FC2ブログ

本当に大切なものは見えない

古いフィルム・カメラで、ありふれた身の回りを撮っています。日常の中の一瞬を捉え、読み解く写真になっていれば・・・

白木蓮の咲く公園

去年より10日以上早く白木蓮の花が咲く。
違った撮り方など もうないなぁと思いながらも、
また重いカメラを持ちだし、撮影していた。
白木蓮の咲く公園1268-8
このブログに載せる(モニターで見る)程度の画質で良いなら、
コンパクト・デジタルで撮ろうが35mmフィルムのカメラで撮ろうが、
あまり変わりはない。
わざわざ 中判フィルムで撮る必要はないだろう。
-------------------------------------
赤子の、「お喰い初め」の写真を撮った。
キャビネ版に伸ばし、ポートレート台紙に貼って送ってあげようと思い、
大井町のヤマダ電機(LABI品川)へ行って、ポートレート用台紙を求めたが 売り場(棚)そのものが無い。
プリンターやそれに使う消耗品 印刷用写真用紙、インクカートリッジは 豊富に揃えられていたが、
写真を入れるアルバムや額(フレーム)の類は置いてなかった。
売れないのだ。
時代の流れなのだろう。
価値を決めるのは人間。
簡単にできること、誰にでもできることに、人は重きを置かない。
ちらっと見れば それで充分。
デジタル写真になり、一枚の写真の価値が 急速に低下していくのを感じている。
(フィルムの時代から 低下の傾向だったけど・・・)

スポンサーサイト



  1. 2020/03/13(金) 11:03:19|
  2. 白木蓮
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

白木蓮の花

中央公園に咲いていた白木蓮の花、
3月11日も撮影したが、その時は 50mmの広角レンズを使った。

撮影は、3月15日の夜、レンズをマミヤプレスの標準レンズ100mmに換えてみた。
今年の白木蓮は、去年より蕾が少なく、花の数も減っていた。
どうしたことなのか?
比較的沢山咲いている一本の樹に絞って撮影。
白木蓮1179-3
白木蓮1179-4
マミヤプレスは、
カメラの基本のようなカメラ、
手にし使ってみると様々な配慮がされている。
「気づいた? どう使う?」
「使うのは貴方でしょう」といわれているようなもの。
撮影の裁量を任されているのは楽しい。

これまでも夥しい回数、桜を撮影した。
マミヤプレスの機能を生かした撮影はできないものか。
桜を、どう狙うか・・・・それが問題だ。
Some Thing Newでなければ。
チャンスは満開になる、これからの数日間だろう。
  1. 2019/03/30(土) 11:56:13|
  2. 白木蓮
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

中央公園の白木蓮       意図した二重取りは失敗ではない

カメラが発明された当初、
「レンズ」と「暗い箱」と「感光体」はそれぞれ別々のもの、
撮影者はそれをひとまとめにして使用した。
レンズを選び、暗い箱にセット、硝子板に感光剤を含むコロジオン液を暗い暗幕の中で塗布、
乾かないうちに暗い箱にセットし、シャッターを切って撮影する。
フォトグラフの原点は、暗い部屋(カメラ・オブスキュラ)にあると思う。

レンズや感光体は、暗い箱で起きる現象を いか素早く、正確に記録できるように改良され、発展してきたもの。
副次的なものではないだろうか?
レンズを高級なものに替えれば、
あるいは、フィルムカメラから電子素子のデジタルカメラに替えれば、
フォトグラフ表現の深い部分に踏み込んでいける・・・・と思っていいのだろうか?
最新のレンズ、最新のデジタルカメラの良し悪しや薀蓄を語る人は多い。
その分野の有名(らしい)プロの記事がカメラ雑誌に載る、
このレンズの解像感はずば抜けている、このデジカメはこの点が改良されよくなったと。
経済活動なのだから、購買意欲を刺激する記事も致し方ないとおもうが・・・・
レンズそのものに本質を写し取る力はないだろうと・・・・小生は感じている。

カメラは自動化され、人間が関与できる部分は少なくなってきている。
その分、人間の操作ミスは減り、写真は綺麗になったが、
それで フォトグラフの本質を捕まえることできるようになっただろうか?
カメラ依存症に罹っているように思える。

写真の発明された頃は、己の知識、意欲、そして探究心で、
レンズを選び、暗い箱、感光体を調整し、フォトグラフを作っていた。
全てが最初の試み、写真表現の地平線を広げていく。

マミヤプレスを手にして感じたのは、
カメラの原点の香りを残しているなぁと思ったこと。
レンズ、暗い箱(カメラ本体)、フィルムホルダー 3つを組み合わせて撮影する。
レンズはレンズ、本体は本体、本体の距離計とレンズの繰り出し量は連動するが、それ以外は独立している。
フィルムフォルダーは完全に独立。
遮光板を付けておくか、取り除くかは、撮影者の判断、フィルムを巻いて次のコマに進めるかも 随意。
シャッターのチャージとフィルムのコマ送りは独立、互いを干渉しない。
だから 撮影ではミスをしやすい。
至れり尽くせりでない分、撮影者の注意力、判断力、工夫が生かされる。
写真の原点のようなカメラ。
面白い。
白木蓮1174-8 Trimming
フィルムを巻かず、手持にして、f:8、1/30秒で、ガイドナンバー22(ISO:100)のストロボを4回発光させ撮影した。
想像していたより面白い写真になっていた。
こんなこともある。 フォトグラフ、「写真」というよりやはり「光画」だろう。

