?
東松照明、中平卓馬、森山大道、この三名は抜きんでておかしい。
彼らの撮る写真は、それまでの欧米ではなされなかった、日本独自の写真表現だと思う。
その後、アレボケブレは抑えられ、森山大道氏は、黒の締まった美しい写真を発表するようになる。
たぐいまれな暗室技術で、トーンを作っていく、それも評価できるが・・・・・70年代の衝撃性は失せてしまった。
近頃の森山大道氏の作品、手慣れて、氏独特のトーンは出ているものの・・・面白くないと感じてしまう。
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デジカメで撮った画像をモノトーンに変換、「遠野 2014」のようなトーンが出せないかテストしてみた。
戸越散歩DSC07352
夕刻1時間ほど近所を散歩。30カットほど撮影。横位置で撮影したものを選び、フォトショップの機能をすべて解禁して作成。
明るさの範囲とトーンカーブの機能しか使ったことないので、画像処理初心者だが、効果を確かめながら進めばいいので、安易な気持ちで行ってもOKです。これも、画像処理のハードルを下げる原因でしょう。
印画紙に焼き付けていた時代、効果を確認するため試し焼きをする。部分部分の露光時間を決め、覆い焼きや、焼き込みする。うまく調子がでないと、再度、同じ作業の繰り返しをして、トーンを作っていく。暗室内で格闘が続く・・・大変な作業、コストもかかる。
いまは、PCの画面で効果を確認しながらの作業となった。簡単になった分、緊張感は薄れ、でき上がった写真に対する感激も薄れているのではないか?そんな気もする。
フロントグリル、バンパーの調子は似せられたが、ボンネットの白に表情がない。もう少し輝きが欲しい。ボンネット部分の範囲を指定し、トーンを調整すればいいのだろう。範囲を指定する機能もついているが・・・・バージョンが古く使いずらい。やめておこう。
戸越散歩DSC07358 Ⅲ
カラー画像をモノトーンに変換し、トーンカーブを調整、明るさのレベルを暗くすると、かなり調子は似てくる。アンシャープマスク処理すると、鴉の姿に、白い輪郭が付け加わった。
「遠野 2014」では 樹や電線、コスモスの花に同様の白い輪郭線がでていたなぁ。
こんな画像処理をしていたのかも。
戸越散歩DSC07371
70年代の森山大道、中平卓馬が この場面を撮影したら、印画紙に、アレブレの荒々しくも衝撃的な美しい写真を焼き付けるだろう。
「遠野 2014」にはアレブレボケは陰を潜め、反対に異様にピントの利いたシャープな写真が多かった。
掛けられるだけのシャープ処理を行ってみた。こんな異様感は確かにあった。しかし、黒の締りが今一。部分部分を指定し、トーンの調整をすれば、もっと似せることできるだろう。古いバージョンのフォトショップでは、境界の処理機能がない。
レタッチソフトの優劣が、作品作りに影響するようです。
  1. 2015/02/17(火) 12:15:43|
  2. 写真の技法
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「品川宿 2015」 Kentmere100フィルムで捉える

Kentmere100フィルム、35mmの広角レンズで捉えた品川宿。
Kentmere品川宿704-22
「畳 松岡」はRollei赤外400Sでも撮影している。白黒のメリハリは出ないが、その分目に優しい。
Kentmere品川宿704-18 Ⅲ
古い民家もまだ残っている。外壁が板なので、戦前の建物だろう。この辺りは空襲を免れたようだ。
Kentmere品川宿704-23
外壁が銅板、大正から昭和の様式では?
Kentmere品川宿704-27
窓枠がサッシになっているが、古い建物。こういう感じの家、多かった。両脇は建て替えられ一つはビルになっている。
Kentmere品川宿704-9 Ⅲ
昔と言っても10年ほど前、ここに「幸福食堂」があった。昼の定食を食べた記憶が残っている。今は、駐車場。
景観の変貌ぶりは激しい、特に品川駅の港南口に大きなビジネス街ができてから。
  1. 2015/02/16(月) 12:27:27|
  2. 品川宿
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「品川宿 2015」

「遠野 2014」 に対する反発と憧憬。
コンパクト・デジカメでも、森山大道独特のトーンを作り出すことができるんだぁ。
しかし(プロが)画像処理ソフトに頼るなんて・・・安易だよなぁ、と思いながら、それでもさすがにうまいなぁと画面に見入っていた。(どこが森山大道の力で、どこがキャノン技能集団の力量か、よく分からない。おんぶに抱っこというわけでもない・・・だろうと期待している)
全てを横位置で撮影、上下を詰めて幾分パノラマ風に仕上げている。光はほとんどが順光で撮影されている。強烈な閃光を焚いたと思われる作品もあった。
白黒のモノトーン写真は、逆光を選んで写す場合が多い。しかし、森山大道の写真は違うようだ。順光の写真が多いかも、ストロボを照射して撮影した作品もある。明暗差のあるアングルを狙い、現像は押し気味なのだろう。無理矢理明暗差をつけ、意外感をだす・・・・それが手なのかなぁ・・・
そんなことを、思い浮かべながら、旧東海道を散歩していた。
品川宿706-6
レンズは21mmの超広角レンズを使用。
「遠野 2014」でも広角側のワイドアングルが多用されていたことを思い出す。
フィルムはRollei赤外400S、パンクロフィルムとして使用した。撮影は逆光に近い条件を選んでいる。
品川宿706-31
少し切り詰め気味に露光し、現像を押すと、明暗差のたったネガができる。ネガをPCに取り込み、レタッチソフトで、明るい空を白く潰さず、影の部分を潰さないようトーンカーブを調整すると、それだけで 森山調の画像になった。
品川宿706-9
フィルムの選定が良かったのだろう。TRI-XやKentmere400,Formapan400では、出せないトーンになっている。
品川宿706-7
品川宿706-10
品川宿706-32
「遠野 2014」の風景、空の部分が半円形に黒く焼きこまれたようになっていたが、おそらくレンズにフードをつけて、わざと欠られ、暗く落としたのだろう。そういう小細工も必要なんだろうなぁ・・・(レンジファインダーカメラでは、その効果を確認して撮影できないけど)
大道風のトーンの出し方、デジタルになり、かなり近い線まで似せることできるようになったが・・・やはり、詰めていくとなかなか難しい。
これも、デッサン。写真表現の範囲が広がったと思えば、いいのだろう。
ことしは、旧東海道のこの街並みを、撮影してみようと思う。月一でも。
  1. 2015/02/15(日) 11:00:58|
  2. 品川宿
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品川の宿(しゅく)  善福寺

戸越の里(とごえ)から、品川の宿まで半里程度、時々旧東海道を散歩する。
古い家、今写しておかないと、建て替えられビルになる恐れあり。
古い家、写真に残しておこうと思っている。
品川宿・善福寺704-17 Ⅱ
どんなフィルムを使うか、どの画角のレンズを使うか、フレーミング、天候(光の具合)、露光の与え方、現像液とその使用方法、焼き付けのテクニックで、写真表現は大きく変化する。
写真を始めた頃、如何に適切なネガを得られるか、腐心し、フィルムや現像液をとっかえひっかえし、暗室の中で格闘していました。腕がないのに・・・ 昔の懐かしい記憶です。
建物を撮るのなら広角レンズが良いだろうと、35mmの広角レンズで試していた。フィルムは微粒子Kentmere100フィルム。
場所は、北品川の善福寺。
品川宿・善福寺704-19 Ⅱ
35mmでは少し窮屈。ここはもっと広角レンズだろう。
選んだのは21mmの超広角レンズ。
品川宿・善福寺705-32
フィルムはFormapan400。4日後の撮影。天候により光の具合が異なります。時刻的にも少し早い時間の撮影でした。
品川宿・善福寺705-28
どちらがいいか?となると判断に苦しむ。21mmで撮影した写真のほうが、メリハリがあるようにも思えるが、天候(光)の差が大きいような気がする。2枚目の写真のトーン、小生の好みだが・・・4枚目のトーンも捨てがたい・・・・
どうしたものか・・・
  1. 2015/02/14(土) 14:17:46|
  2. 品川宿
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Kentmere100フィルム

冷蔵庫の中を覗いたら36枚撮りのKentmere100が一本入っていた。
2年ほど前、購入したものだったが・・・何をする積りで買ったのか忘れている。
ボケたねぇと細君に言われそうだ・・・そっと使うことにした。
樹704-7 Ⅱ
樹を撮ったもの。
カメラの指示通りにした。
実際は二絞り不足ではないだろうか。カメラは、逆光の空の光に惑わされたのだろう。
レベルとトーンのスライダーを調整し、白黒のメリハリを強調してみた。
いまだ、「遠野 2014」が小さな棘となって引っかかっている。
今、フィルムを使い写真を撮っているが、ネガをフィルムスキャナーでPCに取り込み、デジタル画像としてプリンターに打ち出している。デジカメで撮影しているわけではないが・・・やはりデジタル写真だろう。
レタッチソフトで、画像処理しても、非難されるべき行為ではないだろう・・・・が。
しかし、レタッチソフトで森山大道調の誇張したトーンを作るのには・・・まだ、違和感が残っている。安直すぎやしないか?
明るさのレベルの調整(露光時間)と、トーンの調整(印画紙の号数のようなもの)程度で充分ではないか、と思う。
スポッティングツールは便利。こんなにもごみが多いのか、と驚かされた。トリミングの矩形ツール、それと、コメントを書き込むツールは使っている。
覆い焼きや、焼きこみは、したいのだが・・・古いフォトショップなので使いにくい。どうしてもという時でないと使わない。
樹704-8 Ⅱ
カメラの露光計より一絞り開けてシャッターを切る。もう一絞り開けたほうが、トーン豊かな写真になっただろう。
フィルムで撮影する以上、光を読み、何を表現したいかで露光のレベルを決め、それに合った現像条件を選ぶのが重要だと思う。
フィルムを選び、切り取るための画角を考えレンズを選ぶ。
ズームレンズだと、レンズの選びようがなくなる。
古いのかなぁ・・・
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と、もう一度、冷蔵庫の中を見ると、2年以上保存されているブローニーフィルム 5本パック、二箱を見つけた。
もうすぐ 期限がくる。 撮らなければ・・・・
  1. 2015/02/11(水) 19:18:39|
  2. 写真の技法
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Rollei赤外400S

去年 秋の撮影会用に 赤外線フィルム 100フィート缶 一缶を購入し、2本分ほど使用した所で、使い残したフィルムを缶ごと冷蔵庫のなかに入れ保管していた。使用期限は2016年3月、部屋の中だと、おそらく今年の夏は越せないだろう。フィルムが劣化し大きな斑点がでて使えなくなる。これは、赤外線フィルムの宿命だろう。
Rollei赤外703-8
心配になり、取り出し、マガジンに詰め、使ってみた。
Rollei赤外400Sフィルムはカタログによれば810nmまで感度を持つ。一方Rollei Retro80Sは、赤外部775nmまで感光する。たった35nmの違いだが赤外線効果は、確かに違うようだ。しかも、普通のパンクロフィルムとして使えるので気に入っている。しかし、現像が、少々厄介なこと、フィルムの保管に気を使うのが欠点だ。
Rollei赤外703-9
粒状性は細かく、ISO=400で使用でき、TRI-Xよりずっと高精細なネガを得る。パンクロフィルムとしても優秀。
Rollei赤外703-18
夕方、西の空をバックにR72フィルターをつけ、赤外線フィルムとして使用した。空は暗く落ちなかったが、樹の葉は白く浮き出た。        
Rollei赤外703-23
順光、晴天の条件なら立派な赤外線写真となる。
幸いなことに品質は劣化していない。 
  1. 2015/02/08(日) 17:05:51|
  2. 写真の技法
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Rollei Retro 80S フィルム

