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本当に大切なものは見えない

古いフィルム・カメラで、ありふれた身の回りを撮っています。日常の中の一瞬を捉え、読み解く写真になっていれば・・・

大晦日  戸越八幡へ 

正月の支度で忙しかったのは、数年前、母が存命だったころまで。
この頃は、世間との付き合いも疎くなり、静かに時間は過ぎていく。
大晦日、毎年近くの戸越八幡へ初詣していたが・・・どうなることか?
師走の慌ただしさは、なくなった。おせち料理も、有名店に頼んだ宅配になっている。
二人では、たくさんの料理は、いらない。のし餅を包丁で切る儀式もなくなってしまった。
それでも、正月はお酒だろうと、酒を買いに外出する。
ついでに、八幡様にお参りしておこうと、境内に入る。
大晦日DSC06940
甘酒、ラーメン、たこ焼き、樽酒など、屋台の設定で忙しい。若い夫婦が、護符を焚くために訪れている。狛犬、その姿をじっと見つめていた。
大晦日DSC06966
狛犬、どんな思いで こちらを睨んでいるのか?
大晦日DSC06976
思わずシャッターに手が行っていた。
「駄目じゃないか」 狛犬の叱責する声が聞こえたような気がする。
また、盗撮してしまった。
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息子から 細君に、大晦日に帰るが、元旦には戻るとのメールがあった。
日本海側は寒波、大雪の予想が出ていた。
飛行機が飛ばないと、戻るのに時間がかかる。陸路となるが、鉄道も不通になる可能性が高い。
来たとしても、何時間も、家にいることはできないだろう。
無理しないでとの返信メールを送ったようだ。
娘は、今日も友達に会うと、出掛けたまま。
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来年は どんな年になるのだろう。
咳をするのも一人・・・にはならないだろうなぁ・・・と、そっと老妻(いえ細君でした)の顔を思い浮かべていた。
まぁ、なにか 来年も いいことあるだろう。
楽天的でないと長生きできない。

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  1. 2014/12/31(水) 20:38:21|
  2. 都会の景観 Tokyo
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影を撮る

モノトーンで撮る場合、光の陰影が全て。
どうしても逆光気味の光の状態を探し撮る場合が多い。
カラーでは、色彩の美しさを求めるので、光はなるべくフラットに当たっているところを切り取ろうとする。
そこが、カラーとモノトーンの違い。モノトーンは、光に対する感覚が鋭くなるのではないだろうか?
特に、露出計のない昔の機械式カメラを使っていると。
師走、大崎近くを散歩して、陰を撮っていた。
陰686-11
レンズは1939年製のゾナーT 50mmF:1.5 バンパーに当たる日の光にゴーストのような滲みが出ているが、全体にフレァーがかかることなくコントラストは高い。
建物の壁の質感も失われることなく写っている。道路の白文字、マークもコントラスト高く描写できている。
陰686-12
都会の光は複雑。この光は、ビルの反射光。向かいの高いビルから来ている。
陰686-14 Ⅱ
これは、完全な逆光で撮影。少しゴーストが出ている。
それも味わい。
現在のレンズは、コーテング技術が発達し、コントラストが高く、ゴーストも抑えられているだろうが・・・・
この75年前のレンズで満足している。フィルムが手に入らなくなるまで、使い続けるつもりです。
カメラも、修理不能になるまで。

年末になり、昔のネガを整理していたが、モノクロ銀塩のフィルムは、昔のほうが銀の量が多かったようだ。
メーカーの技術開発があり、品質を損なわない範囲で銀の使用量を下げ、コストカットしてきたのだろうか?少しずつ行われていたのでは・・・わからない。
それが、少し気になっている。
  1. 2014/12/30(火) 10:50:23|
  2. 写真の技法
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秘密の滝・・・?

滝百選に選ばれること・・・あるはずもない。
小さな滝だが、滝としての風格はある。
この渓谷に足を踏み入れる人は稀、
一年でも数人だろう。
知られずの滝・・・まさか、そんなこともない。
子供の頃、ここは枯れ沢だった。
沢の上を走り回った記憶が残っている。
落ち葉散る滝685-5
久しぶりに訪れると、銀杏の葉が両岸に散り、冬の到来を知らせていた。
近くの樹に身を寄せ、肘を固定し、そっとシャッターを切っていた。
  1. 2014/12/29(月) 10:52:00|
  2. その他 
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街路樹を撮る

散歩しながら 街路樹を撮ることは少ないが、それでもレンズを交換すると、どんな風に撮れるのか、テストすることがある。
街路樹21mm601-13
街路樹なので 縦位置で撮ることになる。超広角レンズなので舗道から上まで入れようとしたが・・・これ以上近づくと車道にでて、クラクションが鳴り響く。
街路樹24mm667-31
24mm広角で近づき仰ぎ見るようにフレーミングした。ビルの空の部分は余分だった。上をカットしたほうが、高さは出ただろう。
街路樹28mm602-13
広角レンズとしては28mmが使いやすい。露光はビルを暗く潰さないように1~2絞りほど多くなっている。空、特に月に合わせても良かったかなぁと思う。
街路樹50mm651-3
標準レンズ、使いやすいが、オーソドックスなフレーミングになりがち。
街路樹70mmDSC06559
珍しく35-70mmのズームレンズを使用。望遠側70mmでフレーミング。フルサイズ換算105mmの望遠。背景に余分なものが入らないよう気を使い撮影。
もう少し撮影位置を右にづらし、街灯を避けて撮りたかったが、太陽光がレンズに入るので、この位置が限界。後ろに下がったら、もう少し長い望遠レンズが必要です。
樹そのものを撮影するなら、200mmなどの望遠レンズで、遠くから切り取ることもできるが、まわりの状況も入れてこそ、街路樹です。あたりの雰囲気まで視界に入る広角レンズがいいと思う。 小生は28mmレンズが好きだ。
街路樹・双葉町50mm682-3
たまたま、散歩して発見した撮影ポイント。冬を迎え剪定が終わっていた街路樹。50mmの標準レンズで撮影できました。
300mmの望遠レンズで切り取ったようなフレーミング、こういうこともあり得るのが面白い。
  1. 2014/12/28(日) 22:17:04|
  2. 写真の技法
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境界の向こう

年の終わりが近づいたので、この一年撮った写真から ベスト40を選別しているが、今年は、フィルムだけでなく、デジタル・カメラでも たくさん撮っていた。カラーでも ベストを探そうと思った。
デジタルでは、フィルムよりたくさんのシャッターを押している。
たくさん写し、選別するのがデジタルの特性。おそらく5000カットくらいは撮影しただろう。
簡単に写るので、たくさんシャッターを切ったが、どうにか合格と思うカットは意外と少ない。ようやく100カットほど選んだ。
白黒フィルムからは一次選定で約300カット。
良いカラー写真を撮れなかったのは、カラー写真に関し初心者だからだろうか?
候補の中に2点、映り込みの写真が入った。
水底の世界DSC06660
2,3年前より、水面に写る光景が面白く、気づいたら撮っている。目黒川の川面に映る光景を、白黒のフィルムで撮影することが多かったが、この頃は、デジタルカメラで撮ることが多くなった・・・・が、面白いと思えるショットは少ない。
水底の世界DSC08627
これなど、19世紀末のスタイケン風写真になっている。
水底の世界2262-15 Ⅳ
これは候補から外れたが・・・カラーフィルムの発色に非現実性を感じている。
水底の世界DSC06627 Ⅱ
これは、候補にならない。デジタルカラーは 即物的、説明しすぎで、空想の入り込む余裕が少なくなる。色情報を消し、抽象したものでないと・・・空想の羽は、はばたかないのだろう。やはり、モノトーンかな。
  1. 2014/12/26(金) 21:55:38|
  2. 映し出された世界
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白金 自然教育園まで 

紅葉を愛でようと 白金の国立自然教育園へ 行く。
白金自然教育園までDSC06759
五反田、NTT関東病院へ向かう途中。冬の午後の陽ざしがガード明るく照らしていた。
白金自然教育園までDSC06775
関東病院の裏手にある池田山公園にて。 深い山奥にある管理小屋の風情がでたと思う。
白金自然教育園までDSC06779
池田山を登り、白金の台地へ、都迎賓館前、首都高目黒線と目黒通りの交差点にて。シロガネーゼか?
自然教育園は、すぐ近く。
白金自然教育園までDSC06833
スカート姿に、中学生? 少女? この寒いのに・・・見ていたら、異国の人で、東南アジアから来た成人女性モデルらしい。4名ほどのスタッフが対岸にいて撮影していたようだ。Visit Japan. 宣伝よろしく。
白金自然教育園までDSC06801
12月中旬 紅葉が盛りとなっていた。
  1. 2014/12/25(木) 20:27:54|
  2. 散歩
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一本のフィルムから   (Minolta Hi-Matic F とFormapan400フィルム)

午前中は家の中でごろごろし、午後になるとカメラを携え散歩に出る。それが日課になっている。
しかし、寒さが身に染みるのか・・・外に出るのが億劫になっていた。
あれ、まだいるの?という細君(老妻と呼ばれるのが嫌なようだ)の声/視線に、ようやく重い腰を上げる。
冬の陽は早い。すぐに夕暮れが迫ってきている。
この頃は、軽いMinolta Hi-Matic Fに手が伸びる。フィルムはFormapan400。
バカチョンカメラと呼んだらメーカーは憤慨するかも。確かにレンズは優秀(というより枯れた技術のテッサー)写りに問題ない。38mmという広角気味レンズなので、距離合わせも容易、ピンボケ写真は少ない。(ないと断言できないが)絞りは四角形、この辺りはコストダウンしている。しかし、広角レンズでボケを楽しむこともないと割り切っているは正解だろう。
一本のフィルム684-1 Ⅱ
12月8日 写真クラブの講評会が新橋で行われた。例会後、一人新橋の呑み屋街を彷徨し、数枚シャッターを切る。クラブの面々は風景写真が主なので、こういうところまでカメラを持ってきて撮影する気にはならないようだ。カラーで撮って面白い被写体ではないでしょう。
一本のフィルム684-4
12月10日 「今日は行かないの?」の声に、カメラを持ち外へでる。第二京浜国道沿いに五反田へ向かう。家を出るのが遅すぎた。途中で日没となる。
一本のフィルム684-8
12月12日 まだ陽のある3時ごろ家を出たが、戸越公園内をぶらぶらし、下神明の駅に近づいた頃には日は傾いていた。まだ明るさのある空の下、子供が「タコの滑り台」の上に座り夕日を見つめている。この子は大物・・・と思いながら、一枚撮影。実際はもっと明るい光景ですが、全体を暗く焼きこんでみました。(これも写真表現)
一本のフィルム684-10
12月14日 大崎駅近辺を散歩していた。夕暮れ、コンコースにはサラリーマンの影あったが、空とコンコースの露光が違いすぎ、人影は黒く潰れる。自動露光カメラの限界だろう。二絞りほどプラス補正したいところである。
一本のフィルム684-17 Ⅱ
12月19日 目黒区と品川区の境にある林試の森公園へ。
逆光の条件でも 雰囲気をよくとらえている。高級カメラで撮っても、小生の腕では、これ以上は望めない。
なんでわざわざ・・・高価なカメラを欲しがるのかと反省。デジタル・モノクロームカメラ、手は届かないし・・・

寒いので、活動的でなくなっている。一本のフィルムを撮り終わるのに二週間も掛かっていた。
季節が良ければ(暖かければ)、1週間で1,2本のフィルムを使っていたのに。
ベルトがきつくなってきました。寒さに負けず、散歩しないと・・・・
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先日 林試の森へ散歩したとき、ついでにと三宝カメラまで足を伸ばしてみた。
棚を見るとキャノネットQL17に1000円の値札がついていた。昭和40年頃のカメラ、懐かしい。
母が使っていたのは、それより4年ほど前のキャノネットQで F:1.9のレンズがついていた。
レンズシャッターで、レンズ交換はできない。中級カメラという位置づけだが、レンズ性能は一流。
撮れた写真を伸ばし、自慢していたのを思い出していた。
Minolta Hi-Matic F 中古の棚に載ったら どのくらいの値がつくのだろう?
棚ではなくジャンク品扱いでかごのなかかも。100円? 500円? 
それでもよく写る。もう少しカメラに、そして、それを作った人たちに、尊敬の念を持ってもいいような気がする。
この時代までは、 カメラは消費材ではなかった。
  1. 2014/12/23(火) 11:21:15|
  2. 散歩
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散歩と月 

毎年、年末になると、この一年撮影した写真の中から、気に入った写真を40枚ほど選び、A4の大きさにプリントしてファイルしている。年間約80本のフィルムを使い、3000カットくらいの写真を撮っている。完全に失敗、見るに堪えない写真は没にするが、八割がたはデジタル化してPCのハードディスクに入っている。(約2400カット)
改めてPCの画像をチェック。最初の選定をようやく終え、約300枚の候補を選んだ。
Windowフォトビューアで、次々に画像を出してみる。
大したもの撮っていないなぁ・・・と少々落胆。
蓼科でたくさん撮った写真で候補に残ったのはわずか4点だけ。桜や梅の写真、花の接写も撮った割には残るのは少ない。新鮮な切り取り方は皆無。目新しい光景にも出合えなかったのだろう。
月の写真が画面に出てくる。
去年から今年の初めごろ、「月と百日紅」を撮りたくて悪戦苦闘していた。高い空に掛かる満月を百日紅の樹と絡めて撮影するには、無理があった。(明暗差がありすぎ)
二重撮り 古いフィルムカメラでは可能な技法。あるいは、2枚のネガをつくり、重ね印画紙に焼き付ける・・・現在なら レタッチソフトでレイヤーを重ねる。 或は 切り貼り合成(モンタージュ)し、狙う構図の「絵」を作ることはできる。全て試したが・・・作為が出すぎて面白くもない。
結局、強力なストロボ照射でどうにか、「月のうさぎ」と「さるすべり」のコラボは写せた。
「月」 魅力的。地上の人間界を静かに見ている感じがする。「馬鹿だなぁ、人間は・・・」などと上から目線で見ている感じはしない。ただ、静かに見ている、人間の存在など眼中にないのかも。地球が生まれたときから、見続けているのだから。
戸越の月623-10
陽の沈む頃が地上と月の明るさのバランスする絶好の撮影タイム。満月なら、地平線から出て間もなく30分くらいまでだろうか。その場合は望遠レンズで切り取らないと、地上とのバランスが悪い。
目黒の月638-13
新月の頃なら、日没のころ月は高い空にある。広角レンズで狙えば、地上とのバランスをとることができる。月齢が進むにつれ、広角から望遠にレンズを換えて撮影するのが、コツの一つだろう。
赤外線フィルムを使い、空を暗く落とすのも、効果的だと思う。
大崎の月623-12
鴉が飛んでいたので、咄嗟にシャッターを切ってた。右に45度くらい回転させると水平になります。ビックリして、シャッターを押したとき、45度くらい傾けてフレーミングしていました。
大崎の月、新橋の月682-11
あと30分待てば・・・月の位置がベストになりますが・・・遠くのビルからの反射光の影が消えてしまうでしょう。一期一会、いいなと思ったら、だめもとでシャッターを切る。
大崎の月、新橋の月682-23
85mm位の望遠レンズで切り取る構図です。うさぎの耳、写っていました。
月・・・何かある。
冬の東京の空は意外に澄んでいる。月齢10日あたりがねらい目だろう。 次回は 大晦日あるいは元旦か? その後は1月の終わり、あるいは2月の終わりごろ。期間は限られ、撮影時間も短い。空が澄んでいたら、挑戦してみるか・・・寒いだろうけど。



  1. 2014/12/20(土) 16:26:15|
  2. 都会の景観 Tokyo
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そして 誰もいなくなった ・・・・・ 千葉 白里海岸にて 

白里の町に行く用事があり、出掛けた。昔なかった道ができたり、見もしなかった建物がたち、目標を失い、ついに迷子になる。
道を何度となく地元の人に聞き、記憶とすり合わせながら進みようやくたどり着く。
着いたのは約束の午後1時半、「昼ごはんの時間」がなくなってしまった。用事が終わったのは三時。このまま、東京にとって返し、途中でレストランでも見つけて・・・とは考えたが、せっかく白里まで遠出したのだから、白里海岸まで行って、九十九里の浜を眺めながら、遅い昼食をとってもいいだろうという気持ちになる。
15分も走れば・・・と思ったが、やはり、迷子。海岸の料理屋に入ったのは3時半を回っていた。
料理屋の2階から、九十九里の浜が望めた。急いで食事し(お腹が減っていたこともある)、終わるとデジカメを抱えすぐに海岸へ降りて行った。
そして、誰もいなくなった-1DSC05872浜には数人の人影がある。 カメラはSony NEX-3 レンズは例によってE16mm F:2.8 軽いのでこの頃は持ち歩くことが多い。今のミラーレス、優秀です。20cm近くまで近づくことできる・・・・もう一歩貝殻に近づいて撮ればよかったかも・・・と反省。
この貝殻、牡蠣では?砂地に牡蠣は生息するのか?それとも別の二枚貝?? 帰ってきてPCに取り込んで、はじめて疑問が出てきた。撮影後、手に取って確認すればよかったとおもう。(人為的に触れて、移動させ、画面を作るのは、小生の撮影ではご法度の行為。そんな心の倫理に縛られて、お散歩カメラをしています。だから、手にとって・・・確認ということ、思いつかないのでしょう。馬鹿ですね。) 
そして、誰もいなくなった-2DSC05946続けて5カットほど連続で撮影した。2秒に1枚くらいの間隔でしょう。その中の一枚。犬が走り始め、さっと砂丘の先に消えていきました。
そして、誰もいなくなった-3DSC05958 TrimmingⅠこのカットだけトリミングしました。50mmレンズで切り取るべき構図です。
強い風が、砂浜を吹き抜けていく。
そして、誰もいなくなった-4DSC05976 夕日が地平線に沈もうとしている。人影も少なくなってきた。
そして、誰もいなくなった-5DSC05990
振り返ると、影が地平線に向かい長く伸びていた。
そして、誰もいなくなった-6DSC05997
見渡すと、誰もいなくなっていた。




  1. 2014/12/18(木) 11:12:13|
  2. 散歩
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踊りの練習を撮る

今年の夏、旧知の女性から「阿波踊り」に出るので、「撮る阿呆」にならないか というお誘いのメールを受ける。
久しぶりのメールに驚き/訝しく思ったが、誘いに乗り「撮る阿呆」をしていた。
小生から見たら、まだ若い女性だが、もう50歳を超えている。若い時は学究肌で日本史、特に近代日本史を勉強し、論文を書こうと資料集めをしていた。子供に恵まれなかったことを悔い、親戚の子を養子にとも思ったが、それもかなわない。
その人と、踊りが結びつかない・・・・
記念に、撮影したショットから何枚かを写真にして郵送した。
小生が、写真好きだったことを覚えていたのだろう。
阿波踊りの季節も終わった9月の終わりごろ、メールが届く。
礼状であった。よく撮れていると言ってくれた。今度、場所を借り個人で踊りの練習するので、その様子を撮ってもいいという。「撮ってください」と言わず、「撮ってもいい」というところが、この女性の心のスタンスなのだろう。
また「のこのこ」と出かける。
舞踏DSC04805デジタルカラーは得意ではない。人の動きを 液晶画面で捉え、ピントを合わせシャッターを切るのは、老眼となった現在、ほとんど不可能に近い。
舞踏669-8 Ⅴ使い慣れたレンジファインダーカメラなら、今となっても追うことはできる。等倍ファインダーのS型ニコンは最適。一番明るい Nokotn 50mm F:1.5を付けた。 室内なので、動きを止めようとするとf:1.5まで開ける必要がありそうだ。
舞踏669-22 Ⅲ照明設備のあるスタジオなら、綺麗に撮れそうだが・・・・ あまり使わないストロボを焚いて動きを止めた。
舞踏669-24 Ⅲ
お散歩カメラが主で、せいぜい花の接写撮影の時ぐらいしかストロボは使用しない。
閃光照明なので、どのような陰影を生むのか・・・予想は難しい。もう少し経験を積まないと・・・光を読めないなぁ~~と思う。
撮ったカットから 数枚 プリントし、郵送する。
数日後、メールが届く。礼状であった。そして、会わないかのお誘い。
新橋の喫茶店でコーヒーを飲んでいた。
その後、日本近代史の勉強は止めたようだ。発表する場所がないという。50歳も中ごろになると、孫の世話ができるはずだが・・・と寂しげだった。何かしないと、このままでは、毎日ご飯を食べ、年を取り、死ぬのを待つばかり。そんな人生は送りたくない。体を動かそうと思い、昔から興味があった踊りを始めた。踊って汗を流している瞬間が、生きているという感覚になれる。そして、このまま死んだら、ここに居たという記憶も残せない。その記録/記憶を残したいから、写真に撮ってほしいと思い、連絡したという。写真の出来に満足しているので、今後も撮ってくれないかとの・・・依頼であった。
自己顕示欲の強い人かもしれない。結婚し、家庭に入ってからは、いい奥さんになり、子供のいる温かい家庭をつくろうと夢見ていたのだろう。頭脳が明晰なだけ、現実とのギャップに苛立っているのか・・・・
どうしたものかと考える。そっとスナップ写真を撮るのは好きだが、今となっては、盗撮となる。撮らせてくださいとお願いしたら、表情は「作り物」になる。楽しくなくとも、写りを意識し「楽しそうな顔」をする。あるいは定番のピースポーズ。撮るほうも、ベストショットになるよう、気にしながら撮影する。自然な飾らない視線を撮りたいとは思うが・・・・
綺麗に撮れていれば、顔が写っていてもブログに載せてもいいという。しかし、載せるには 小生のほうに葛藤がある。旦那さんにも幾度かお会いしている。ハッキリと顔の写っているカットは・・・・
小生のブログは、「何に関心を持ち、どのように撮影したのか」を確認するためにのもの。
自分の写真スタイルを見直すため行っている。公開するのは副次的なものと思っている。
彼女の意図と、小生の撮るスタンス、食い違っているのではあるまいか?と危惧する。
どうしたものか・・・
もし、撮るとなれば・・・・来年は 「ポートレート、人物を撮影する」とは どういうことか? そんなことを反芻しながら撮影する一年になるのかも。今年は、風景写真のことばかり考えながら 写真を撮っていたような気がする。結論は出なかったが。

  1. 2014/12/16(火) 09:46:31|
  2. 人物 ポートレート 踊り
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カラーで撮る、白黒で撮る。 

12月8日(月) 参加している写真サークルの定例講評会が午後新橋で催される。
今回は、秋の撮影会で写した作品を持ち寄るいことになっている。
東京にも紅葉の季節がめぐってきた。
このチャンスを逃す手はないと、有志が集まり、午前中の2時間ほど浜離宮で撮影を楽しんだ。
幸い、天気には恵まれた。
愛用するソニーのデジカメNEX-3とバカチョンカメラ、Minolta Hi-Matic F にFormapan400のフィルムを詰め、2台を使い撮影を楽しんだ。
浜離宮DSC06473
Sony NEX-3には純正E16mm F:2.8のレンズを付け、撮影しています。フルサイズ換算で24mm、小生にとっては超広角レンズ。もう少し紅葉が赤く出るといいのですが・・・・変に色をいじくりたくないので、これが限界。
浜離宮683-10 Ⅱ
同じ場所で比較に白黒のフィルムで撮影してみる。
バカチョン・カメラと蔑まれるが意外によく撮れる。レンズは38mm、広角レンズです。使いやすい画角で違和感を感じない。軽いのがいい。お散歩カメラとしては最適と、この頃はMinolta Hi-Matic F を手にすることが多くなりました。
露光はカメラにお任せ、絞とシャッター速度がわからないのが難点。しかし、露光は適正だと思う。
結果は、カラーに軍配。モノトーン(白黒)は、たとえ上手に撮れてもキャッチーではありません。(白黒のトーンの美しさは、印画紙に焼き付けるか、プリントしてみないと、味わえないでしょう。)
浜離宮DSC06468
紅葉を白黒(モノトーン)で撮るのは難しい。地味なモノトーンでは色の美しさは表現できません。見栄えしません。
浜離宮683-8
落ちた葉を主役にしてフレーミング、紅葉の美しさに眼がいかないよう工夫する。これが限界でしょう。
浜離宮DSC06465
カラーは美しい所へ行き、天候に恵まれれば、いいなぁと思う心地よい写真を撮ることはできる。それを同じ構図でモノトーン・フィルムで撮ると、平凡で地味で、誰にも見向きされないような写真となる。
空の部分をトリミング、パノラマ風にカットしました。そうしないと、映り込みのビルのスカイラインに目がいかなくなるから。
浜離宮683-7 Ⅱ
モノトーンで撮影するとは、対象をよく見、観察し、写したい主題を意識してから、フレーミングして撮影しないと駄目なのではないか?と考えるようになった。ズームレンズはほとんど使わない。カメラに付けたレンズの画角を考え、対象を見ながら、最良の撮影ポイントを歩いて探す。撮影ポイントに入る前に、絞、シャッターをセット(決め)、立ったらフレーミングし、シャッターを切る。(デジタルカラーでも当てはまると思うが・・・簡単に綺麗に写るので・・・意識化するのは難しいのかも・・・連射で撮影し、後で選べば・・・ということになるのでしょう。)
優れた直感を持ち合わせてないので、小生の写真は、Try&Error。
また、写真を見るときも、「いいものは、文句なくいい。直感で分からねば」と言われても困ってしまう。検証できない直感を信じるべき??エビデンスのない言説は確信そのもの・・・・「確信は嘘より危険な真理の敵」 思い込みほど危険な考えはありません。
いいなと思った写真に出会ったら、隅々までよく見、観察し、どのような技法で撮影したか、どのような視点で撮影したのか、知ろうとします。写した人間の姿がはっきりとイメージできるまで。そして、この100年にわたる写真史のなかで、どのポジションにある写真か・・・思いを巡らす。
単にこの写真いいな、と思うより、そのほうが何倍もその写真を楽しめます。(味わえます)
写真って 面白いものです、知れば知るほど。
  1. 2014/12/13(土) 23:08:29|
  2. その他 
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有楽町夕景  Minolta Hi-Matic Fとロモ400フィルムで

11月27日 グループの写真展最終日、会場に集合し、皆で打ち上げの会(飲み会)を行うという。
アルコールのふくよかな香りに弱い小生、4時半集合だが、少し前には現地に到着していた。
早すぎたので周辺を散歩し、カメラに収めていた。
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有楽町は、小さいころから、幾度も通っている。
写真展の会場フレームマンギンザは西銀座デパートの並びにあり、上を高速道路が走っています。有楽町駅前の「そごう」(現在はビックカメラ)が先だったか、東京タワーのほうだったか・・・どうも記憶は曖昧になっている。昭和30年代の初めの頃の話になります。
高速道路とは言え、出来たときはほんの数百メートル、抜け道のようなもの、無料だった?と思います。新しもの好きの父は、買って間もない愛車を運転し、この上を走っています。東京オリンピックより6,7年前には完成していた・・・記憶はあやふやです。
現在は首都高の中に組み込まれていますから・・・首都高建設のテストだったのでしょう。
有楽町240-12
有楽町駅前のマリオン。
建て替えられる前の名前も・・・思い出せなくなっている。日劇ミュージック(上品なストリップ?)が開催された場所・・・子供が近づくことできない場所。それでも、映画やショーも行われていました。総天然色(古い言い方)の映画「砂漠は生きている」、ウエスタンカーニバル(ロカビリー/若者が熱気した)など、どういうわけか、その中に混ざり、楽しんだ記憶が残っています。(これはあやふやではありません。)
有楽町240-21
ガードをくぐり、山手線の内側へ、お堀端まで歩く。日比谷濠に銀杏が映え美しい。有楽町240-19
普通撮らない。デジタルでもレンズを向けないでしょう、ありきたりの光景だから。
しかし、すごい発色。フィルムの無駄だという、心の忠告を聞かずシャッターを押したもう一人の自分を褒めてあげよう。
ロモ400のフィルム、近くのプリントショップで380円(税別)、100のフィルムより50円も高い。高いだけのことはあるか。感度だけでなく、発色性も小生好み(派手好みです)。レンズはミノルタのRokkor おそらくテッサータイプ。ガラスの枚数が4枚と少なく、コーテングもかかっているので、色の抜けはいいのだろう。解像度もテッサー(鷹の眼)です。
有楽町240-20 Ⅱ
かがめていた体を起こし、ふと見ると、二人の姿が・・・こちらに向かってくる。
逆光だと思いながら、思わずシャッターを切る。
また、秒撮してしまった。ごめんなさい。
レンズのピントは3m位になっていたのでは・・・フレーミング、直ちにシャッターを切る。愛用するNikon SPやKievⅡ、ContaxⅡaより、シャッターチャンスに強い。露光をどうするかの選択肢がないだけ簡単である。
通り過ぎたお二人の姿に感謝し「ありがとう」と頭を下げました。微笑ましくいい写真だと・・・思います。
有楽町240-15
日比谷公園の樹に夕日が当たっているのに気付き、足早に公園に向かう。石垣の上に登ると、ベンチには読書する姿を散見。陽の光をレンズにあてると、カメラは明るいと判断し露光をアンダーしてしまうだろう。ここは、カメラを騙すしかない。フレーミングできる場所を探す。ここしかない。
有楽町240-16 Ⅱ
木漏れ日でも画面の中央に置けば、ゴーストも出ないだろう。風景を撮影するなら、水平線や垂直線は、正しく水平、垂直にないと「おかしい」と指摘されてしまうが・・・スナップはありだと思う。最初から斜めになるようフレーミングしていた。
なぜ?・・・・完璧な構図というものが嫌いなだけです。
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写真を撮るに理屈や理論は必要ない。心の感じたものを直感で撮るべきだ・・・と言われたら、小生の撮影は、真逆だろう。この光なら、この構図なら・・・と始終気にし、露光の理論、レンズ画角、焦点深度、フィルムの特性、現像はどうするか・・・その諸々が、頭の中を駆け巡っている。対象物を見つけフレーミングしている瞬間も、確かに考え続けている。シャッターを切り、その瞬間を記録する。直感なる神秘な力を感じ、シャッターを切っていたことあるか?と自問してみるが、一度も思い当たらない。
「うまく撮れたか?」「どう撮れただろう?」「やったー、撮れたぞ」そのいずれかが、心に去来するだけ。
フィルムを現像するまで・・・その結果の確かめようもないが・・・・
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夕日は落ち、集合時間が近づいてきた。
会場に向かう。
有楽町240-23
数寄屋橋交差点の交番の屋根に新月が掛かっていました。


  1. 2014/12/11(木) 12:41:46|
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東品川海上公園まで秋の色を求めて散歩 (キャノンAutoboyとロモ100フィルム)

コンデジでも800万画素もあれば、4つ切りに伸ばしても充分な画質がある。
PCのモニターで楽しんだり、プリントしても昔のサービスサイズ程度でいいのなら、コンデジ程度の画質でも十分と思うが・・・
そうはいかないのが、カメラマニア。大きなサイズに引き伸ばすのが醍醐味なのでしょう。
35mmのフィルムで撮ってきた小生にとって、4つ切りが ほとんど 最大サイズでした。
半切に伸ばしたのは、今回の写真展が初めて。そこまで拡大して大丈夫か、少々心配したが、どうにか乗り切れました。遊びで写真撮っているのだから、4つ切り程度を最大サイズとしても、いいと割り切っている。
半切、全紙まで引き伸ばせるという高級なデジカメを使用する必要があるのだろうか?プロでもあるまいし・・・と、高級デジカメに手が伸びそうになるが・・・そこで躊躇。それよりカメラは軽いほうがいい、特に 年をとったら小さく軽いカメラが最適だろう。
母の遺品で、今は、遊んでいます。
キャノンのAutoboy Luna35 1995年に外国旅行へ持っていくので購入したのか? フィルムの感度はパトローネから自動設定、パノラマ機能もある。フルオートで、撮り終わると、巻き戻しまで自動で行ってくれる優れもの。35-70mmズームがついている。
近くのカメラ屋?今、街にカメラ屋はなくなり、プリントサービス店というべきか・・・安いカラーフィルムを売っていた。Lomo100、36枚撮りで380330円(税別)。 購入し、カメラに詰め、秋の色を求めて、目黒川河口にある東品川海上公園に向かった。
海上公園まで241-7
線路際にススキを発見、撮ってみたが、穂は白く輝かず・・・残念。電車は東海道線です。京浜東北線も並走していますが、線路は中のほうを走っています。
海上公園まで241-6
少し黄ばんだか? 意外とピント合っている。老眼になりピント合わせが、すこし苦手になったので、これは助かる。煉瓦の質感も、よく捉えている。バカチョン・カメラと軽んじられながらも、かなりのもの。
海上公園まで241-13
目黒川沿いの荏原神社の銀杏が黄金色に輝いていた。
これも、どん・ぴしゃりの露光をしている。大したものだ。
海上公園まで241-14
望遠70mmで切り取ったショット。少し甘めだが、大目に見て合格。
海上公園まで241-16
ススキ?? 外来種かも。落日の陽射しをうけている・・・・これは撮影せねばとカメラを向ける。
海上公園まで241-15
読書する、うら若き女性でも座っていてくれたら・・・絵になるなぁ。
海上公園まで241-2
ISO100のロモフィルムを使用しました。好い発色していると思います。感度を抑えているからでしょうか?Autoboyも使いやすい。欠点は、融通が利かないこと。絞り、シャッター速度は、全てカメラ任せ、その効果を加減できないもどかしさが残りました。時々 ピントを合わせで、カメラと意見対立。また、暗いと判断すると、勝手にストロボを発光させるのも・・・・困ったものだ。
  1. 2014/12/09(火) 23:32:54|
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大井町まで散歩

寒くなってきた。使っていた電気敷毛布を老妻が出してきて、壊れているという。新しいのを買ってくるよう頼まれる。
近くの電気屋で買っても、それほど値段に違いがあるわけでもない。安さを選んだら、意外に、家電量販店より安いこともある。ただし、選べない。小さな店舗の限界だろう。
散歩がてら、大井町の家電量販店へ行くことにする。
デジタル・カメラをぶら下げ、散歩に出た。
戸越の紅葉DSC05523
品川区役所に近づくと、秋の色を発見。
枯れた葉の陽光に晩秋を感じる。
6月の頃、ここで紫陽花の花を撮影していた。
戸越の紅葉DSC05534
黄色い花が咲いていた。菊かなと思う。菊なら秋の花・・・と撮影していた。あとでPCに取り込み拡大してみると、「クリサンセマム マウイ」という花。やはりキク科の植物であった。名前を知ったところで、この花を理解したことにはならない。じきに花の名も忘れてしまうだろう。でも、記憶の底に残り、これ見たことあると気づく、あやふやながら・・・
戸越の紅葉DSC05539
秋の七草のひとつ薄です。名前は知っています。ほかの植物と区別もつきます。
しかし名前を知ったって・・・・ススキを知っている?と質問されたら・・・答える自信ありません。どんな性質か、皆目見当もつきません。
そして、写真に撮るのは難しい植物です。こんな類型的なフレーミングしかできません。
紅葉の撮影は、類型化しやすく、どんな綺麗な紅葉に出会っても、誰かがすでに撮ったようなフレーミングになってしまう。
スナップ写真のほうが性に合っているのだろう。大井町からの帰り道は、街のスナップをしていた。
風景orスナップDSC05564
風景orスナップDSC05565
デジタルなので、4カットほど撮影。そのうちの2カット。どちらがいいか? ・・・しかし、侘しいですね。人生の晩秋を思い知らされます。
風景orスナップDSC05574
風景orスナップDSC05575
大井町線のガード下、再開発中 おそらく耐震工事でしょう。店舗が壊され、工事が終了すると新しい店舗(飲食店が今のところ多い)が入ってきます。工事中の所を撮影しようとフレーミングしていると、女性が前を通り過ぎていく。思わず反射的にシャッターを切っていました。なんでそんなに急いで・・・・
風景orスナップDSC05609
これは地域密着のカット。小生の様な老人には、記憶の詰まった写真です。
友達と、両親と、この場所を行き交い、いろいろな記憶が残っています。景観の変遷も良く知っています。
赤いタコの滑り台の後ろを、掘り起し、地下に新しい道路を建設中、50年くらい前、ここは資材置き場、砂利が高い山になっていたこともありました。
下神明駅のプラットホームが上にあります。おそらく開業したときから、そのままでしょう。改札口はガードの下、蛍光灯になったり、自動券売機になったり、少しは変化しています。
改札口と、脇にあった抜け道は、いつも暗ったく、陰鬱な感じがしました。ここから電車に乗り、多摩川園や、自由が丘へ 小さい頃はよくいきました。
風景orスナップDSC05620
下神明のガード下、線路は貨物専用で、品鶴線と呼んでいました。今は、トラック輸送が増え貨物列車は見かけなくなり、横須賀線と湘南ラインが通っています。さらにその上には新幹線の高架線が・・・ 東京オリンピックの辺りから、変化してきましたが、下神明の駅だけはその枠外。ようやく今、エレベーターを付ける工事が進行中、少しは変わるのでしょう。
このショット、近すぎると思い、一歩待ちました。すると、間延びしています。
シャッターチャンス 捕まえるの難しいですね。でも、やはり、街中のスナップが好き。
  1. 2014/12/07(日) 09:37:56|
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寒月 

目の前の「もの」あるいは「出来事」をコピー(記録)するのが写真だと、最近になり、ようやく気づいた。
そんな簡単・自明なことも分からなかった・・・何年シャッターを押してきたのか?不明を恥じるばかりである。
美しい写真撮りたいか?と聞かれたら、少々躊躇する。
「美しい」撮影スポットに行き、シャッターを押せるだろうか?と自問する・・・アンセル・アダムスのハーフドームの写真が心のなかで散らつく。写真には、写した人も同時に写され/記録されている。風景写真のハードルは高いと思う。
ハーフ・ドームの写真には、確かにアダムスが撮影準備している気配があり、それを隣で見ている小生が居た。
これが、風景写真だろう。風景を媒介にして、人と人が結びつくこと。アンセル・アダムスの写真は、「どうだ上手いだろう」と自慢するものでもなければ、「見ろ、どうだこの雄大な自然は・・・」と説教を垂れているわけでもない。自然への崇拝の念が、静かに写しこまれている。
クーデルカも、撮った写真を見せるとき、羞恥心を感じたという。なぜなら、そこに、大事な彼の精神が宿っているから。これが、上質な写真というものだろう。
歌手は、うたう。そこには喜怒哀楽があり、聞く人の心に迫ってくる。音楽が媒介となり歌手と聴衆の間にわくわくする世界/関係が開ける。単に美しい歌声だけでは、世界は閉ざされたまま、だれもその世界に入りたいとは思わない。
画家は、絵に己の人生を重ねる。静かな静物の絵もあれば、怒りの絵もある。単に技巧だけの上手な絵では、見向きもされない。心の琴線に触れるものがあるから、歌手は歌を歌い、画家は筆を持つ。
目の前の「もの」「出来事」に、何かを感じて、シャッターボタンを押す、その瞬間の何かをつかみたいから・・・それが写真を撮ろうとする行為だろうと思う。「何か」写っていれば、写真を見る人との媒介になると信じたい。写真には、撮った人も写っている。
月682-32 Ⅱ Trimming
アンセル・アダムスの写す「月のある風景」に感化されているのかもしれない。 一年ほど前にも、何回か月を撮ろとしていた。地上の明るさと月の明るさ、調和させるのは難しい。しかし、何かある。 もう一度挑戦してみようと思っている。
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撮影に使用したレンズは 戦後東西に分かれたツアイスが、西ドイツ オプトンの地で再建した工場で、初めて製造した50mm F:1.5ゾナー最初のロット2000本のなかの一本。カメラは、オプトンで作られたContaxⅡaを使用している。
後楽園で使用したレンズは、戦前ツアイスのイエナ工場で作られた50mm F:1.5ゾナー。 同じゾナーだが、戦争で分断し、東西ドイツでそれぞれ生産された。オプトンゾナーもいいとは思うが・・・戦前のゾナーのほうが小生の好み。依怙贔屓かもしれません。久しぶりに使ってみました。
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二日前の夕刻、月を追い、モノレール汐留駅の方向に歩いていた。
露光はどうしよう?・・・・都会のビルはシルエットになってもいい、月のうさぎをしっかりと撮れれば・・・と、立ち止まり、ダイアルを設定する。絞りはf:8 シャッター速度は1/500秒にした。
見上げ月を追うと、地上を「ユリカモメ」が通り過ぎていくのに気づく。慌ててファインダーを覗きシャッターを切る。どこまでも広がる空とちっぽけな地上の景観・・・地上を見下ろす月・・・??何を感じていたのか、縦位置のフレーミング、地上をすこし、空の部分を大きくとり、撮影していた。
現像が上がり、PCに取り込む。縦長の画面、大きく夕空が広がる。上部に間延びした空間が広がっていた。フレーミングのミス。三つの明るい光が目につく。左下の朝日新聞のマーク、右下のユリカモメのガラス窓、それに中央の月・・・・トライアングルになっている。空の部分を大胆にトリミングしていた。朝日新聞社のマーク、撮影しているとき意識には入っていなかった。(見えてはいませんでした。)
月のうさぎ、耳の形ハッキリ写っていました。
  1. 2014/12/04(木) 18:58:03|
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ある一瞬  (全て放下すれば・・・・なるようになるさ)

ContaxⅡaにフィルムが入っていた。まだ、10カット撮っただけ。何を撮ったものか忘れている。
散歩に持ち出し、使ってみる。昨日ようやく現像してみると、最初の数コマは、夕刻の後楽園遊園地で撮影したものであった。約1か月前、撮影したもの。
後楽園夕景682-1
ネガを見て思い出していた。
後楽園で回転木馬を撮ったとき、そこでフィルム切れとなり、新しいフィルムに交換していた。
夕闇が迫っていた。観覧車とジェットコースターの構造物が面白いので、シルエットに抜いて終わりにしようとファインダーを覗き、構図を決めていると・・・いい具合にジェットコースターが通り過ぎる。その瞬間、シャッターを切っていた。最初から狙っていたわけではない。もし狙うなら、小生の好み、人間の表情を狙いたいのでf:2.8/250秒でシャッターを切っていただろう。
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古いカメラを何台か持っている。
公平に使おうと思えど、そのとき、その時の考え、あるいは成り行きで、公平には扱えていない。依怙贔屓もある。
一夫多妻ならぬ、一人多カメ状態。
それぞれのカメラにあうレンズもたくさんある。古い50mmレンズなら両手を過ぎる数、もうけてしまった。どうしたものか・・・・今となればすべてよぼよぼの年寄りになってしまった。こんな娘たち、新たに大事に使ってくれる人見つかるだろうか?? 息子はガラクタとして処分してしまうだろうなぁ~~
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ジェットコースターには乗らないが・・・
う~~ん、お手上げか、心の中で万歳するしかない。
なるようになるさ。

  1. 2014/12/03(水) 20:59:21|
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小さい秋を見つけに 近所を彷徨・・・

本日(12月1日)東京は朝から雨。
暇をもてあそび、昨日撮った、写真を整理した。
午後3時から日没まで、近所を散歩、紅葉狩りをしている。
時間にして1時間半、120カットほどの写真を撮る。勿論デジタルカメラで撮影。フィルムだと・・・・心理的な抑制(懐具合だろう)が働き、その1/4程度、フィルム1本弱で終わっているでしょう。
カメラは、SonyNEX-3 レンズはE16mm F:2.8 純正レンズはこの1本のみ。散歩カメラは単焦点レンズ一本が鉄則、50mmがついていたら、今日の散歩は50mmの画角で切り取ると決心して出かける。フレーミングは、動き回ることでカバー、広角レンズがあればとか、望遠があればなぁと 悔やむことはほとんどない。写したいものに近づくか、遠ざかればいいだけの話と、割り切っている。(撮影会やテーマを決めて撮りに行くときは、それなりの装備を持っていきますが・・・)
E16mmのレンズはフルサイズ換算で24mmとなる。小生の感覚では、超広角レンズです。
しかし、SonyNEX-3と組み合わせると、至極軽量コンパクト、お散歩カメラには最適と、この頃 持ち出すことが多くなった。そうすると、24mmの画角が、しっくりくるようになりました。
小さな秋を見つけにDSC05630
3時なので、まだ薄日が差してる。坂の途中で発見した小さな秋。
小さな秋を見つけにDSC05634
西品川三丁目公園とでも、名づけるのか?こんな小さな公園が、沢山あります。そこに一つずつ小さな秋が。
小さな秋を見つけにDSC05650
芳水小学校の裏手の通り道に入ると、道路に葉が散乱している。なんで こんなに散り急ぐのか?
小さな秋を見つけにDSC05660
居木の杜で、赤く紅葉した葉を発見。植物に疎く、名前は知りません。
小さな秋を見つけにDSC05668
幼い女の子が、黄色の絨毯を踏み、遊んでいる、まだ身長1.1mには届かないでしょう。大崎幼稚園の園児か?それとも、芳水小の1年生?ドラえもんの石像と戯れていました。
小さな秋を見つけにDSC05673
見上げると大きな銀杏の樹。はらはらと銀杏は散る。
1.5絞りほどプラス補正して撮影、ハイキータッチに。
この頃の若い女性は、明るいパステルカラー調が好みだなぁ・・・と思う。
少々迎合してみましたが・・・感性が鈍くなった老人には無理でした。(「もともとない」という声もありますが))
小さな秋を見つけにDSC05693
明るいハイキータッチなところより、暗く渋い所に眼がいくようになりがちです。
小さな秋を見つけにDSC05696
こんなフレーミングしながら、右上の紅葉した葉を入れるべきかどうか、悩んでいた。「入れとけ、駄目なら トリミングだ」
小さな秋を見つけにDSC05725
大崎駅に隣接するThinkParkに到着。ここにも、秋がありました。人影がないと不安なので・・・歩く人を小さく入れました。
小さな秋を見つけにDSC05728
女性が居なかったら・・・成立しない写真。女性は・・・すごい魔力を持っていると思います。
小さな秋を見つけにDSC05730
ThinkParkの庭は全て計算されてできている。こんな仕掛けも用意されていました。
小さな秋を見つけにDSC05741
大崎から、戻り、戸越銀座の商店街を横切り、文庫の森公園に着いた時は4時ごろ、そろそろ陽は地平線・・・ではなく、民家の屋根に沈むところ。
小さな秋を見つけにDSC05749
文庫の森公園も戸越公園も、もとは細川藩の下屋敷、ほとんど地続きです。
戸越公園の入り口に、ヒマラヤ桜が花を咲かせていました。12月上旬まで咲いているでしょう。付属の小さなストロボを強制発光、少しは効果あり。
小さな秋を見つけにDSC05752
下を歩く女性まで、どうにか光は届いたようです。
小さな秋を見つけにDSC05765
「~~や、月は東に、陽は西に」、菜の花なら春ですが、今は晩秋。
ヒマラヤ桜を見て、晩秋の一句(一首) とはいかない、素養のなさ、駄目ですね。
詠えなくても、写真は撮れました。
小さな秋を見つけにDSC05771
三日月、銀杏、イロハモミジ、バランス良く配置しようと、前後左右、歩き回る。かなり後ろに下がった所が撮影スポットでした。ここは50mmで狙うところでしょう。 前景に枯れた紅葉を取り込んで、フレーミングしました。(老人の狡さです。)
小さな秋を見つけにDSC05773
陽は落ち、帰宅です。
  1. 2014/12/01(月) 14:56:03|
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プロフィール

Alchemyst Sasaki

Author:Alchemyst Sasaki
Phone-Cameraの時代、フィルムで撮ることの意味合い、意義はあるだろうか?と懐疑的になっている。写真の置かれている場所・期待・求められているものが根底から変わってしまったのかもしれないと思っている。
それでも、もう一年白黒フィルムで遊んでみるつもりでいる。

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