本当に大切なものは見えない

古いフィルム・カメラで、ありふれた身の回りを撮っています。日常の中の一瞬を捉え、読み解く写真になっていれば・・・

驚き 

思考回路の違い、ものごとの捉え方、時代を経た経験の差、
日本的思考に囚われている小生には 
何だ!!と面白がったり、理解不能の出来事にぶつかる。
DSC01300 驚き
今回 招待を受けたのはこの会社。
2003年ごろ河北省から来た人が作った会社、2010年ごろから急激に大きくなったという。
新しい事業計画を立てるにあたり、小生の噂/推薦で招待したとのことだった。
工業見学をしたが・・・設備は立派だが・・・将来的な展望を考えたとき、方向はづれていると感じた。
いずれ、競争力はなくなる。そのとき、今までの投資は損出になり、この会社を苦しめるはず。
きてくれないかとの要請をうけたが、あまりよい返事はしなかった。
董事長が「来ないか、それ相当の報酬は出す」といえば、断る人は居なかったのだろう。
色よい返事をしなかったのは小生が初めてだったらしい。
董事長は驚いていた。
小生も驚いていた。この董事長の後ろに(寧夏自治)政府の影がちらついていた。
DSC01389 驚き
本社ビルは、できたばかり。中国のトイレの発展形だろう。
DSC01319 驚き
あの董事長、この像の前に立ったら・・・どんな宣告を受けるだろう? 良い宣告を受けるか、悪い宣告か。
DSC01633 驚き
平羅の新興住宅街。 平羅政府は、郊外の農民の家を強制的に壊し、移住させて作った街のようだった。
アメリカの新しい町の風景とよく似ている。
DSC02044 驚き
ホテルの窓から見た集合住宅。
これは米国やヨーロッパの集合住宅とは趣が違う。
むしろ日本あるいは韓国に近いだろう。
DSC01614  驚き
古い住宅を壊し、新しく高層の住宅を作る。
再開発の途中では、このような段階の住宅街もできる。
だれにも知られない秘密の街のような雰囲気がある。
小生、傍観者だが、しっかり記録しておきたい気持ちもある。
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これも記録。
DSC02337 驚き
旅の記念に帽子を買おうとした。

彼の会社の女性従業員も同行。
売り手の男性は、40元だという。
日本円にして600円から700円くらいだろう。
安い! でも値切るのがここでの常識。
売り子もその会話を楽しんでいる風もある。
女性従業員が、値段交渉を始めた。ものの一分もしないうちに、
帽子は小生の頭の上に載る。
値段は半分の20元。
女性従業員を連れてくるわけである。
中国人と言え、男性は値切る交渉が下手。

なんの不満もなく被っているが、
タグが付いていない。
どこで作られたか、どんな素材か、洗濯の注意書きもない。
手の込んだつくりだが、縫製の技術は丁寧ではない。
「これ 中国製?」と聞いたが、
今は中国製も高くなり、ベトナムに縫製工場を移しているという。
「おそらく、ベトナム製でしょう。」

そんなことあるのか?
刻々と変化しているのは確か。
彼の言葉を信じることにした。


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  1. 2017/05/27(土) 22:32:40|
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槐(エンジュ)の花咲く、新緑の平羅

工場見学したとき見た花。
DSC01462 花
何の花だろう?か、(小生、植物の知識は乏しい。)
通訳を介し、花の名前を聞く。
中国語で花の名前を教えてくれるが、よくわからない。
すると紙に書いてくれた。
「槐」 木偏に鬼・・・これが、えんじゅか・・・
漢字が読めても、実際の花など見たこともない。
DSC01646 花
3日後の朝、迎えの車が来る前の30分、近くを散策する。
平羅の街の中心・登楼から歩いて30分くらいの場所に、新興住宅街が開かれていた。
道路の両側には、槐の並木道が続いている。
DSC01638 花
DSC01658 花
小さな白い花が 今 まさに咲こうとしていた。
あと数日したら、白い花の絨毯になり・・・さぞ綺麗だろう。
DSC01649 花
これも 槐?白い花をつけた樹があった。
DSC01660 花
葉の形は そっくり同じ。
赤い花の槐が多く植えられていたが、白い槐もところどころに見る。
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帰ってきてネットで調べたら、日本の槐は白い花だった。
中国が原産だというから、
嘗て彼の地を訪れた日本人は、日本人の好みとして、白を選び、
赤い槐を日本に持ち帰らなかったのか・・・?
あるいは、赤い槐は伝わっても、流行らず、廃れていったのかも。
黄土広原の茫々とした黄色の大地に白い花では存在感はない。
赤く強烈な色のほうが中国人の好みになっていく・・・理解できる気がしている。
「風土」がそこに住む人の感性、考え方に影響を及ぼすなら・・・
中国の黄土広原を、もし和辻哲郎が旅したら、どんな感慨をうけただろう?
だれか、続編を書かないかなぁ。
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中国のネットでは、かなり接続制限を受ける。
FC2ブログにも入れない。
閲覧制限で入れないサイトが多くあった。
勿論グーグルには、入れません。
Yahooには入れますが、ネットサーフィンしようにも、制限を受けることが多かった。
日本への連絡は Yahooメールを使っていました。
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フィルム・カメラも持参しましたが、使う機会があまりありませんでした。
(それでも 数本撮りました。)
旅行の記録なら、Sony NEX-3に純正広角レンズ(固定)で撮るのが、
手軽でいいと・・・再確認。骨董品式カメラでは・・・こうは手軽に撮影できません。

今回は、NEX-3を「カメラにお任せ」のPモードにして、画像はJPGで 撮影。
焦点も自動で合わせてくれるので、
小生の行うことは、
スイッチを入れ、液晶画面でフレーミングを確認したら、ボタンを押せばいいだけ。
メモリーの容量から3000枚以上撮影できるらしい。(フィルムなら、ほぼ一年分)
簡単だが、満足できる記録が撮れていた。

白黒フィルムは、ようやく現像しネガを得た段階。
これからフィルム・スキャナーでPCに取り込みます。
そのうち、このブログにも載せるでしょう。
  1. 2017/05/26(金) 15:16:16|
  2. 読み解く写真、心に残る写真を・・・
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平羅 旧市街

夕方の1時間ほど 平羅の街を歩くことができた。
平羅旧市街DSC01564 R
平羅という街は、秦の始皇帝の時代にも記録が残る古い歴史を持つ。
街の中心には、四方を睨み楼台が設置されている。
平羅の街は、ここから発展したということだろう。
近くを人民路が通じ、そこに平羅県の地方政府が置かれていた。

楼台が設置できる街は限られているらしい。
これが また平羅のプライドだろう。
改築され、以前より高くなっていた。
平羅旧市街DSC01559 R
使い慣れたフィルム・カメラの50mmレンズなら、かなり近づいて撮影した気分。
気づかれないか「ひやひや」ものだが・・・・
Sony NEXの広角レンズだと、全身像を捕らえるのが限界だった。
平羅旧市街DSC01568 R
スナップの上手な人なら、更にあと2、3歩、近づいてシャッターをきるのだろう。
その度胸はない。
平羅旧市街DSC01601 R
平羅旧市街DSC01576 R
平羅旧市街DSC01591 R
人民路。
右に嘗て平羅賓館があり、その隣に平羅政府の庁舎があった。
平羅賓館は3階建て、平羅政府は5階建てだった記憶が残る。
移転に伴い、再開発され、いまは大きな住宅街になっていた。
道の反対側にある幼稚園は、改築され今も幼児が通っている。
平羅旧市街DSC01585 R
時刻は、幼稚園の終わるころだった。両親あるいは祖父が、迎えに来ていた。
平羅旧市街DSC01608 R
回族自治区となっているが、信仰心はあまり高くないように思えた。
イスラム経を信じるなら、酒は飲まないはずだが、宴会に現れた回族の人は、
何の抵抗もなく強い「白酒(ばいちゅう)」を楽しんでいた。
平羅旧市街DSC01607 R
この人も回族の人かも。
寧夏自治区では羊が中心、それに寒さに強い牛の肉が続く、
豚は寒さに弱いので養豚は盛んでないようだ。(養豚場を見たことはない)
中国料理の店にも豚を使った料理は、メニュー(菜単)にもあまり載っていない。
回族の人は豚肉は食べないので、回族の人が一人でも居ると、
会食は清真料理のレストランで行われることになっている。
平羅旧市街DSC01603 R
もともとはモスクだと思うのだが・・・・
平羅旧市街DSC01604 R
店舗が入っていた。

  1. 2017/05/24(水) 11:20:26|
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農民レストランへ

日本語の通訳をしてくれた友人は、小さな会社を経営している。
経営は順調で利益は出ている。
税金を納めるくらいならと、社員の福祉厚生費になるべく回すようにしているとのこと。
時々 会社経費でパーティーをしている。
会議と工場視察のスケジュールは金曜日で終了。

社員を集めたパーティーを今日(土)行うという。
平羅郊外の農民レストランに誘われた。
レストランへDSC01960
車に乗せられ、平羅県の郊外の道を進む。
レストランへDSC02029
幹に白く石灰を塗るのは、中国の習慣らしい。虫除けなのだろうか?
この白い印がなければ・・・ドイツの田園地帯を車で走らせているような感覚になってしまう。
レストランへDSC01908
2台の自家用車に分乗し、すでに到着していた。
レストランへDSC01958
農家は、果樹園を経営、敷地内で家畜の養殖も行っている。
これは、モンゴルスタイルのパオ・レストラン。
内蒙古へ入ると、このタイプの食堂をよく見る。
モンゴル系の人もこのレストランへ来るのだろう。
冬はオンドルを焚き、夏の暑いときはクーラーを効かせて
快適な食事が取れるよう工夫してあった。
農民動物園DSC01905
沢山のケージが並び、鳩や鶏、羊、アヒルが飼われていた。
農民動物園DSC01891
子供は 動物たちをみて喜んでいる。さながら小さな動物園。
農民動物園DSC01903
アヒルの鶏?舎に入り込み、
生まれたての卵をとってくる。そのまま販売しているらしい。
「どうして取るの?」と怒っているらしい。
農民動物園DSC01910
こちらもニコニコしながらアヒルの卵 2つゲット。
鶏の卵も、日本に比べおいしいのだろうなぁと 想像していた。
羊の丸焼きDSC01896
レンガで造られた竈の一角に人が集まっている。
羊の丸焼きDSC01898
これが 羊の丸焼き。
現地では(火+考、全羊)という名の料理。
{日本語に「焼」の字はあるが 火偏に「考」の字はない)
羊の丸焼きDSC01900
一番おいしい部分を ナイフで切り取り、食べさせてくれた。
子羊の肝臓らしい。
薪で焼いているので、一部燻製状態。
燻製フォアグラ(そんなものあるのか?)のような味がして確かに美味だった。
羊の丸焼きDSC01914
柵の中で飼われていた羊だが、そのことに気づいているだろうか?
羊の丸焼きDSC01915
手際よく切り分け、独特のスパイスをまぶす。
宴会DSC01919
10名ほどのパーティーでは 子羊でも一頭は食べきれない。
宴会DSC01920
中央の空いている席が、小生の席です。
食べきらない料理は、アメリカのように持ち帰り。
USAでは、ピギー・バック あるいはピギー・パック?と発音していた。
20年以上前のことなんで・・・・はっきりしない。(piggy pack ? bag? back?)、
中国では ダーバオ(おそらく漢字で書くと打包)と言っていた。
アメリカと中国 なんとなく似ている。
杭州の中国人、北京の中国人、広州の中国人 
みな同じ中国人としてくくっているが、
本当は違う文化を持つ、異なった人々ではないだろうか。
どちらも多民族国家。
アメリカ建国と始皇帝の中国建国、歴史の長さが違うだけ。
宴会DSC01945
満腹となれば、部屋の隅に置かれた全自動マージャン卓を囲むことになる。
ルールは日本と大分違う。牌も大きい。
ルールは簡単だが、日本のルールがどこまで入っているか不明。
言葉もわからないので、まごつき、結局 50元ほど損をした。
一遊びして散会。
2組が結婚し、それぞれ自家用車を持っていた。
彼の会社の男性社員は 全てが大学卒。
給与水準は、1970年代日本に近いだろう。
勿論、持ち家である。
日本の当時より、もっと恵まれているかも。
散会DSC01952
10年ほど前 小生の通訳をしてくれた人の子供。
彼の英語は女性的、それを指摘すると、
西安の語学大学(外語大のようなものか)で習ったのはアメリカ人女性だったとのこと。
結婚し子供ができ、もう小学生一年生になるという。
早いものだと思う。
散会DSC01911
皆さんとは、ここで別れた。
明日 昼の便で 銀川空港から杭州に戻った。
  1. 2017/05/22(月) 13:04:31|
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寧夏自治区、平羅県の工業開発区へ

招待を受けたものの、小生を呼んだ理由がどうも不明。
中国独特の「権威付け」に利用されたのかも知れないが・・・
まぁ、それでもいい。
小生としては、この機会を逃さず、各所の工場見学を行った。

年産 数十万トンのプラントから、数百トンのプラントまで、数箇所の工場を回ってみた。
これは 平羅県のはずれ、砂漠にできた工業区の会社を見学/視察したとき撮ったデジタル映像。
砂漠の工場DSC01478 adj
寧夏回族自治区の北半分は西を賀蘭山脈が走り、東には黄河が北上している。
賀蘭山に降った雨や雪は伏流水となり地下を流れる。
飲料水は井戸から、農業用水は黄河から、工業用水は井戸から取っているようだ。
黄河と賀蘭山に囲まれたこの地区は豊かな地帯である。
一直線に植えられた並木を見ていると、
ドイツの田舎の村を、車で走り抜けているような感覚を覚えた。

鉱物資源にも恵まれ、労働者の賃金は沿岸部の発達した地域とほぼ同額の高水準、
大阪万博の頃の給与水準まで上がっているように感じた。
沿岸部に比べ、物価は30%から50%ほど安いように感じる。
住宅の取得費に至っては4分の1くらいではないだろうか。
砂漠の工場DSC01467 adj
黄河をわたり、賀蘭山の裾野を目指す。
砂漠の工場DSC01488 adj
やがて車は砂漠地帯へと入っていく。
道路は アメリカのハイウエーに似る。
あたりは、ユタ州の砂漠を走っているような風景に変わっていた。
砂漠の工場DSC01518 adj
工業区のひとつの工場に到着。
砂漠の工場DSC01502 adj
砂漠でも賀蘭山の伏流水は豊富。井戸を掘れば水は出てくる。
工場内は緑地化することが義務づけられているようだ。
植林が始まっていた。
砂漠の工場DSC01513 adj
大きなプラントでは、内部の重要な部分の撮影は(礼儀として)控えたが、
小さなプラントでは、面白いと思ったら、デジタルカメラで記録していた。
フィルム・エバポレーター装置が3セット設置されていた。
生産している製品には不似合いなほど高性能/そして高価な装置を使っていた。
違う形式のもっと安い設備でも対応できるのに~~
装置の価格を聞いたが、日本の同等機種の4分の1の価格だった。
これも驚き。
砂漠の工場DSC01521 adj
寧夏は石炭などの鉱物資源は豊富で、発電は盛ん。
電力と水と地下資源、それに特化した工業製品は、世界規模で競争力を発揮できる。
砂漠の工場DSC01530
寧夏砂漠の地下に眠る水と鉱物資源を利用してこの工業区は成り立っている。
その砂漠に満月が昇ていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
会社を卒業し14年以上の月日が流れている。
だいぶ頭はもうろくしたが、まだ、おそらく この分野では一番の知識と見識を持っていると・・・自惚れている。
彼らがほしいのは、その知見だろう。

小生の年齢を考えたら、
楽しく遊べる時間は、もうそんなに残っていない。
好奇心に駆られ中国の工場視察をしているだけなのだが・・・・
小生の知識、見識 どこまで生かせるだろうか?と考えてしまう。

せいぜい頭が働くのは あと5年だろうと、帰国して妻に言ったら、
あなたは元気だから(中国に行ってみたら)・・・・・と励ましてくれた。

10日間の不在で、「亭主元気で留守がいい。」に気づいたのかなぁ。

帰国するとき、
通訳からも一言、
「もう一度 来ることになると思いますよ。」


  1. 2017/05/19(金) 10:23:43|
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プロフィール

Alchemyst Sasaki

Author:Alchemyst Sasaki
散歩にカメラの生活もついに11年目に突入しました。しかし一向にいい写真を撮ることはできないでいる。まぁこんなものかとも思う。あと何年 カメラと遊んでいられよう? 綺麗な花や、美しい風景を撮るのはもう飽いた。日常のなんでもないものを切り取って、それでも何かの発見がある写真を撮りたいもの・・・もう少し、意固地にならないと駄目かなぁ。 

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