ネガを3200dpiで取り込んだので約7千万画素になったが、トリミングして画像を整えた。
それでも、約5千万画素はある。
それをブログに載せるため長辺を800ピクセルに縮減した。

2千万画素は当たり前、5千万画素のデジタル・カメラも発売されているという。
しかし、画像補完の技術がうまくなり、四つ切程度にプリントするなら400万画素もあれば充分だろう。
プリントしても L判程度が主、A4やA3まで大きくプリントする人は少ない。
2千万画素以上のカメラは、大きなプリントが必要なプロの欲求に合う。
大きく伸ばさない人が なぜそんな高級カメラを選ぶのか、それをどう使うつもりでいるのか?アンバランス。

スマホでも大きく伸ばしてプリントできる時代になっている。
あれは 明るい孔だよなぁと思う。
これが主流になれば、暗い箱のフォトグラフは衰退していくのかも・・・・

20世紀の初頭、
フランスのラルティーグ少年は これよりもっと原始的な暗い箱を操作して、写真を楽しんでいた・・・
と思うと、すごいものだと 感心する。

フォトグラフに固執するなら、暗い箱が原点。
その暗い箱を使って、フォトグラフを作るのは人間。
レンズや感光体は それを助けるもの、
暗い箱に副次的に取り付けられた装置に過ぎない。
レンズの良し悪しより 
もっと気にしなければいけないことがあると思う。
  1. 2019/03/19(火) 12:06:16|
  2. 白木蓮
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

中央公園の白木蓮 2019年

中央公園に咲く、白木蓮を撮ってみた。
木蓮1174-7
去年も撮っている。
もし 毎年 この白木蓮を撮り続けたらどうなるだろう?
・・・・・と考える。
そして、30年後、その写真をテーブルに並べてみる。
一枚一枚の写真を見て、
これがあのときの白木蓮だと思い出すだろうか?
同じような写真が並ぶだけだろう。

毎年 庭に咲く花を見て、短歌や俳句を詠む人はいると思う。
30年後、その歌をあるいは俳句を並べ もいちど詠み解いたら、
おそらく 一首、あるいは一句に、詠んだ時の己の感情、心の動き、 
そのときの生活のにおいを感じとるはず。
毎年、同じ花を見て、詠っても、皆 違う歌(句)になっている。

眼前の光景を、
シャッターを切って撮影しただけの写真では、
それがないなぁと思う。







  1. 2019/03/17(日) 21:03:57|
  2. 白木蓮
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

中央公園の白木蓮 (#9)

白黒フィルムの撮影の効率は悪い。
その場で画像をチェックできない。
持ち帰り、現像、ネガを見て・・・・評価する。
どう撮影するか、どう現像するか検討し、次の日また撮影。
その繰り返し。
上手くいくときも、駄目なときもある。
こんな撮り方がある。
こんな現像法をまだ試していないと思えど、白木蓮の季節は過ぎていく。
白木蓮の撮影は来年に持ち越しか・・・・

弱くソラリゼーション現像をしてみた。
白木蓮1060-#9-1
ソラリゼーション現像しているとわからない程度に抑えた。
エッジがでて花の輪郭がはっきりとでる。
白木蓮1060-#9-6
レタッチソフトに輪郭をだすフィルターや エッジをだすフィルターがあるので、
そんなの簡単さと、馬鹿にされるかも知れないが、
アナログなフィルムでも この程度までなら作ることができます。 
白木蓮1060-#9-8
写真はプリントで評価されるべき。
誰が撮ったか、どんなカメラで撮ったか、フィルムかデジタルかで 写真は評価すべきではない。

撮影条件を書かなかったら、デジタル・モノトーン写真と思うだろう。
フィルムのテーストをうまく出している、
レタッチソフトの使い方が上手だと、評価してくれないかなぁ?
  1. 2018/03/19(月) 07:06:08|
  2. 白木蓮
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
次のページ

プロフィール

Alchemyst Sasaki

Author:Alchemyst Sasaki
Phone-Cameraの時代、フィルムで撮ることの意味合い、意義はあるだろうか?と懐疑的になっている。写真の置かれている場所・期待・求められているものが根底から変わってしまったのかもしれないと思っている。
それでも、もう一年白黒フィルムで遊んでみるつもりでいる。

最新記事

月別アーカイブ

カテゴリ

読み解く写真、心に残る写真を・・・ (114)
思い出の写真 (25)
遥かなる寧夏 (35)
新幹線の見える街 品川 (6)
フィルムの眼 (74)
レンズの眼、カメラの眼 (31)
デジタルカメラは記録機器 (13)
映し出された世界 (27)
水辺の光景 (18)
勝島運河 (16)
写真の技法 (146)
旅行・観光 (7)
ある場所、ある瞬間 (90)
デジタルで遊ぶ (29)
Silent City (8)
??? (19)
Street Photograph (26)
都会の景観 Tokyo (190)
Night walk in Tokyo (33)
散歩 (228)
猫、犬、鳥 (9)
白木蓮 (18)
黒い花 怪しい花 (50)
樹、草、花  (63)
桜  (118)
ひまわり (37)
竹林 (11)
八つ手 (9)
百日紅(さるすべり) (29)
オールドレンズの密かな楽しみ (31)
人物 ポートレート 踊り (35)
Photo彩遊 (27)
品川宿 (9)
その他  (30)

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR