本当に大切なものは見えない

古いフィルム・カメラで、ありふれた身の回りを撮っています。日常の中の一瞬を捉え、読み解く写真になっていれば・・・

戸越の夜桜

三脚を抱えて移動するとなると大変なので、
夜桜を撮るとなると近場になる。
今年の桜は早咲き、あっという間に葉桜になった。
開花が遅いのは、近場では 文庫の森公園。
夜 のこのこと三脚を抱え、文庫の森へ。
夜桜1078-19
夜桜1078-16
夜桜1078-21
夜桜1078-12
旧細川氏の下屋敷跡。
(都内に何箇所も熊本藩の下屋敷があります。存在感のある大藩だったのでしょう。)
道路が敷かれ分断された場所。
もとは戸越公園と地続き。
三井財閥の所有となり、あたりは高級住宅地に分譲されていた。
ここには三井財閥の資料館があったが、
30年位前だったか、国文資料館となり、今は公園となって整備されている。

夜桜は 今までも何回か撮ったが、撮り様が限られてしまう。
いつか撮った、ありふれた撮りかたになってしまう。
変化を望むなら、有名スポットへということだろうか?
それも、だめ、すでに腕に覚えのある人によって沢山撮られてきたから。
なんでわざわざ重い三脚を持って・・・・
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  1. 2018/04/19(木) 10:14:25|
  2. 桜 
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花見

陰の花見1073-27
デジタル(カラー)で撮影し、レタッチソフトで化粧した写真は撮りたくない。
キャッチーで、一時いいなぁと思っても、すぐに腐り始める気がする。
二度も三度も繰り返して見る気にはならない。
現実の表面をなでて、化粧し、これが世界だと 勘違いしているだけなのではないか、
そんな、居心地の悪さ・作られた虚構性を感じてしまう。

今 写真はcommunication tool (人と人をつなぐ道具)となった。
「人と人をつなぐ道具」美しい言葉だが、実体は夥しい数の画像に、
却って写真の立ち位置は軽視されていく。
こんな場所に行ってます、こんな料理を食べてます・・・
SNS Line ブログは そんな写真で溢れている。
キャッチーさが重要。一瞬だけ注目浴びればそれでいい。
画像の氾濫に、見る人の感性は麻痺、
写真そのものの価値は相対的に低下していると思う。

未だフィルムでモノトーン写真、
意固地な人間(老人)の独りよがりだろう。
共感を呼ぶ写真が撮れるはずもない。
  1. 2018/04/18(水) 10:25:11|
  2. ある場所、ある瞬間
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桜を見る人

こうやってブログを続けていると、
何が撮りたくて、どう撮っているのかわかってくる。
われながら、つくづく思うが、定型がないなぁと思う。
花見の人達1075-17
花見の人達1075-34
花見の人達1073-38
花見の人達1071-35
花見の人達1075-29

花見の人達1072-36
花見の人達1073-41
花見の人達1073-44
散歩にカメラ持ち出して撮っているだけなのだが、
そのとき、そのときの興味に駆られ、
花を撮ったり、都会の景観を撮ったり、繁華街で街撮りスナップ、フィルムを変えたり、フィルター効果を確認したり、
軟調現像してみたり、硬調現像してみたり、そのときの気分・興味でころころ変わる。
一定の見識というものがないのかねぇと思ってしまう。

花を撮る人は、花を撮るが、たいがいは同じようなティストになるように撮る。
都会の景観を撮る人も、だいたいいつも同じような切り取り方をする。
超広角レンズ一辺倒の写真がブログを埋めていたり、
エッジを立てた画像処理がすきだったり。
デジタルのHDR(ハイダミックレンジ)処理が好きな人は それに凝り、
廃墟の撮影に意欲を燃やす人は、ひたすら廃墟を駆け巡る。
ポートレートが好きな人は、ひたすら、ポートレート写真をとりまくる。
美しい風景を撮るひとは せっせと 美しい場所の美しい時を追い求める
しかも撮り方は(切り取り方は)いつもの通り、破堤することはない。

ブログは同好の士との情報交換、共感の場なのだから 当然のことだろう。
「この人はこういう写真を撮るのがすきなのだ」と気づけば、
見るほうも、安心してみることができる。

視点が未だ定まらず。
右へいったり、左をみたり。
取り留めない写真を撮って、独り自己満足している。
ブログの間違った使い方かもしれません。
  1. 2018/04/17(火) 09:48:54|
  2. 桜 
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なんとなくシュール

隣の中年の男性は、流れてくる桜を狙っていた。
ひとしきり撮ると、液晶画面を覗き込む。
やがて、デジタルカメラをぶらりと首に下げ、
呆然と流れていく花びらをみていた。
なんとなくシュール1073-42
思い描いたようには、撮れなかったのだろう。
渦を巻いていれば、三脚を立て、
長時間露光するという定番の撮り方もある。
そんな状況でもない。

これは、ごくありふれた光景、
しかし、その底に言語化できない何かが潜んでいる。
  1. 2018/04/15(日) 10:17:20|
  2. ある場所、ある瞬間
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船と桜と

小型船も この時期多く見かけるようになった。
船と桜と1075-24
手漕ぎのボートか、船頭さんが櫓をこぐ屋形船で花をめでるなら、
「乙なもんですなぁ」、「粋なもんですな。」といえるところだけど・・・・・
船と桜と1073-28
花筏をみていると、
「 ねがはくは花のもとにて・・・・」と詠嘆し、
「ゆく河の流れは絶えずして、・・・」と現実の追認するだけでは、
収まりきれないものを感じる。
「粋なもんですな。」で済ませていいものだろうか?
世界をどう捉えるのか?と問われていると感じた。
もっと外への働きかけがあっていい。
ルバイヤートの詩の世界を思い浮かべていた。
船と桜と1073-15
水辺を流れる花筏を、そんなに急いで蹴散らすのは 
誰への気兼ねか、嫉妬やら、
花、ひとたび散ったら戻らない。
楽しんでおけ、己が身を蹴散らされないうちに。
船と桜と1071-24
船と桜と1075-12
ペルシャの大学者にして詩人のオマルハイヤームが、日本の桜の散りいく姿をみたら、
どんな4行詩を詠んだろうか?
船と桜と1074-33

  1. 2018/04/14(土) 08:00:04|
  2. 桜 
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プロフィール

Alchemyst Sasaki

Author:Alchemyst Sasaki
散歩にカメラの生活もついに12年目に突入。10年も続ければ、何かを掴めると思ったが、デジタルカメラの渦に弾き飛ばされ、未だ写真の眼を掴めないでいる。
絶滅危惧種のフィルムカメラでは、無理なのかなぁと嘆息。
冷蔵庫に100フィート長巻フィルム4缶、保存してあるので、
あと一年は撮り続けられます。それからどうするか考えることにしました。

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