年末に 100フィートの長巻フィルム一缶を購入、どんなフィルムか、条件を変えテスト撮影。
現像条件の割り出しが 意外と難しかった。
あっという間に一缶、使い切ってしまった。
それだけ、新鮮な驚きと、戸惑いがあったということ。
フィルムのテストは終了。
昨日、ネットで一缶注文、これからは、気の向いたものを、ゆっくりと 撮影しよう・・・
今まで使っていた、TRI-X、Kentmere400、Formapan400とは、かなり性格の違うフィルムです。
760nm近くの赤外部まで感光性があるフィルムなので、フィルターを使えば、赤外線写真らしきものまで、撮影が可能。
自然教育園702-26a
R72フィルター(720nm以下の光をカット)を付けて撮影したもの。早春の高原の雰囲気が出ました。
勿論、都会の真ん中。港区、白金の自然教育園で撮影。
イルフォルドの赤外線フィルム、SFX-200フィルムに近い感じがします。Rolle赤外400Sと比べても・・・・赤外線効果、それほど差がないかも。実は、Rollei赤外400S一缶、冷蔵庫に眠っています。そろそろ使い切らないと・・・・
目黒通り694-19
このフィルムの特徴は、光のダイナミックレンジが広いこと。暗いところから明るい光まで、記録してくれる。(人間の眼ほどではありませんが)
歩道が暗く潰れることなく、写っています。
中央公園700-22
明るいところは飽和せず、暗い部分のディテールも残る。銀粒子は細かいので、画面は滑らか。
目黒700-13 Ⅱ
Tri-Xなどの高感度フィルムでは、出せないトーン。
それに、現像条件を選べばISO=25~ISO=400で使用できそうです。
もう少し、使い込めば(経験値がまだ足りない)、このフィルムの特性を発揮する光を発見できるでしょう。
楽しみなフィルムです。
  1. 2015/02/06(金) 17:16:44|
  2. 写真の技法
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トーンを作ってみる

フィルムの時代、特に白黒フィルムをプロが使用していた時代、プロにとって暗室作業は、作品の良し悪しを決める、重要な技術だった。印画紙に照らし出された画像の一部を、手や切り抜いた紙などで、部分的に隠したり、焼きこんだりし、全体のトーンを整えていた。それを称し、木村伊兵衛など、暗室内で踊っているようだったと語られている。
「トーンを整える」技法から、さらに「トーンを作る」に踏み入ったのが森山大道氏の技法だろう。しかし、それはあくまでも、フィルムに記録された銀塩粒子を、引き出し、一部分のトーンを限定し調整したもの、切り貼りの合成写真ではないと思う。
大道調とも呼べる白と黒の対比が美しい写真、味わいたいなら、今開催されている「遠野 2014」はお勧めの写真展だろう。
遠野物語-1
展示会で無料配布されていたポストカードによれば、2月9日(月)まで開かれている。(8日の日曜は休館です。)
フィルムで撮影し、氏自ら印画紙に焼き付けたものであったら、また、感動と圧倒される思いで見続けたのでしょうが・・・途中から、これはレタッチソフトで編集したものと気づき・・・・フィルムの時代の終焉を宣言されている気がして、少々落胆した。
森山大道調の特徴は、白と黒の占める割合が多い。しかし、中間のトーンがないわけではなく、豊かにちゃんと記録されている。現実(を描き出す中間トーン)と非現実(白黒の対比)を同居させ、日常の街の風景を、ドキッとした別世界に変換する。
黒の美しさは格別である。
ポストカードの写真、全紙大全倍大に伸ばされ飾られていた。部分部分に様々な画像処理が施されているのだろうが、境界がわかりにくい。フィルムで印画紙に手作業で焼き付けているものなら、じっと観察すると、少しずつ境界らしきものが見えてくるのに・・・・
遠野物語 部分-3
これは、ポストカードの樹の部分を拡大したの、フィルムで、このようなエッジを入れるのは難しい。入れるとしたらソラリゼーション現像だが、ネガの一部だけソラリゼーション現像するのは、極めて難しい。
この部分、二次微分フィルター(ラプラシアン)処理したのかなぁ?
エッジを作る画像処理にはどんなものがあるのだろう?
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朝 起きてみると雨。予報では雪。雪が降ったら・・・「寒」の撮影にカメラを持って外出するつもりだったが、雨なので、PCの前に座っている。
暇だ。トーンを作ってみよう。古いフォトショップを開き、練習になりそうな画像を探す。白と黒の多い画像とは・・・夕方の風景だろう。
夕景原画688-11
選んだのが1月の始めに撮影した大崎高校横の夕景。
現像し、ネガをPCに取り込んだもの。
スキャナーに取り込むとき、光の範囲(スパン)を指定し、PCに取り込んでから、トーンカーブで全体を調整している。極端な画像処理はしていません。印画紙の号数を選んだようなものです。
688-11 トーンを作る
フォトショップ、もう10年以上このソフトを使っているのに、フィルター機能を使うの初めて。
Window98の時代から使っている。XPでも使えたが、8.1のOSになると、メモリー管理が甘いのか、時々ハングアップする。スタックがシステムとぶつかるらしい。
フィルターを開け、全体を シャープ処理→アンシャープマスク→平均化→トーンカーブの調整
の4つの操作で、画像は、森山大道調に近づいた。こんな簡単な操作で・・・できるなんて!?
ものの30分もかからず、ここまでトーンを作ることができた。印画紙に焼き付け、効果を確認しながら・・・となると、なかなかできるものではない。(労力と費用の点で)
トーンを作る688-11 Ⅲ
更に一部分を指定し、トーン調整(覆い焼きのようなものか)を施してみた。30分も格闘すれば、この程度の映像が出来てしまう。
最新版のレタッチ・ソフトを使用すれば・・・・もっと簡単に、もっと森山大道風に近づけるのだろう。長い習練が必要な暗室技術も、デジタルになり手軽にできるようになったということか。
「遠野 2014」 フィルム時代の終焉を知らせる晩鐘なのかもしれません。
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P.S 
使用デジカメはキャノンPowreShot G7X   2000万画素程度のコンパクトデジカメ。
使用プリンターは、キャノンのプロ仕様プリンターPROGPF iPF9400。
額装は90cm×70cm、作品は、90cm×約50cmの大きさにプリントしてあった。
全て横位置で撮影。縦位置で写したものがない。
光はほぼ順光を選んで撮影している、逆光で写したものはない。やや逆光気味の写真が1,2枚あった。
ストロボなどの閃光を使ったショットもあったが・・・・どのように光をセットしたか・・・読み取ろうとしたが、わからなかった。
縦横比は約1:1.8 ややパノラマ風にトリミングしてあった。
2000万画素を全倍大に引き伸ばしてある。それでも、エッジが立ってボケた感じはしない。キャノンの技術力を見せつかるための展示会だったような気がします。
アマチュアの方で半切でなければ写真でないと思っている人、どれだけいるのだろう?
4つ切りで充分満足している身からすると、すごい世の中になったものだと思う。
ルイスキャロルのように、写真から身を引く人、ありや無しや?


  1. 2015/02/05(木) 12:55:37|
  2. デジタルで遊ぶ
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トーンを調整する写真から、トーンを作る写真へ。

品川の キャノンギャラリーで森山大道の写真展「遠野2014」が開かれている。
散歩の脚を少し延ばし見てきた。
コンパクト・デジカメで撮影したカラー画像をモノトーンに変換したのか、最初からモノトーンモードで撮影したのかは不明。
デジタルで撮った作品。
いつもの、白黒の美しい独特のトーンで、まとめられていた。さすが、森山大道だと、圧倒されたが、次第に見慣れてくると・・・不安のほうが大きくなっていた。
行きつくところまで、来てしまったか?
2年ほど前見た、森山大道の写真展は、全てフィルムで撮影したもの。作品の細部をよく見ると、暗室内で印画紙と悪戦苦闘する氏の姿が想像できた。この部分は焼き込んだ、ここはマスクを切り抜き覆い焼きしたのか? そんな箇所を探しながら、全体のバランスを見る。すごい感性とそれを支えるテクニックだと・・・そうそう、真似できるものではないと感嘆していた。

「遠野2014」 2年前見た作品より、写真の品質は高いのだろう。細部を見ても、画像処理したであろう継ぎ目が良くわからなくなっていた。
しかし、部分部分を見ると、エッジが立った部分があったり、妙に白のコントラストが高い部分、ピントが不自然な部分などを見つけていた。しかし、境界はわからない。ぼかし方もうまい。
これは部分的ソラリゼーション処理したのか?この部分はトーンカーブをいじっている。空間フィルター処理(ノイズj除去、エッジ強調、平滑化)をこの部分には施している・・・と、想像できる。電線の部分は、ラプラシアン・フィルターか?この部分はアンシャープマスクか?など、考えながら、作品を見ていた。
すると、次第に森山大道氏の姿は後ろに下がり、ただ指示しているだけとなる。実際に写真を作っているのは、優秀なキャノンの技能集団になっていくような気がした。デジカメの画像処理に関しては、最高水準の企業である。優秀な人材は豊富だ。こうしたいと言えば、即座に画像処理のプログラムをライブラリーから探し、要求に答えてくれるだろう。
富士のデジカメには、プロビアかベルビアというモードがあるそうだ。
そのうち、キャノン・デジカメのエフェクトモードに「森山大道風」というモードがつけ加わる・のか・・・
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写真のネガが、湿式から乾式に変わったとき、ルイスキャロルは、きっぱりと写真を止めている。
乾板を購入して写真を続ければいいのにと思うが、それが許せなかったのだろう。
湿式で彼以上、上手に写真を撮る人は稀だったから。
手仕事としての写真は終焉を迎えているのかも。
「所詮、写真は現実のコピーさ」と、森山大道氏は達観しているのだろうか?
森山大道氏の暗室技術はすごい。フィルムに残る銀塩からトーン取り出し、画像を作る技術はピカイチだと思う。
しかし、氏はフィルムを捨てることになるだろう。
フィルムより、デジタルのほうが、自由度が高く、氏の好むトーンを作ることができるから。
それでも、フィルム?
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画像処理に頼るのは好きではない。 
終焉を迎えたとしても、手仕事が好きだ。
687-11 Ⅱ
10年以上前のバージョンのフォトショップを使っている。境界を自動でぼかす機能もなければ、一次微分、二次微分の空間フィルターもない。あるのはトーンカーブと、明暗のレンジ、それでも、異様な(見慣れない)トーンを作ることはできる。
687-5 Ⅱ
1時間もPCの前に座り、試行錯誤し、トーンを作っていくと、いつもとテーストの違うトーンを作ることができた。
こんな、使い方・・・あまり好きでない。これを追及してなにか出てくるだろうか?
みんながみんなやりだしたら、陳腐な表現に成り下がっていく。感動を強要されたような陳腐な不愉快感が残るようになるだろう。。
トーンを整える程度で、止めるべきだと思っている。
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去年、写大美術館でみた「アクシデント」展のほうが、「遠野2014」展より、良いと思う。
  1. 2015/02/04(水) 19:01:08|
  2. 写真の技法
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雪が降る

1月30日 朝起きると、雪が降っていた。
積もればいいが・・・と呟くと、細君(老妻と表現できなくなりました)が笑って、雪が降って喜ぶのは子供、親はやれやれだった、と昔、幼稚園に娘を通わした頃の話をしだす。
こちらは、それどころではない・・・と言ったら、また馬鹿にされるだろう。
参加している写真クラブ、2月定例会のテーマは「寒」、雪が積もれば、写真になる。
しかし、積もる前に雨となり、雪景色を撮ることはできなかった。
雪が降る701-4 Ⅱ
かろうじて撮影した一枚。
35mmの広角レンズを選び、仰角のフレーミングをしたこと。
スローシャッターにして、雪の流れをだし、
ストロボを強制発光させたこと、(後幕シンクロできたらなぁ)
かなり技巧的。
これでも、ストレート・フォトでしょう・・・・ね。
  1. 2015/02/02(月) 11:07:00|
  2. 写真の技法
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塀の中   塀の紋様が面白いと撮っているだけですが・・・・

塀の中・・・・刑務所のことではありません。
散歩していると、工事現場に出会う。
思わず何だろうと覗いてしまう。
塀の中700-17
どうやら、公園を作るようだ。
塀の中700-33
ネットが張ってあって見づらいが、研究棟を建てているようだ。それとも製剤工場か?
塀の中700-36 Ⅲ
見えるようで見えない。丈夫な金網。いまどき 企業スパイ、こんなところから忍び込まないだろう。もっと巧妙だ。
塀の中DSC07106
これだけ高い塀をめぐらすと、なかで何が行われているか不明。
通行人の安全を考慮し・・・まぁそんなところだろう。小生も、塀に薄らと映る都会の景色を発見し、これ撮れるだろうか?と、シャッターを切っただけ。

しかし、この塀が、不都合な真実を隠すものであっては困る。乗り越え、なかを見る、複眼的思考、それがデモクラシーの基本だろう。
イスラム国の事件、メディアの放送を聞いていると、何故か見方が一方方向。どのチャンネルも同じ内容。
これには困った。ニュースソースは一つ? 情報が統制されているのでは?信用していいのか?という疑念を生じる。

明治時代、開国した日本はあまりにナイーブ。
列強の狡猾な掛け引きに対応できない。
先生役のイギリスの眼で世界を見ていたという。
イギリスの脅威は帝政ロシアだった。
戦後はアメリカの眼で、世界を見ているだろうか?
単眼より複眼で、見るべきなのだが。
塀を乗り越え、現地で取材し、見た現実を伝えたいと、ルポライターは悪戦苦闘している。
しかし、メディアが、それを取り上げているとは思えない。
取り上げていたら、違う内容の番組となり、より一層深く、ことの真相を解明できただろう。
後藤健二さんの殺害を知らせるニュースが、走る。暗澹たる気持ちになる。素晴らしい人を一人失った。
危険なところに行ったのだから、自己責任だと、切り捨てるのは、思考停止だろう。
誰かが行って見聞きしないと、一方的な見方になってしまう。
いつの時代も、メディアの発表は、各国政府の思惑のなかにある。
戦争中の新聞は、全て、政府の統制を受けていた。
そして、一般受けするニュースをラジオ、新聞は取り上げていた。
先の大戦で、複眼的視点をもつことの大切さを、日本人は学んだはずなのだが・・・
デモクラシーを守るために戦った人、それが後藤健二さんだったのでは。
父が生きていたら、どんなコメントをするかなぁ・・・
  1. 2015/02/01(日) 17:31:03|
  2. 都会の景観 Tokyo
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プロフィール

Alchemyst Sasaki

Author:Alchemyst Sasaki
Phone-Cameraの時代、フィルムで撮ることの意味合い、意義はあるだろうか?と懐疑的になっている。写真の置かれている場所・期待・求められているものが根底から変わってしまったのかもしれないと思っている。
それでも、もう一年白黒フィルムで遊んでみるつもりでいる。

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